第10話 あの日のような事

 二人で電車に揺られることニ十分ほど。降りた駅からさらに数分歩いた所に、目的地となるショッピングモールはあった。この辺でも特に大きなショッピングモールであり、様々な店やゲームセンターに映画館など、休日を過ごすための施設はあらかた詰まっているような場所だった。当然、休日である今日は人が多かった。


「で、彩月さいづきよ。今日は目的の品とかあるのか?」

「うーん。別に無いかなー」

「ないのかよ!」


 思わず突っ込んでしまった。何か欲しいものがあってこんなところまで来たんじゃないんだ。


「じゃあ何で来たんだ?」

流輝るき君と出会ってから特訓ばっかりしてて、一度もこうやって遊んだこと無いでしょ? いつも頑張ってるし、今日は息抜きって事でパーッと遊ぼうと思ってね!」

「そ、そうか……」


 正面切ってそう言われると何となく照れくさい。目的が無いと来ちゃいけないみたいな考え方していた自分が少し恥ずかしくなるじゃないか。

 まあでも、そう言ってくれて当然悪い気はしない。無粋な勘繰りは止めて、彼女の買い物に付き合うとしよう。





     *     *     *





 それから、どこまでいっても真っ白ばかりチョイスする彩月の服選びを手伝ったり、行列の出来るアイス屋がたまたま空いていたので寄ってみたり。ノープランで気ままに行ったり来たりを繰り返していたが、何となく充実した一日になっている気がする。

 俺も誰かと一緒にこうやって買い物をする機会も無かったものだから、何だかんだ言って楽しい。まあ財布の中身は少しずつ姿を消し、反比例するように荷物は増えていくのだが。そして俺は想定通り荷物持ちになっていた。


 ちなみに朝からずっと気を付けてはいたが、彩月の頭痛がぶり返したりはしていなかった。俺が心配しすぎていただけで、やはり普通の頭痛だったらしい。それならそれで良かった。


 そんな俺たちは今、彩月が行きたいと言い出した大福専門店に向かっている所だ。意外にも和菓子が好きらしい。


「朝はここに来た目的とかは無いって言ったけどさ、実はあると言えばあるんだよね」

「それが今から行く大福屋?」

「うん。昔に一度だけ、お兄ちゃんと来た思い出の店なんだ」

「へぇー。きょうだいがいるのか。初耳だな」

「お兄ちゃんは凄いんだよ? 能力の使い方も上手だし、ばったばったと不良をなぎ倒して、学校では敵なしだったんだって」


 兄の話をする彩月はいつにも増して楽しそうだった。俺は一人っ子だから、仲の良いきょうだいは羨ましいな。というかお兄さんも強い能力者なのか。やはり血の繋がりはそこにも現れるらしい。


「そんなお兄ちゃんとも最近は会えてないんだけどね。また会いたいなー」

「遠くで働いてたりするのか?」


 どれくらい歳が離れてるかにもよるが、高校二年生の兄となるともう大人だろうか。そう思っての質問だったが、首を横に振る彩月はほんの少し寂し気だった。


「ううん。今は何してるかも分かんない。久しく連絡取ってないんだー」

「意外だな。仲良さそうに話してたのに」

「まあ、取りたくても取れないというか、ね。彩月兄妹にはいろいろあるのだよ」


 そう曖昧に濁されては、俺もこれ以上深くは聞けない。本人が言う通り、人には人の事情がいろいろある。

 何か話題を変えようと口を開きかけた直後だった。ひとつ上の階から、大きな爆発音が轟いた。


「……っ!? 何だ!?」


 反射的に上を向くと、上階のとある店から炎が上がっているのが吹き抜けから見えた。そして人々の悲鳴に混じり、二度三度と店内が爆発している。明らかに尋常じゃない。ただの事故でもなさそうだ。


「近くにいた人達の頭の中を覗いたんだけど、どうやら能力者が暴れてるらしいよ」


 上を見上げながら彩月はそう呟く。爆発にも驚かずにすかさず情報収集なんて、さすがの冷静さだな。


「最近多いよねー、能力者の暴動事件。ボクたちも離れ――ちょ、流輝君!?」


 犯人は能力者。その情報があれば、判断は速かった。持っていた荷物を彩月に渡し、俺は上階へと続くエスカレーターへ向けて走っていた。


「上行っちゃ危ないよー!」

「暴れてるのが能力者なら俺でも何とかできるはずだ! 彩月は通報しといてくれ!」


 これ以上被害を拡大させないためにも、俺は俺にできる事をしなくちゃいけない。この能力に意味があるとすれば、きっと今のような非常時に立ち止まらずに向かうべきだろう。背を向けるなんてもってのほかだ。


 逃げる人の波に逆らってエスカレーターを登り、黒煙の立ち込める上階に辿り着いた。炎が上がっているのは数ある洋服店のひとつ。服に燃え移っているのか、炎の広がりが速い。中にはまだ誰かいるのだろうか。

 口元を押さえながら進もうとしたその時、店内から人が出て来た。背の高い、やせ細った男性だ。


「そこのお兄さん! はやく逃げてください!!」

「……何でこんな。こんなはずじゃなかった……」

「……?」


 ボロボロのパーカーを着たその男性は、ぼそぼそと小さな声で何かを言い続けていた。足どりはふらふらとしているし、声をかけてもうわのそら。意識がもうろうとしているのか……? だとしたら相当危険な――


「……!」


 そして気が付いた。男性の両手を包み込むようにして、深紅の炎が燃え盛っている事に。まさか彼が、暴れているっていう能力者か。


「あなたが犯人なんですか?」

「……お前は、誰だ」


 ゆらり、と。男性の目が俺に向いた。生気の宿らない紅い瞳に凝視され、思わず体が強張る。


「お前も……俺の邪魔をするのか」

「何言ってるのか分かりませんけど、暴れないでください。あなたがやってる事は、死人が出ることですよ」

「うるさい。誰だか知らないが、俺の邪魔をするな……!」


 男性の紅い両目が耀きを帯び、両手の炎が勢いを増した。男性は両手をゆっくりと持ち上げる。

 まるで視界に入る全てを嫌うかのように、叫んだ。


「お前ら全員消えちまえ!!」


 振り下ろされた両の手から放たれたのは、廊下を埋め尽くすほどの炎の壁。迫りくる死の壁を前に、俺は一歩踏み出した。大丈夫だ。威圧感に圧倒されるけど、打ち消せると分かってれば怖くない。威力だけなら、むしろ彩月よりも弱い!


 すぐに俺の体が炎に包みこまれる。そして、炎が砕けた。


「え……?」


 綺麗サッパリ、まるで最初から無かったかのように消え去った炎の壁を見て、男性は呆然とした。その隙に俺は彼へ歩みを進める。


「くそ! こっち来るな!!」


 男性はいくつもの火球を生み出し、放ってくる。一点に圧縮された炎は俺の近くで一気に弾け飛び、爆発となって轟音をまき散らす。

 俺はそれを体で受け止め、能力によって全てが自動的に打ち消された。その光景を見て、男性の顔が引きつる。


「なんだ、何なんだお前!」

「俺に能力は効きません。でも、俺にあなたを大人しくさせる術もありません。なので暴れるのを止めてください」


 叫ぶ男性に対して、俺はそうやって語りかける事しかできない。

 せっかく楽しく買い物をしていたのだから、こんな事はしないで欲しい。きっと俺だけじゃなく、ここにいた人達もそれぞれの時間を奪われただろう。


「うるさい……! お前にはどうせ分からないんだ。無能力者が、能力者と共に生きる苦しみが!!」


 彼は叫び続け、立て続けに炎をぶつけて来る。俺はそれを打ち消しながら、違和感に眉をひそめた。


 今の言い方だと、まるで彼は無能力者としての苦しみを抱えているように聞こえる。でも実際、この火災を引き起こしたのは彼だし、今も能力をぶつけている。パーカーのフードの奥には、能力者の証とも言える色のついた髪が見える。彼は間違いなく能力者。そのはずなんだが……何なんだ、この違和感は。


「と、特殊能力者は百人に一人。数で言えば無能力者の方がまだ多い……でも実際はどうだ? 世間も会社も能力者を求めてる。お、俺みたいなただでさえ無個性な無能力者の価値は無いも同然! 結局はそう言う世の中なんだよ……!」


 情緒が不安定な男性は、叫びながら炎をまき散らす。俺を退ける為というよりは、感情と共に炎が溢れ出ているかのよう。彼の言葉の真相は分からないけど、今はとにかく止めないと、被害が広がる一方だ。


「だから俺は、この世界を燃やし尽くしてやる。ヤツから貰ったこのチカラで――」

「そんな力じゃ、何も燃やせないよ」


 明るく、しかし静かな声と共に。辺りに広がっていた炎の海がまとめて消え去った。肌に刺さるような周囲の熱は、一瞬で冷気へと変換された。

 俺の能力では男性の生み出す炎を打ち消すことはできるが、そこから燃え移った炎を鎮火することはできない。となると、これは――


「ボクたちの休日を奪った罰、だよ!」


 ゴンッ! と鈍い音と共に、男性の両手に宿る炎が消えた。そして、電源が切れたようにその場に倒れ込んだ。

 その背後には、氷で出来た棍棒のような鈍器を握る白髪の少女の姿があった。


「彩月……お前、ソレで殴って気絶させたのか……?」

「まあね。気絶するほど強く殴ったんじゃなくて、軽く殴ってから振動を増幅させたんだけどね」

「どのみち物騒だな……でも助かったよ。ありがとう」


 炎の消えた洋服店を見渡しながら彩月の方へ歩く。床を踏む度にパキパキと音が鳴るのは、彩月が鎮火する際に氷の能力でも使ったからだろうか。


「てい」

「ごふっ!」


 そして彩月のもとへ戻った瞬間、氷の棍棒で軽くどつかれた。いつぞやの特訓で見た打ち消せないタイプの氷だった。


「勝算の見えない内から敵に近づくのは減点だよ流輝君。いくら消せるとは言ってもさ」

「そうですね……はい」


 実際、彩月が来てくれなければどうやって決着をつければいいか分からなかった。燃え移った炎を消すこともできないし、犯人も止められない。ただ突っ込んで行っただけで、俺は何もしてなかったな。


「でもまあ、無事だったので許します。罰はないよ」

「無事じゃなかったら罰があったのか……」

「とーっても恐ろしい罰があったよ? 血肉が弾ける痛みが全身を駆け巡る地獄のような……」


 怖い。とても怖い。何よりいつものにっこり笑顔でそんなおぞましい言葉をつらつらと並べることができる彩月が怖い。

 右手に握られる氷の棍棒がいきなり砕け散った。能力を解除したからか、それとも未知数な握力故なのか教えて欲しいです。


「だから、今後は無茶な特攻はしないように。いい?」

「……分かった。無茶はしない。肝に銘じるよ」

「ならよし」


 満足したようにうなずく彩月。どうやら許してくれたようだ。彩月は怒ると怖いタイプなのかもしれない。


「それじゃあしょうがないけど、管理局が来るまで待ってよっか。事情を説明しなきゃだしねー」

「そうだな。この様子じゃ他の店も閉めちゃうだろうし」

「あーあ、大福食べたかったなぁー」


 倒れた棚に腰掛けながら頬を膨らませる彩月。まったくいつも通りの彼女に俺は苦笑する。

 事件はこれで終わり。俺も彩月もそう思っていた。


「――!!」


 だから、爆発の影響で崩れかけていた天井が崩落しても、咄嗟に動くことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る