第5話 極彩色の能力者
「すげぇー、もうこんなに人が」
俺とケンが第一グラウンドに辿り着いた頃には、既に多くのギャラリーが集まっていた。やはり学内ランク1位の
一人は小柄な白髪の少女、彩月
もう一人は鮮やかな金髪をかき上げる男子生徒、
「転入直後に数々の能力者を蹴散らし、僅か一ヶ月で1位に上り詰めた最強の能力者。君とは一度戦ってみたかったんだ」
きっちりとセットされた金髪を撫でながら、鏡未は自信あり気な笑みを浮かべていた。いちいち芝居がかった物言いの珍妙な男だが、学年ランク4位というれっきとした実力者。この学園において彼の名を知る者は多い。
それにしても、ぶっちぎりの最強となった彩月に挑むやつがまだ残っていたなんてな。彩月は誰も挑まなくなって退屈だと言ってたけれど、まだこの学園には勇敢な挑戦者がいるらしい。
「キミが今回の相手だね、4位君。よろしく!」
「鏡未佐九だ。そして今日から、星天学園二年生ランクの1位に輝く男さ!」
まるで舞台演劇かのように、大袈裟にポーズを取りながら大声で話す鏡未。その宣戦布告は、ランク戦を見に来た
「ルールはどうする? 決めていいよ」
「もちろん、相手を降参させたら勝ちの決闘スタイル。ここで真の最強を決めようじゃないか」
「おっけー。分かりやすくていいね」
そして、彩月も彩月で負ける気はしていないようで、正面の鏡未を見据えたまま笑みを崩さない。
グラウンドの上空には、いつの間にかランク戦審判用のドローンが飛んでいた。生徒同士の実力を競うランク戦において、過剰に相手を害しようとする生徒がいた等の特殊な場合以外は、基本的には先生達の介入は無い。こうしてドローン越しにランク戦を見て、勝敗によってポイント配分を行う。
能力者同士の戦闘という、ひとつ間違えれば大きな事故に繋がりかねない危険な行為を止めないどころか推奨しているのが、この学園の不思議な所であり、少し奇妙な所だ。
『それでは、ランク戦を始めてください』
ドローンの無機質な機械音声が開戦の合図。先に動いたのは鏡未だった。彼の踏み締めた地面が小さく波打つ。
「君の実力は評価している。最初から全力でいかせてもらおうか!」
鏡未のアイスグリーンの瞳が耀きを帯びる。叫ぶと同時に、彼の周囲の地面が盛り上がった。いや、動いているのは地面そのものではなく、その上にある砂。それが噴水のように吹き上がっているのだ。彼の周囲に次々と発生する砂の噴水は爆発的に勢いを増し、一瞬で校舎の三階まで届く高さとなった。
いくつもの砂の噴水は一点に――鏡未の頭上に集まっていく。そして出来上がったのは、空中に浮かぶ巨大な球状の砂。水のように常に流動しながら、その形を保っていた。
「砂を動かす念動系か。シンプルな能力だけど効果範囲と出力はなかなかだね。さすが4位」
まるで生き物かのように動く大量の砂をじっくり観察しながら、彩月はそう呟いていた。
「さあ、どこからでも来ていいよ」
「言われなくてもそのつもりさ!!」
鏡未の手が彩月を示す。上空に浮かぶ砂の球体から細長い砂の一群が射出され、示された方向へと飛んでいく。その攻撃はあまりに速く、彩月の方に視線を移した時には、大きな砂煙が上がっていた。さらに二度、三度と砂の塊は発射され、さらに砂の幕が舞い上がる。
砂をかけられたと言えば大したことないように思えるが、能力によって超高密度に圧縮した砂の集まりはほとんど岩と変わらない。それを弾丸のように飛ばせるとなると、十分に驚異的な能力だ。
「……おや?」
だが、舞う砂煙を能力で再び上空に集めた鏡未は、眉をひそめた。そこにいたはずの彩月がいない。それを確認するや否や、鏡未はすぐさま次の行動に出た。
上空に集めた巨大な砂の集まりを全て圧縮し、砂岩の盾を三枚生み出して自身を囲うように展開する。直後に、破砕音が響いた。
「ありゃ、防がれちゃった」
鏡未の背後にあった砂岩の盾が砕けた。そして鏡未の数メートル後ろに、彩月の姿があった。彼女は右手のひらを鏡未の方へ突き出したまま、意外そうに目を丸くする。
「空間転移で攻撃を避け、背後に回って烈風を浴びせる。君がよくやる初見殺し戦法だろう? 僕は知ってるよ」
砕かれた盾をすぐさま再生させながら、鏡未は人差し指を振った。その顔からは余裕が見て取れる。
「まあ、知ってても対応できるかどうかは別だ。それこそ僕ぐらいの実力者じゃないと厳しいだろうね」
「言うねぇ、面白いよキミ」
初撃を見事に防がれ、しかし彩月は笑っていた。
「1位になって退屈してたけど、こんな身近に戦いがいのある能力者がいたなんて。灯台下暗しってやつだね」
楽しそうに。
そうとしか表現できないと言えるまでに、彩月は無邪気な笑みを絶やさぬまま一歩踏み出す。
彩月の右手で紫電が弾けた。左手付近では氷が槍のような形を取り、背後には輝く光球がいくつも生み出された。
「それじゃあ、もう一段階ギア上げてくよ」
雷撃、氷槍、光線。
特殊能力は一人にひとつ。
その絶対原則は、特殊能力者が発見されてから七十年間、一度たりとも例外は無いのだから。
「――っ!!」
鏡未を守るように浮遊していた砂岩の盾が、三枚同時に破壊される。崩れる砂岩の向こうには、彼を見据える虹色の瞳があった。
鏡未は慌てて足元の砂を操作し、体を押し出す形で素早く後方に下がる。しかし、その動きが不自然に止まった。まるで見えない糸に縫い付けられているかのように、鏡未は指一本動かせないまま空中で静止した。
「お次は念動力かい……? 相変わらず多才だね」
「まだ降参しない?」
「ああしないとも。まだ終わってなんかいないからね」
さすがに焦りが見えて来た様子の鏡未だが、まだ諦めてはいないようだ。彼自身は地面から少し浮いた所で止められたままだが、しかし地面は再びうごめき出す。
「勘違いしてるかもしれないけど、僕の能力は、地面に触れていなくても発動できるのさ!」
アイスグリーンの瞳がより強く輝いた。彼らの周囲の地面がごっそりと削れ、先ほどの倍以上もの砂が一点に集まった。それは圧縮されながら形を変え、巨大な二本の腕となった。拳だけでも自動車を軽々と握り潰せそうなほどは大きい、浮遊する砂岩の巨腕。
「おー、すごいね」
それも、ただの砂の集まりじゃない。拳は全体的に強固な砂岩で出来ており、さらに関節部分や二の腕辺りは嵐のような勢いで流動する砂塵の集まり。生身で触れようものなら、膨大な砂粒の群れに皮膚や肉を削られて血塗れになってしまうだろう。
「さあ、行け!!」
動けない鏡未の新たな腕が動く。砂岩の拳を固く握りしめ、巨大な右腕が振るわれた。空気を唸らせながら小柄の白い少女へと迫る。
その半ばで、砂の右腕は真っ二つに引き裂かれた。
「……!?」
今度こそ鏡未は絶句した。彩月は一歩も動いていない。一体どんな能力を使ったのか、視界に収めただけで砕かれたのだ。
とっておきの一撃が、いとも容易く突破された。相手があの『最強』だと知っていても、驚かずにはいられなかった。
「面白いものを見せてくれたお礼に、ボクも初めての技を披露するよ」
にこやかに語りかける彩月は、すっと右手を空へ掲げた。一体何をするのかと皆が視線を集めた、その直後だった。まるで太陽が落ちて来たのかと錯覚するような閃光が弾け、彩月の右手に集まった。突然の光に俺は目を伏せ、視界が回復すると、その光景に思わず声を零していた。
「なんだ、あれ……」
彼女の右手の延長線上に、十メートルをゆうに超える巨大な光の剣が現れていた。天に向かって伸びる暴力的なその光は、神々しさすら感じられる。
「そーれっ!」
そんな得物を明らかに場違いな掛け声と共に、一息に振り下ろす彩月。呆気に取られていた鏡未の真横に浮いている巨大な砂の左腕を巻き込みながら、光の剣は空を裂いた。光剣がはらむ膨大な熱量でもって空気を焦がし、グラウンドの地面は抉り飛ばされ、衝撃波が吹き荒れた。
土煙と熱風とで前が見えない。両腕で顔を覆ってやり過ごし、晴れた視界の先では……。
能力での拘束を解かれたのか地面にへたり込む鏡未と、余裕の佇まいでマイペースに伸びをする彩月。そして彼らの真横を走る、赤く焼け焦げた巨大な溝。学年ランク1位が振るった凶悪な爪痕は、4位の少年が描く勝利のビジョンを打ち砕くには十分すぎるものだったのだろう。
「フッ……完敗だよ」
桁違いのスケールに、思わずといった調子で笑う鏡未が、最後にそう呟く。それが、この戦いの幕切れだった。
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