第12話 変わる風向き

「なあ流輝るき知ってるか? この前、急に午前授業になったじゃんか。あの時の職員会議、実は学園のデータサーバーがサイバー攻撃を受けた事への対策って噂が流れてるんだぜ?」

「何だそれ……どうせ眉唾物だろ」

「いやいや信じろってー。この前、学内情報部の端末にも侵入の痕跡があったって部長も言ってたんだぞ?」


 期末試験を間近に控えたある日の昼休み。俺とケンはいつものように食堂で昼食を採っていた。たまに彩月さいづきも一緒の日があったりするのだが、今日はふらりとどこかへ行ってしまった。そして、昼ご飯を食べながらケンが収集して来た噂話の数々を聞かされてる所だ。


「そもそも、この星天学園は国が運営する能力者学校だろ? 普通の高校ならともかく、ここにハッキングするなんて出来ないだろ」

「電子の世界に絶対は無い、って部長が言ってたぞ。油断してたらそのうち流輝の端末からも情報が抜き取られたり……」

「……怖い事言うなよ」


 声を低くして怖がらせようとするケンにジト目を向けながら、俺は気を紛らわすように箸を進める。噂に敏感で様々な情報を持ってくる学内情報部副部長だが、その半分ほどが真偽不明の噂なのはどうかと思う。


「うーん、この話は流輝的にもイマイチかぁー。何かお前が食いつきそうな話題は無いかねぇ」

「ケンは何故俺をそっちに引きずり込もうとしてるんだよ……」


 学園端末を操作して良い話が無いか探している様子のケンは、やがて顔を上げた。


「それじゃあコレはどうだ! 幽霊の力によって能力を自由に入れ替える事が出来ると言われている『ゴーストタウン』って場所があってだな」

「……いや、それも噓臭いだろ」

「実はこの国の裏では、特殊能力を持つアンドロイドが極秘で開発されているとか」

「どこの映画の話だよ」

「期末試験で赤点が三つあれば夏休みが無くなるという噂が――」

「急にスケールが小さい……さてはネタ切れだな」

「ぐぬぅ」


 都市伝説好きも大したものだが、明らかにオカルトが過ぎる。そして最後のは普通に知ってる。だから赤点を取らないように最近は勉強も頑張っているのだ。ランクも上げていかなければならないが、他の教科で成績が悪くて留年なんてしたら目も当てられない。


「そうだよ、そんな与太話よりもランク戦の事でお前に相談したかったんだよ、ケン」

「与太話呼ばわり!?」

「与太だろ」

「うーん……与太か」


 そこは折れるのかよ。俺が言うのもなんだけど。


「で、相談ってなんだ流輝よ」

「切り替えはやっ。まあいいか」


 俺は学園端末をスクリーンモードにしてケンにも見えるように表示する。浮かび上がるホログラムパネルには、二年生の学内ランクが表示されていた。89位の俺は下も下。ケンは上の方の25位。そして、一番上には彩月夕神ゆうかという名前。


「今日まで彩月にしごかれながら特訓して来たわけだが、そろそろランク戦を挑もうと思うんだよ」

「おお、ついにか!」

「焦るほどでもないけど、そろそろ頃合いかと思ってな」


 今でこそしなくなったものの、一年生の頃とかはよくランク戦を挑んだり挑まれたりしていた。まあ、挑まれる側だった時の大半は、『攻略方法を覚えれば簡単にランクポイントを稼げるボーナスステージ』感覚でボコボコにされただけだけど。


 ランク戦に勝ち、ポイントを獲得し、それを集めて序列ランクを上げる。1位になるためには、基本的にこれの繰り返しだ。


「それで問題なのが、どのあたりの相手が適切かだ。俺的にはランクが近い、80位ぐらいの相手がちょうどいいと思うが、どう思う?」

「そうだな……それも悪くは無いとは思うけど、あんまり近すぎてもポイントの変動は少ないぜ? ここは思い切って60位ぐらいのヤツ狙ってみるとかどうよ」

「60位か……29位差か。ちょっと背伸びしすぎな気もするけど」


 ランク戦と言うと俺たちは能力を用いた戦闘の事を指しているが、そもそもランク戦にもいろいろある。わざわざ怪我をするような戦いをしなくとも、競い合えるルールなら何でもいい。ただ俺がそれらを選ばず戦いを望む理由は、単純にそれしか選択肢が無いからだ。


 能力や拳をぶつけ合う戦いなら『相手の能力を打ち消す』という俺の能力も生きて来るのだが、透視能力者にババ抜きを挑まれたり、念動能力者にダーツを挑まれたりした場合、俺の実力はただの男子高校生のそれ。特殊能力という最強のアドバンテージがある相手に、凡人ではどう足掻いても勝てないのだ。だからこそ、生身で戦うしかない。


 彩月が繰り出す猛攻を避け続けるだけでも持久力はついて来たし、いくつか特定の能力に対する対処法など技術的な事も学んだ。今日までの特訓だけでも、俺にかなりの自信を与えてくれたのだ。


「……でもそうだよな。日和ってばかりじゃ上へは上がれない。ここはいっちょ、60位ぐらいのやつに挑戦してみるか」

「いいねぇ、その意気だぜ流輝!」

「となればとりあえず、戦ってくれそうな奴に連絡を――」


 と、俺たちが端末を囲んで話し合っていた時だった。


芹田せりだ、ちょっといいか」


 ふと、聞き慣れない声で名前を呼ばれた。


 声のする方を向くと、俺は思わず固まってしまった。

 そこで俺を見下ろしていたのは、鉄色の髪を肩まで伸ばした、背の高い男子生徒。芯の強さを感じさせる切れ長の目は真っ直ぐと俺を見ていた。


 志那都しなつじん。学年ランク2位。

 彩月が転入してくる前の一年度では、学年1位を独占していた無敗の実力者。彩月に一度敗北してからは2位に落ちたが、それでも2位を維持し続けている。


「お、俺に何か……?」


 そんな、同級生とは思えないオーラをまとう志那都を前に、俺は僅かに体を強張らせた。幸いなのは、彼は鷹倉たかくらなんかとは違って人を見下したりはしない、誠実な人物だと聞いている事。変に難癖を付けられたりはしないだろう。たぶん。


「学園中で噂になってるが、あの1位と特訓をしているみたいだな」

「あ、ああ。その通りだけど」

「クラスは違えど同じ学年の生徒。お前の事はそれなりに知ってるつもりだ」


 淡々と、しかし食堂内の喧騒にかき消されないぐらいハッキリと、彼は続ける。


「一部では無能力者だと嘲られ、ランク戦では負け続きだと聞く。だが、お前自身は諦めずに特訓を続けている。そうだな?」

「全部合ってるよ。それで、本題は?」


 志那都のオリーブ色の瞳が俺を見据える。俺も目を逸らすまいと、見つめ返す。そして、彼はこう言い出した。


「芹田流輝。お前に、ランク戦を申し込む」





     *     *     *





「いいじゃん、2位君と戦えるなんて。いい経験だと思って行ってきなよ」

「軽く言うなよ彩月。結構悩んでるんだから」


 志那都が言い出したのは、俺とランク戦がしたいという事。放課後まで時間をくれるというので、俺は教室に戻るや否や彩月に相談しているわけだが。


 そもそも感情が追い付いていない。さっきまでケンと、思い切って60位ぐらいの生徒とランク戦するかーなんて話していたのに、いきなり2位と戦うだなんて。段階を踏んでなさすぎる。背伸びとかそういう次元じゃない。何段飛ばしだ一体。

 そもそもなんで2位のあいつが俺なんかと……? 高ランク能力者が低ランク能力者に挑んだ場合、勝ったとしてもランクポイントの増減は小さい。2位の志那都が89位の俺をボコした所で、ちっとも利点は無いはずなのに。


「まあ負けは確定としても、学べる物があるんなら受けてみるべきか……」

「それは違うんじゃない?」


 視線を机に落としたまま考えていると、ふと隣の彩月から言われた。


「え?」

「確かに刃君は強いよ? 2位の順位は伊達じゃない。でも、負けるとは決まってないよ」

「元気付けてくれるのは嬉しいけど、さすがに今回ばかりは……」

「本当に?」


 いつになく力のこもった声と共に、虹色の瞳が向けられる。


「本当に、心の底から、刃君には勝てないと思ってる?」

「それは……」

「勝算はゼロ? どう足掻いても、どう転んでも、逆立ちしても勝てない?」


 まるで、不安で揺らいでいた俺の心を叩いて固めるかのように。彩月は一言ずつ俺に投げかける。


「そんな事は無いよ」


 そして、しまいにはこう言ってのけた。


「今まで何のために特訓したのさ。ボクから1位の座を奪うためでしょ? ううん、キミはその先だって見据えてるはず。なら、2位なんてただの通過点だよ」

「……!!」

「勝算はゼロじゃない。負けは決まってない。いっその事、こてんぱんにぶちのめしちゃえば良いよ!」


 グッと拳を握って、彩月は笑った。その笑みはどこまでも力強く、勇気付けられる。俺が求める『最強』に座する者の佇まいそのもの。


「……ああ」


 全く、俺はどこまで彼女に助けられているんだ。情けない限りだ。


「やってみるよ、彩月。どこまでいけるか分からないけど、これも特訓のうちだと思ってな」


 実戦でしか学べない事もある。今まで特訓して来たことが、どこまで通用するのかも知っておきたい。彩月と出会ってから初めてのランク戦の相手があの2位。むしろ超えるべき壁を知れるいいチャンスじゃないか。


 なんだ。弱気になってただけで、やる気はあるじゃん俺。

 こうなりゃ全力でぶつかってやるさ、志那都!


「あはは、意気込んでるところ悪いけど、その前に午後の授業あるよ」

「おい、台無しだって」

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