第8話 異能学園成り上がり計画

「――それと、急な連絡になるが、職員会議により午後の授業は急遽取りやめとなった。昼休みが終わったら十五分清掃、その後下校とする」


 彩月さいづきとの特訓の日々が続いて半月ほどが経ったある日。朝のホームルームで告げられたのは、担任の男性教師からのそんなお知らせだった。


「えっ、午前で帰れるって事ですか?」

「マジかラッキー!」


 期せずして放課後の時間が増えた事に浮き足立つクラスメイトたち。すぐに騒がしくなりかけた教室を、先生の声が押し留める。


「こらこら静かにしろ。ちなみに今日は部活動も基本的に休みだ。授業が終わればなるべく寄り道せずに寮へ戻る事。いいな?」

「はーい」


 素直に返事しつつも、きっと皆空いた時間でどこに行こうか考えている事だろう。かく言う俺も、外出する予定がある。というか今できた。

 ホームルーム中だというのに学園端末にメッセージが届いたのだ。差出人を確認する前にふと右を向くと、隣の席の白髪少女が端末をふりふりしながら微笑んでいた。


 ああ、やっぱり彩月か。内容は大体予想できるが、一応机の下でこっそりと端末を起動して確認する。記されていた内容はおおむね予想通り。意外な部分と言えば、最後の一文だろうか。


『今日はグラウンドが使えなさそうだし、外で体力トレーニングをするよ。動きやすくて、汚れてもいい服で噴水前に集合!』


 噴水前というのは男子寮と女子寮のちょうど間にある、待ち合わせによく使われる場所のこと。にしても汚れてもいい格好って、今日は何をする気なんだろうか。外でトレーニングと言っても、学園の敷地外では極力能力を使わないよう規則で言われているし、普通にランニングとかじゃないのか?





     *     *     *





 先生の言う通り午前中で授業が終わり、迎えた放課後。汚れてもいい格好という事で捨てようか迷っていた古めのシャツに着替えて噴水前に向かうと、彩月は既に待っていた。吹き上がる水をぼーっと眺めている。

 彼女の恰好は相変わらず白いジャージ。白い服って一番汚れちゃいけないと思うんだが、大丈夫なのだろうか。


「悪い彩月、待たせたな」

「お、やっと来た。キミが遅れるなんて珍しいね。まあ五分くらい気にしなくていいよ」

「実は……今日はちょっとついて行きたいってヤツがいてな」


 言いながら後ろを向くと、ちょうど遅れてやって来たケンが手を振って応える。


「どーもどーも、部活が無いのでついて来ました」

「キミは、えーっと……誰だっけ?」

「ぐっ……まあ知らないだろうとは思ってたよ。25位って微妙なランクだし、クラス違うし」


 有名人に知られているという事は、それだけでステータスのひとつになるとどこかで聞いた事がある。それに当てはまらず僅かに肩を落とすケンだったが、クラスの違う自分の事は多分知らないだろうと考えてはいたらしい。むしろ少しでも頭をひねってくれただけでも十分そうな様子。気を取り直して、ドンと胸を叩いて自己紹介をした。


「俺はA組のかずら鶴斬つるぎだ。流輝るきとは大親友だぜ!」


 謎にマッスルポーズを取りながら堂々と言ってのけるケン。屈託のない笑顔でそんな事言われると照れるのでやめて欲しい。


「ボクの事は知ってると思うけど、彩月夕神ゆうかだよ! 流輝君とは一緒にランク1位を目指して、のちにライバルになる予定のパートナーさ!」


 彩月も彩月で負けじと明るい笑顔でブイサインを作ってそんな事を言う。この二人意外とノリが似てるな……。


「俺たちが放課後に特訓してるのはとっくに噂になってるみたいなんだけど、詳しく知りたいからって今日はついて来たんだ」

「そんな感じ。部活の取材とかじゃなく親友としての個人的な興味だから、そこんところの心配はご無用だぜ」


 ぐっと親指を立ててオフ宣言をするケンは、確かに部活をしている時に身に付けているポーチ類は見当たらなかった。しかし、彩月は別の個所に疑問を懐き、首を傾げた。


「部活の、取材……?」

「ああ。学内情報部。俺はそこの副部長なんだ」

「……ごめん、その部活知らないや」

「マジかァー」


 申し訳なさそうに笑みを浮かべる彩月に、ケンはまたもや肩を落とす。今度はまあまあ気を落としている。彩月は今年転入して来たばかりだし、他校と比べてもかなり多い星天学園の部活を知らなくても無理はないか。


 学内情報部。その名の通り、学園内の情報をまとめている学内掲示板を制作している部活だ。古い表現だと『新聞部』とかいうのがピッタリだろうか。学園内の面白い出来事や伝達事項などをまとめて、様々なところにホログラムで掲示されてある。と、ケンは簡単に説明した。


「あー、廊下とかにあるあれだね。ボクと佐九さきゅう君のランク戦のことも早速載ってたよね」

「そう言えばそうだったよな。ケンは俺と一緒に見てたけど、他の部員が撮影してたのか?」

「それもあるが、俺も俺でドローン飛ばして撮ってたんだぞ? ほらコレとか」


 ドヤ顔でそう言うケンは、学園端末をスクリーンモードにしてホログラムパネルを表示させる。そこに映ってるのは六月号の学内掲示板。一面を飾る彩月と鏡未かがみの能力がぶつかり合う画像はとても見ごたえのある一枚だった。


「おおー! ボクがかっこよく写ってるやつだ! これキミが撮ってたんだ」

「ふふ、まあな」


 俺は観戦に夢中だったのに、こいつはちゃっかりしてるというか抜け目がないというか。副部長としてもさぞ優秀なんだろうな。


「そう言えばその掲示板、俺らが放課後に特訓してるのとか載ってないのか?あれだけ噂になってたら誰かが隠し撮りでもしてそうなものだけど……」


 ふと気になったのは、彩月との特訓の事。何かするだけで噂が立つような有名人である彩月が俺みたいな底辺ランク能力者と何かやっているとなれば、それなりに話題になる。学内情報部からすれば美味しいスクープだと思うのだが。


「あーそれな。これ以上変に噂が大きくなるとお前的にも面倒だろ? 副部長権限でそのネタは握り潰しておいたぜ」

「そうだったのか……何か悪いな、部活の邪魔しちゃってるみたいで」


 より強くなりたいという俺の夢はケンも理解してくれているし、協力もしてくれている。だが俺のせいでケンの活動が不自由していると知った今、素直に申し訳なく思う。そんなオーラが出てしまっていたのだろう。ケンは慌てて否定してくれた。


「なんでお前が謝るんだよ! これは俺が勝手に焼いてるおせっかいみたいなモンだし、流輝が気にすることはねぇよ!」


 それにだな、とケンは胸を張って付け足す。


「お前が頑張ってるのを知って、俺もますます協力したいと思うようになったんだよ! そんで流輝に協力してくれてる彩月も同じだ。俺はお前ら二人のためならどんな情報だって提供してやれるぜ? なにせ、学内情報部は星天学園のあらゆる情報が集まる場所だからな!」

「あはは、それは頼もしいね」

「おう。どんどん頼ってくれていいぞ」


 ここぞとばかりにカッコつけるケン。だがそんな彼の存在が、今はとてもありがたかった。おちゃらけてるようでしっかりしてるし、俺の事にも親身になって考えてくれる。本当に、俺には勿体ないほどのいい親友だ。


「それじゃあ鶴斬君も、成り上がり計画の仲間だね!」

「何だそれ?」

「流輝君が89位から1位に成り上がるまでの大計画だよ! 名付けて、『異能学園成り上がり計画』!カッコイイでしょ」


 そんな名前あったのか。当事者なのに初耳なんだけど。


「てか『異能』って呼び方も珍しいな。特殊能力の事をそう呼ぶ人、俺聞いた事ないぞ」

「俺は……一人いるけど、珍しいっていうのはケンの言う通りだな」


 特殊能力の事を『異能力』と呼ぶのは珍しい。元々『特殊能力』という呼び名も始めは暫定的なものだと聞いた事がある。だが、いつの間にかその呼び名が定着していたらしく、今では不思議な能力の事は皆が特殊能力と呼んでいる。

 俺たち二人が不思議がるのに対して、彩月自身は自覚は無かったようだ。


「あれ? そんなに珍しいかな……?」

「まあ人それぞれだし、別に変ではないぞ」

「そう? じゃあいいよね」


 俺からすればこの修行に名前があること自体、今知った事だし、彩月の好きなように呼んでもらって構わない。どんな呼び方になろうが、この能力が何か変わる訳でもあるまいし。


 そしてだいぶ話が逸れていたが、もっと大事な要件がある事を忘れてはいけない。


「それより彩月、今日の特訓は何なんだ? 外でやるんだろ?」

「それだよそれ。俺も流輝に聞いて汚れてもいいシャツで来たんだけど、お前たち普段どんな事してんだ?」

「うーんとね、今日は普段とは違うトレーニングをするつもりだよ。グラウンドが使えない代わりに時間が増えたからねー」


 噴水前からてくてく歩き出した彩月は、後を追う俺たちに向けて当たり前のようにこう続けた。


「今日はここから三分くらい歩いたところの工事現場でのアルバイトで、筋力を鍛えてもらいます! お金も貰えて一石二鳥だよ!」

「ちょっと待て彩月、アルバイトって先生の許可は取ってあるんだろうな?」

「取ってないよ」

「取ってないのかよ!」

「だって申請とかめんどくさいんだもん。特に星天学園は能力者の学校だから、一般社会における特殊能力の扱いについて~とかミニ講習受けないといけないって聞くしー」


 だってじゃないだろ……さらっととんでもない校則違反犯してるよこの1位さん。いや、他人事みたいに言ってるけど、今の時点で俺も同罪か……!?


「それに何でバイトなんだよ。普通にジムとかじゃ駄目だったのか?」

「だってみんなして筋トレするより、放課後にバイトする方が青春っぽいじゃん! そういうのボク好きなんだよね」


 しかも息をするように校則違反してもなお、この気軽さだよ。青春を味わいたいだけなら、付き合ってあげるのもやぶさかでないのだが……せめてきちんとした手続きを踏んでくれ。


「……流輝、お前師匠にするべき人間を間違えてないか?」

「うーん……」


 ついこの前まで「彩月とならこの学園で最強になれるかもしれない」なんて思っていたのに、ケンのその一言でかなり揺らぎそうになった。


 なんだか彩月と行動を共にするようになってから、少しずつ不良になってしまっている気がする。もしくは、校則という社会が決めた枠組みから飛び出た者だけが、『最強』の地位に上る事ができるのか……? そんな訳ないか。あってたまるか。


「あ、せっかく来てくれたんだから、鶴斬君も一緒に頑張ろうね。作業ドローンが壊れた事もあって、急に人数が増えても歓迎って現場のおじさん言ってたから。大丈夫!」

「何も大丈夫じゃないが!? おい流輝、この子絶対おかしいって! 俺は成り上がらなくていいです! 25位の地位に甘んじます!!」

「……ケン、なんかごめん」


 こうして俺たちの放課後は、特訓と言う名の無断バイトに費やされる事となった。後日しっかりと先生方にバレて、反省文を書かされたのは言うまでもない。

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