第11話 守る力と使命

 視界が暗い。音が聞こえ辛い。何があった……?

 いきなり天井が崩れて、何も出来なかった俺たちはそのまま生き埋めに……。


「……なってない」


 声は普通に出た。何なら、視界が暗いのは目を瞑ってるだけで、聞こえ辛いのは天井が崩れる轟音を聞いた直後の静寂だから。この体に一切の不調は無く、体のどこも痛まない。何事もなく無事である。


「そうだ、彩月さいづきは……!?」

「ここここ。無事だよー」


 すぐ傍から声がした。埃と煤ですっかり汚れてしまった白いワンピース姿の彩月は、倒れた棚に腰掛けて手を振っている。先ほどから動いていない。言葉通り無事なようだ。


「俺達、助かったのか」

「うん。コレのおかげだね」


 彩月の指さす先。上を見上げると、赤色に鈍く光る半透明のバリアのようなものが、俺たちを守るようにドーム状に広がっていた。その上には数多の瓦礫が押し留められている。


「これは彩月の?」

「ううん。ボクが崩落に気付いた時にはとっくにバリアが出来てた。誰かが助けてくれたんだよ」

「じゃあ、一体誰が……」


 打ち消してしまうので絶対触らないように気を付けながら、ぐるりと周囲を見渡す。瓦礫の隙間からは、似たような不自然な瓦礫の盛り上がりがいくつか確認できた。どうやらこのバリアは複数張られ、他の人も守られているらしい。それにしてもこのバリア、よく見たらどこかで見覚えが……。


 と、観察していた時だった。ビリビリとバリアが震え出したと思ったら、積もっていた瓦礫が次々と砕け散った。薄暗かった視界が光で満たされ、いつの間にか瓦礫もバリアも無くなっていた。やはり俺たち以外にもバリアに守られていた人々がいたようで、彼らも今起こった出来事に混乱している様子だった。


「皆さん、ご無事ですか!?」


 壁も天井も崩れ、めちゃくちゃになってしまった店内に響く女性の声。その声に、俺は弾かれたように振り返った。


「私たちは特殊能力管理局の者です! 怪我をした方がいましたらこちらに!」


 声を張り上げて周囲に呼びかけるのは、薄いグレーのパンツスーツを着こなす若い女性。水色のショートボブを揺らしながら、怪我人がいないか確かめるように歩き回っている。

 やっぱりだ。俺はこの人に会った事がある。会ったどころか、命を救われた。三年前のあの日に。


「……!」


 ふと、その女性と目が合った。彼女のコバルトグリーンの目は、俺を見て、驚いたように見開かれた。


「君は、あの時の……」

「お、お久しぶりです」


 俺は何て言えばいいか分からず、曖昧に挨拶を返した。

 女性は次いで彩月を見て、そして彩月によって近くにあったコードでグルグル巻きにされた男性を見て、今度は不思議な物を見たように眉をひそめる。その様子を見て、彩月が口を開いた。


「あ、管理局さん。この人が犯人だよ」

「犯人……?」


 明らかに困惑している。能力者らしき白髪の女子高生が成人男性を縛って気絶させているのだから、驚くのも無理はない話だけど。


「うーん……まあ、私もたまたま近くにいただけで、詳しい事情は現場で聞こうと思ってたからいいか」


 女性は近くを見回して、同じ管理局員らしき人と二言三言話したあと、俺たちのもとへ戻って来た。


「ちょっと話を聞かせてもらえるかしら?」





     *     *     *





 事件現場である洋服店の近くにあったフードコートの席に俺と彩月は並んで座り、向かいには管理局の女性は座った。暴動のせいでフードコートは無人でご飯も飲み物も出ないが、そのまま話をする事となった。

 とりあえず俺と彩月は今回の事件について知っている事を話した。と言っても、犯人の謎の言葉と、彩月が倒したという事実だけだが。


「なるほど……通報にあった通りね」


 ホログラムパネルをいくつか開いて俺たちの話を書き留めた女性は、話が終わるとそれらを閉じる。


「まずはお礼を言わせて。被害を食い止めてくれてありがとう。あ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね、ごめんなさい」

「ちょ、頭上げてください!」


 一言で二度も頭を下げられ、思わず声が上ずってしまった。間違いなくこの人が頭を下げるべき所ではないのだから。

 顔を上げた彼女は、懐からカードのようなものを取り出し、それを彩月に手渡した。彩月はそれを不思議そうに受け取る。


「私は天刺あまざし亜紅あく。特殊能力管理局の実働部隊に所属してる人間よ」


 渡されたカードには、彼女が――天刺さんが名乗った通りの氏名と身分、それから管理局の連絡先が書かれてあった。


「なんだろうこの紙」

「それは名刺って言ってね、初対面の人に渡す自己紹介カードみたいなものなの。昔の社会人はこれを使ってたらしいわ」

「あー、何か聞いた事あるかも」


 一通り名刺を眺めた彩月は、俺に視線を移した。


「流輝君のは?」

「俺は初めて会った時に似たようなの貰ったから。今とは内容が違うだろうけど」

「えっ、流輝君って管理局の人と知り合いなの? キミってば、実は超VIPだったり……」

「違うって知ってて言ってるだろ……三年前に一度、助けてもらった事があるだけだよ」


 おどけて言う彩月に俺は呆れ半分に答える。すると、天刺さんもその話に乗ってきた。


「VIPとは言うけどね彩月ちゃん。特殊能力管理局は対能力者版の警察みたいなもので、そんなにお堅い要人じゃないのよ?」

「でも実働部隊なんでしょう? 噂によると、管理局の実働部隊は国の特殊部隊レベルの扱いだって聞くよ」

「まあ、それは大袈裟では無いかもだけど」

「おおー、やっぱりお金持ちなんだ!」

「おい彩月、あんまそういう事言うなよ」


 年上の、それも管理局の人に対してもいつものペースで話を続ける彩月を見てると、失礼が無いかヒヤヒヤしてしまう。一体俺は誰目線の心配をしているんだよ。


「それにしても三年ぶりかぁ。男子三日会わざればとは言うけど、まさかあの時の中学生が星天学園に通ってるだなんてね。あの頃は私も高校生だったしお互い様だけど」

「天刺さんに助けていただいたおかげですよ。命が無ければ入学も出来ませんし」


 天刺さんに命を救ってもらった。だから俺も、その命で他の命を救いたい――いや、救うべきだと思うようになった。それが、能力者としての責務であり、何者でも無かった俺が貰った使命なんだ。


「何より、あの時は無能力者だって言ってたのに、実は能力者だったって事に驚きよね」

「あ、あはは……まあ、黒髪の能力者なんてレアケースでしょうから」

「一般人っぽい黒髪に、能力無効化という能力。確かに、能力によく触れるような環境でもない限り気付きにくいわよね」


 俺的には目指している理想の能力者像でもある天刺さんに俺の能力について分析されるのは、少々こそばゆいような居心地が悪いような感じ。

 何よりこの能力については、少々触れ辛い話題だ。俺は無意識にやり過ごすような愛想笑いを浮かべていた。


「ねえねえ」


 と、彩月が俺と天刺さんを交互に見ながら服の裾を引っ張る。


「さっきから三年前って言ってるけど、それってもしかして『能波災害』の事?」

「ああ。さすがに彩月も知ってるよな」

「ボクの事を世間知らずだと思ってるね? 当然知ってるよ」


 むすっとした顔で腕を組みながら、彩月は息を吐く。


「『裂け目』が突然現れて、そこから流れ出た能波が全てを破壊した大災害。何も判明していない、ここ数十年で一番の災害だもん」

「俺は当時それに巻き込まれて、死にそうになった所を天刺さんに助けられたんだ」

「へぇー! あの災害の生き残りかぁ。流輝君も流輝君で、波乱万丈の人生があったんだね」

「何だその既に人生の大半が過ぎた時みたいな言い方は。俺もお前もまだまだだろ」

「どうかなー? 明日いきなり隕石が落ちて来るかもだよー? 明日の景色は神のみ知る……」

「神様もそこまで脈絡のない事はしないだろ」


 そうやって冗談を言い合う俺たちを、天刺さんは微笑まし気に眺めていた。そして、ふと左手首のスマートバンドに視線を落とした。着信が来たのか、「ちょっとごめんなさいね」と一言残して立ち上がり、少し離れた所でホログラムパネルを開く。


「……ええ。……分かったわ、すぐに向かう。市民の皆さんの誘導は任せたわ」


 短く通話を済ませると、天刺さんは戻って来た。


「ごめんなさい、急ぎで次の仕事ができちゃったわ。事件の話も聞けたし、そろそろ失礼するわね」

「ええ。こちらこそありがとうございました」

「またいつかね、管理局のお姉さん!」

「こら彩月」


 馴れ馴れしすぎる彩月を小声でたしなめるが、天刺さんは笑って手を振った。


「また機会があれば会いましょ。人生相談も受け付けてるわよ」


 そう言って天刺さんは事件現場へと戻っていった。


「良い人だったね、天刺さん。美人だし」

「お前はもう少し大人に対する敬意を持った方がいいぞ」

「先生みたいな事言うねぇ流輝君。悪かったよ、恩人に失礼な態度取っちゃって」

「いや、別にそういうあれじゃ……」


 何とか弁解しようと言葉を捻り出そうとするも、自分でもよくわからないまま喋るとドツボにはまりそうなので無言で流しておく。


 そうして、買い物先で巻き込まれた騒動は幕を下ろした。途中からはやや命がけの戦いになりかけもしたが、結果的に天刺さんとまた会う事ができたし良しとしよう。結局彩月のペースに乗せられて振り回されてた気がしなくもないが、それも思い出としておく。

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