第7話 一に観察、二に観察
それから、俺の特訓の日々は始まった。
能力でどのような戦い方をするにせよ、体力や運動能力が無ければ始まらない。毎朝のランニングの距離を増やし、筋力トレーニングも少しずつ行っていく。こればかりは日頃からの積み重ねしかないだろうし、すぐに結果は出ないが続ける事が大事だ。
そして放課後は、グラウンドで
そして俺たちは今日も今日とて、第一グラウンドの隅で運動部の生徒達にチラチラ見られながら特訓を続けていた。今日の特訓は、相手の能力を推察する力を身に付けるというもの。
「今からボクは一種類だけしか能力を使わないから、上手く当ててみてね。能力を見事看破すればキミの勝ち。逆に答えを間違えるか、攻撃に耐え切れずにギブアップしたら負けね」
「オーケー、望むところだ」
「それじゃあ、スタート!」
開始の合図と共に、いきなり真下の地面が吹き飛んだ。
巻き上がる土埃がジャージや髪に降りかかって鬱陶しいが、気にしてる場合じゃない。すぐに連続して地面が吹き上がるのを、俺は走り続けて回避する。能力による攻撃は打ち消せるが、それによって引き起こされた副次的な現象は無効化出来ない。つまりこの能力がある限り絶対安全という事では全くない訳で、至近距離での爆発はそこそこに肝が冷える。
今の所、攻撃は地面の爆発だけ。爆発といっても火薬を使ったそれのような爆炎は生じていないので、ただの爆破能力じゃなさそうだ。単純に大地を操る能力なのか、あるいは地面の下で生み出した風で土を押し上げているのか? まだ判断材料が少ない。今は回避に専念しよう。
「あだっ!」
後頭部に衝撃が来た。痛む頭をさすりながら素早く後ろを向くが、そこには誰もいない。ぐるりと周囲を見渡しても、彩月の姿はない。目が合うとすれば、いきなり地面が荒れ狂って目を丸くしている野球部員だけだ。
「ん?」
足元に野球ボールが転がっていた。先ほどの攻撃はこれか。となると、驚いた野球部員の手元が狂ってボールが飛んで来ただけか。
「……いや、違う!」
ふと、舞い散る砂煙が不自然に流れたのを感じ、膝を曲げてその場にかがんだ。直後、真上を通り過ぎる野球ボール。俺の胴体を狙うような高度を水平に飛ぶなんて、普通に打ってもあり得ない。間違いなく、彩月の攻撃だ。
立ち上がると、すぐに次のボールが目の前から来た。体を捻って躱すが、別方向から飛んで来たボールが右肩に当たる。右方向に意識が向いた途端、再び地面が爆ぜ、土煙によって視界が遮られる。そして目くらましの向こうから来る、いくつものボール。全部を避けるのは不可能だが、それでも出来るだけ当たらないようジグザグに走り、俺はその場を離れた。
だが、避けてばかりじゃ終わらない。考える事を止めちゃ駄目だ。
まず、地面の爆発。土煙を三メートルほど吹き上げさせるほどの勢いがある爆発だが、俺はその衝撃を受けていないし、何かを打ち消した感触もない。つまり爆発自体は地中で起きているという事になる。
そして、ボールによる攻撃。仮に念動力などの物質操作能力で直接ボールを操っているのなら、俺にぶつかった瞬間に能力が打ち消され、勢いを無くすはず。普通に直撃しても痛みは無いはずだ。
つまり、能力が関与してるのは『最初』だけ。能力によって押し出される形で飛んで来ているのだろう。
「……! まただ、この風」
今日は特訓を始めた時から風は吹いていなかったはず。だが、さっきから小さくはあるが確かに不自然な風が吹いているのだ。肌で感じるほどではないが、ごく小さな風が。
その証拠に、砂煙が目の前で流されていくのが見える。そして、そのタイミングで――
「攻撃が来る!」
俺は逃げ回っていた足を止め、目の前を通過した攻撃をやり過ごした。だがそれは、今までのようなボールじゃない。それが通過した直後に今までで一番の風が吹き抜け、そして右方向から破砕音が聞こえた。
攻撃が通り過ぎていった先を見ると、グラウンドを囲む壁の一部が、巨大なカッターで切り裂かれたように切れ目が走っていた。
「分かったぞ……」
不自然な風が攻撃の兆し。そして地中での爆発に、能力で初速を付けたボール攻撃。極めつけはさきほどの不可視の攻撃。
共通点は、風だ。
「彩月! 能力の正体は、風力操作だな!!」
どこにいるか分からない彩月に向かって叫ぶ。だが、声は届いているはずだ。
数秒待って、答えが返って来た。
「ぶっぶー、残念だけど違うよー」
「え?」
間抜けにも立ち止まる俺の腹に、野球ボールが突っ込んで来た。油断していた一撃に、俺はあっさりと崩れ落ちる。
「あはは、外しちゃったから流輝君の負けねー」
その声は上から。
空に浮いていた彩月が、笑いながらゆっくりと降りて来た。
「駄目だよ流輝君、すぐに答えを決めちゃ。今のが本番だったら、間違った能力が正解だと思い込んだまま作戦を立てる事になってたよ?」
「くそ……合ってると思ったんだけどなぁ」
髪や服に山盛りになっている砂埃を掃いながら、俺は立ち上がった。
「それで、答えは何なんだ?」
「正解はこれ! この前戦った
そう楽し気に発表する彩月の手元では、地面から集まっていく砂の集まりが円だったり星型だったり様々な形を取っていた。
「今回は初級編だったんだけどなー。まあ能力の予想なんて慣れてないと難しいし、しょうがないか」
「ちょっと待ってくれ。最初の爆発は単純に地中の砂や砂岩を動かしてたとして、自在に飛び回るボールはどうやったんだ?こっそり別の能力使ってたりしないよな」
「心外だなぁ、ルールは守ってるよ」
苦笑交じりに眉をひそめる彩月。地面に転がっているボールを手の中に引き寄せ、実演しながら説明を始めた。
「あれはボールの表面に砂を付着させて操ってたの。最後までくっつけてたら流輝君に打ち消されて攻撃にならなくなるから、途中で放したんだ。ある程度速度をつけて、纏わせた砂で『投げる』イメージでボールを発射すれば、あとは慣性が勝手に飛ばしてくれるからね」
「砂でボールを……なるほど。そりゃ、見ただけじゃ分からない訳だ」
地面の爆発によって上がった砂煙。あれは目くらましだけじゃなく、ボールを安定して飛ばすための役割も担っていたのか。
「ちなみに流輝君が攻撃の兆候だと考えてたであろう不自然な風は、砂を動かして風が吹いてるよう
「使い方が巧妙と言うか、ずる賢いと言うか……」
最初から最後まで、風を操る能力であるというミスリードに誘導されていたという事か。悔しいけど、俺はまんまと引っかかってしまった。
「というかそれ、もはや当てさせる気なかっただろ。あれで砂の能力だって見破るヤツいないんじゃないか?」
「いやいや、すこーしずつヒントをあげるつもりだったんだよー。答えを急いでしまったのが、今回の敗因のひとつだね」
若干の不満を込めての言葉も、彩月先生のド正論によって撃ち返される。確かに、早くヒントを掴んで能力を当ててやろうと気が競っていたかもしれない。そのせいで、不自然な風が吹いたように『見えた』のを能力の前兆だと勘違いし、それを疑うこと無く考察に組み込んでしまっていた。
「はぁ……まだまだ未熟だな」
額に手を当てて、気持ちを落ち着かせるように目を伏せる。何事も続けることが大事。焦っては駄目だ。焦って結果だけを求めると、今回のように間違った答えを自信満々に導き出してしまうだけ。そうして自分で出した答えは、たとえ間違っていても疑わないものだ。
「もっと頑張らないとな」
「おっ、やる気出て来た?」
「ああ。能力を当てる特訓、今日はもう一回頼めるか?」
ある意味では答えを急いでしまったおかげで、俺の体にダメージは少ない。このまま二回目を始めても問題なさそうだ。
ある日、彩月は言っていた。俺がいままで『使えない』と思っていたこの能力は、俺に使いこなせるだけの努力が足りなかっただけで、真価を発揮すれば誰にも負けない最強の能力になる、と。それがどこまで本当かは分からないが、実際に星天学園という能力者が集まる場所の頂点に立つ者の言葉だ。信じられるだけの説得力はある。
ならば俺は、この能力を完璧に使いこなせるようになるまで努力を続けるだけだ。いつか目の前の少女をも超え、もっともっと強くなるために。
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