第6話 可能性と謎

 激戦を見届けた昼休みの後、迎えた放課後。星天学園に複数存在するグラウンドのうちのひとつ、人工芝が敷き詰められた第二グラウンドに、俺と彩月は集まっていた。


 グラウンドの中央辺りではいつもは様々な運動部の面々が練習をしているのだが、今日は俺たち二人以外には誰もいない。どうやら彩月が『特殊能力を使いこなすための自主練習』という名目で使用許可を取ったらしい。だからってグラウンド丸ごと貸し切り状態にする事もないだろうに。先生もよく許可出したな。


彩月さいづき……なんだその服」


 そして、動きやすい服装で集合と言われたので、俺は学校指定のジャージに着替えて来たのだが、彩月が着ているのは彼女の髪色と同じ純白のトレーニングウェア。上着のパーカーもショートパンツも全部白だ。白色が好きなのだろうか。


「学園内では指定された服じゃないとダメだろ」

「いーじゃんいーじゃん。こっちのが動きやすいんだよ?」


 言いながら彩月は準備運動を始める。校則ガン無視とは、噂通りの自由人だ。


「まあそうは言っても、今日はそんなに動くつもりはないけどねー」

「そう言えば、細かい事は何も教えてくれなかったけど、今日は何をするんだ?」

「ふふふ、そうだねぇ。じゃあさっそく始めちゃおうかな」


 含みのある言い方をする彩月の周囲に、キラキラと輝く光の粒子が漂い始めた。それらはバキバキと音を立てながら複数個所に集まっていき、やがて野球ボールサイズの氷塊が三つほど、彼女の周囲に出来上がった。それぞれが独立して浮遊している氷塊は、衛星のように彩月の周りをゆっくりと回る。


「な、何を始めるつもりなんだ……?」

「うーんとね、流輝君は自分の能力を『特殊能力を打ち消す能力』としか認識してないでしょ?」

「え? まあ、そうだな。というかそれしかなくないか?」


 触れた能力を打ち消す能力。それが俺の能力の全てだ。これ以上の説明はいらないぐらいに単純な能力だと俺は思っているが、どうやら彩月は違うらしい。


「強くなるためには、まず自分のチカラを知らないと始まらない。もっと細かくね。だから今日は、キミの無効化能力について徹底的に研究しようと思うんだ」

「研究ね……具体的には?」

「まずはねぇ」


 グルグル回っていた氷塊がピタリと止まる。心なしか全て俺の方を向いている気がするのだが、気のせいだろうか。


「ちょっとジッとしててね?」


 気のせいじゃなかった。浮遊していた三つの氷塊が猛スピードで俺の腹や肩にぶつかっていき、全て順番に砕けた。とっさの事で反応できなかったが、俺に触れた事で自動的に能力が発動し、彩月の能力によって生み出された氷塊は跡形もなく消えていった。


「ちょっ、いきなりだな! 俺じゃなかったら怪我してたぞ!」

「キミだからしてるんじゃないの。どうせ全部打ち消しちゃうんだから、大丈夫でしょ?」

「そりゃそうだけど……」


 さして心配するような素振りもなく、彩月はにっこりしている。俺の能力を調べるとか言ってたけど、何をしたんだ? ただ氷をぶつけられただけのような気がするけど。


「ところで流輝君、さっきの痛かった?」

「いや、別に痛くはなかったけど」

「なるほどー。じゃあ次ね」


 そう言って彩月は新たに氷塊をひとつ生み出す。さっきのより少し大きい。何がなるほどなのか説明して欲しいのだが、説明をより先に氷塊が俺めがけて飛んで来た。どうせ打ち消されるんだし、俺は何をするでもなく飛来する氷塊を受け入れ――


「ぐはっ……!!」


 そして直撃した。腹部にクリーンヒット。鷹倉たかくらの拳よりは痛くないが、ケンのおふざけ肩パンよりは痛い。つまり普通に暴力となりうる威力。


「ありゃ、思ったより痛そう。大丈夫?」

「だ、大丈夫……ちょっと腹を下したぐらいの腹痛だ」


 今度は予想外だったのかちょっぴり心配そうに声をかける彩月に、左手で腹を押さえながら右手でサムズアップする。あまり情けない所を見せたくないのでやせ我慢をしているが、実はちょっと痛い。と言うか今の氷、何で打ち消されなかったんだ……?


 ぶつかる前よりも一回り小さくなった氷が、俺の足元に転がっていた。身をかがめて拾ってみるが、俺の能力によって砕ける様子は無い。手のひらにじんわりと広がる冷たさは、何の変哲もない氷そのもの。これは能力で作られた氷じゃないのか?


「彩月、今のは何を調べたんだ?」

「調べたというか、始める前の確認って所かな。流輝君の能力が、本当に特殊能力なら何でも打ち消せるのかっていうね」


 そう言うと彩月は再び氷塊を三つ生み出し、一つずつ指をさして説明を始めた。


「最初に放った三つの氷は、それぞれ違う作り方をしたの。一つ目は普通に『氷を生み出す能力』で。二つ目は『空気中の水分を集めて凍らせる能力』で。三つ目は『水を生み出す能力』と『水を凍らせる能力』を組み合わせて。それぞれ作り方は違うけど、『特殊能力で作った氷』って所は同じだから、流輝君の能力によって全部打ち消されたんだよね」

「そんな細かく調べてたのか」

「流輝君が能力を打ち消してる所って、実はあまり見た事ないからね。特に、複数の能力を同時に打ち消すことができるのかどうかは知らなかったでしょ?」

「言われてみれば確かに……」


 今までランク戦は一対一が基本だったから、複数種類の能力で同時攻撃などはされた事がなかった。だからどんな能力も打ち消せるとは認識していても、複数同時も可能なのかどうか、俺は知らなかったんだ。そして今回、三つ目の氷を打ち消すことができた事で、それも可能だと知る事が出来た。

 なるほど。これは確かに、確認の余地がまだまだありそうだ。


「ちなみに最後の打ち消せなかった氷は何なんだ?」

「あれは普通の氷をテレポートで持って来て、能力で作った氷でかさ増しして、風の能力で飛ばしただけ。能力を使ってはいるけど、流輝君が触れるところには使わないようにして撃ってみたんだ」

「それで俺には打ち消せなかった訳か。考えたもんだな」


 その事象に何かしらの特殊能力が関わっていようと、俺が触る事のできる箇所に能力が無ければ、無効化する事は出来ない。これは俺自身も知っている事だ。例えば今の氷も、念動力なんかで動かしていれば、念動力という『能力そのもの』に触れる事ができるから打ち消せる。だが今のように風で押し出しただけなら、能力には触れてないから氷の勢いを止める事は出来ない。


 この能力もいろいろと制限がある。それを浮き彫りにして対策するのも、強くなるためには必要だ。


「それじゃ、寮の門限までにできるだけたくさん調べておきたいし、じゃんじゃんいくよー!」


 それから今日の放課後は、グラウンドが閉まる時間ギリギリまで、彩月と共に俺の能力について調べる事となった。具体的には、炎やら石礫やら様々な能力をいろんな方法でぶつけられた。やがてお開きになった頃には、自分のことについてより知る事が出来た充実感を感じつつ、打ち消せるとはいえ無数の能力を真正面から向けられた事への疲労でいっぱいになっていた。


 そして同時に、改めて不思議に思った事もある。


 彩月は本当にいろんな能力を使っている。空間転移、光線、烈風、電撃、氷結、爆破、念動力、空中浮遊などなど。この目で見た事がある能力を挙げるだけでも枚挙にいとまがない。まだ人に見せてない能力もきっとあるだろうし、それも考えればますますキリが無くなる。


 そして大前提として、特殊能力は一人ひとつしか無い。

 上手く工夫すれば、能力が複数あるように見せる事は可能だ。例えば念動能力者なら自身に能力をかける事で念動力と空中浮遊の二つの力を見せる事が出来るし、鏡未かがみの能力だって初見の相手には砂と岩石の両方を操る能力だと偽る事もできるはず。


 だが、彩月のはそんなレベルを超えている。空間転移や雷撃、果ては昼休みのランク戦で見せた巨大な光の剣。なんら共通点の見いだせないあれらは、完全に別の能力だろう。


 彩月の能力は一体何なんだろうか。本人は秘密にしており、彼女の知名度に反して真実を知る者は誰一人としていない。まさに真実は彼女自身と神のみぞ知るって感じか。


 おまけに能力とは関係ないが、純白の髪に虹色の瞳という珍しい容姿に、人並み以上に卓越した能力戦闘の腕。更に本人の謎めいた思考回路も相まって、他の生徒とは『何かが違う』と思わされるミステリアスさを持っている。

 こんな事を思うのは考え過ぎだろうけど、思わずにはいられない。


 彼女は本当に、俺たちと同じ普通の特殊能力者こうこうせいなのだろうか。

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