第4話 変わったあの日
授業が終わった直後の昼休み。先生から出された宿題のデータを整理しながら、昨日の事を思い出していた。
この学園で最強になるために、現最強の力を借りる。何とも不思議な展開だが、強くなりたい俺にとっては願ってもない申し出だ。
「おーい
ちょうど席を立った時、俺の名前を呼びながら近づいて来る男がいた。浅緑色の天然パーマが特徴的な騒がしい男子生徒、
「聞いたぞ昨日の! 大丈夫だったか?」
「昨日の……」
俺的には『昨日の』という言い方をされると彩月とのやりとりが思い浮かんでしまうが、それは俺と彼女しか知らない事。他の生徒が言う昨日の俺に関する出来事といえば、その前に行われた戦いだけ。
「ああ、
「それそれ。部活の集まりが無けりゃ俺も応援に行けたんだけどなぁ」
食堂へと向かう人の波に続く形で廊下を歩きながら、ケンはそう言って残念そうにため息をついていた。こいつも俺の夢を応援してくれている、良き理解者だ。ただ少々多忙なようで、俺の負け続けるランク戦を直に見れる日はなかなか無いらしい。
「応援するほどのものじゃないよ。いつも通り殴られて終わりだ」
「とか言ってますけど流輝さん。毎回ランク戦に負ける度に何かを学んでいるご様子ですが、今回も得られるものはあったんでしょう?」
「あー、まあね」
おどけたようにマイクを持ったインタビュアーの真似をするケンに、俺は少し自信を込めて答える。
「鷹倉は戦いが始まるとすぐに右拳で殴りかかってくる。それが癖なのか、ほぼ毎回そうだ。今回も勿論そうだったから初撃は避けれたんだけど、次の手は完全にランダム――いや、適当なのかな。とにかく二発目は喰らって、あとは流れで負けた」
「あれま」
「悔しいけど、鷹倉は能力抜きでも単純戦闘においては手強い相手だ」
「筋肉凄いもんなー、あいつ」
鷹倉は身長も高く筋肉モリモリで、おまけに暴力を振るうことに躊躇いがない。最後のは良くないと思うけど、ことランク戦に至ってはそれも武器となっているだろう。
「だけど今回で五回目のランク戦だ。さすがに動き方の癖のようなものが掴めてきた気がする。殴る時はいつも大振りだったりとか」
「なるほどな。それをどう活かすかが次の課題か」
話しながらあらかじめ金をチャージしておいた学園端末で昼食を買い、二人で適当な席に座った。ちなみにケンはバターチキンカレー、俺はおにぎり定食を選んだ。最近の飲食店は
「どう活かすかって言ってもなぁ。相手の動きを読んで攻撃を避けまくる、なんてアクション映画みたいな事は難しいぞ」
「でも一発目の右ストレートは避けれたんだろ? なら可能性はあるだろ」
「まあ、反復練習をすれば無理ではないだろうけど……その度に鷹倉に殴られて馬鹿にされるのは、ちょっとムカつく」
「ハハ、さすがに代償がデカすぎるか」
ケンは昼食の時間、いつもこうやって俺の話を聞いてくれたり作戦会議のようなものに協力してくれている。俺がランク戦で勝ち上がりたいと思っているのをケンは知ってるし、一年生の頃から自分のランクはほどほどに伸ばしながら、俺がどうやったらランク戦に勝てるかを一緒になって悩んでくれた。
この幼馴染には、彩月との話も共有してもいいんじゃないだろうか。というか、別に秘密にしてる訳でもあるまいし、隠し続けるものおかしな話か。
「そう言えばケン、実は――」
そう思って話を切り出そうと思ったのだが、ほとんど同時のタイミングでケンが大声を上げた。
「うおおおおおお!! 何だこの福神漬け、美味すぎる!!」
……それなりに大事な俺の告白は、たかが福神漬けに邪魔された。
「ケン、とりあえず座れ。声が大きい」
「悪い悪い。ん? 何か流輝ちょっと怒ってる?」
「いや別に」
「なんか知らんが、お詫びとして福神漬け食うか? 今調べたら、今日から味付けが変わってるらしい。めちゃウマいぜ」
「いらないよ。俺が漬物苦手って知ってるだろ」
左手で学園端末を操作しながら右手で福神漬けの乗ったスプーンを向けて来るが、キッパリと断った。高校生にもなって好き嫌いは良くないのだが、漬物はどうも克服できない。それも昔は普通に食べれたが、いつからか急に苦手になったのだ。
「あれ、そうだっけ? 小学校の給食でカレーが出た日、お前と家庭の福神漬けトークで盛り上がったの覚えてるけどなー」
「よく覚えてるな……でも確かに、あの頃はむしろ好きだったな、福神漬け」
昔は――それこそ小学校の頃とかは、その年頃にしては珍しく好き嫌いのない子供だった気がする。成長するにつれて好き嫌いがハッキリする人も珍しくはないはずだ。うん。
「そういや流輝、漬物以外の好き嫌いも結構パッタリ変わったよな。昔はそんなに熱狂的なおにぎりファンじゃなかったのに」
「言い方。別に今も熱狂的じゃないだろ」
「……そう言えば俺、炭火焼の天然鮭が入ったおにぎり食べてみたいんだよなぁ」
「そうなのか? なら寮から走って三分のところにあるコンビニに売ってるおにぎりが人気だぞ。けどあそこは最近工事してる建物が近くにあって作業員の人達がコンビニを利用する関係で人気商品の炭火焼天然鮭はすぐ無くなってるから注意が必要だな。ここから駅の逆方向に七分歩いたところにあるコンビニならいい感じかもしれない。無くなるのが遅いし鮭が比較的多めに入ってるからぶっちゃけそっちの方がオススメまであるし――」
「十分熱狂的じゃねぇかッ!!」
しまった、まんまとハメられた。誘導尋問上手すぎないかこいつ。
確かにここ最近はおにぎりにハマって、近くのコンビニやスーパーをハシゴしてまだ見ぬおにぎり開拓に休日を費やす事も多かったが……ケンが相手とはいえ恥ずかしいものを見せてしまった。
「引くぐらい詳しいなお前……やっぱ昔と変わったな。いつ頃からだっけ、そんなにおにぎり好きになったの」
「あんまり覚えてないな。中学ぐらいか?」
「うーんとな……なーんか覚えやすい出来事が近くにあった気がするんだよなー」
カレーを食べ終わったケンはスプーンを置いて低く唸りながら記憶を探る。そしてすぐに手をポンと叩いた。
「そうだそうだ、流輝が能力を持ってる事に気付いた頃だよ!」
「……あー、そうだったっけ」
疑問が解けてスッキリしたようなケンに対し、俺は曖昧な返事を返した。
余談だが、特殊能力者は髪や瞳の色が無能力者とは変わっている。日本人の無能力者のほとんどが黒髪か茶髪が一般的なのに対し、能力者は生まれつき赤髪だったり黄髪だったり様々だ。ケンの浅緑の天然パーマだってそうだし、彩月の白髪も珍しいが能力者特有のそれだろう。体内に流れる能波の影響だとか能力の副作用的なものだとか、様々な見解が飛び交っているが、原因についてはどっちでもいい。
重要なのは、俺の髪が生まれつき無能力者と同じ黒だったということ。瞳の色は深めの緑色だが、変わった色の目をした無能力者なんて数十年前でもいる。更には、俺の無効化能力は、能力に直接触ってみないと発動したと分からない。そんな分かりにくい性質のせいで、周りの大人達や俺自身は、『
――
「あの時はホントビックリしたよなー。昔から俺の能力を羨ましがってた流輝が、まさか俺以上にとんでもない能力を持ってたなんて」
「とんでもない能力は言い過ぎじゃないか? 能力自体は確かに特殊だけど、そこまで強い訳でも……」
「いいや、その能力にはまだまだ可能性があると見た。きっとそいつを使いこなせるようになれば、もっと強くなれると思うぜ」
恐らく勘で言っているのだろうが、やけに自信満々にケンはそう言った。
能力の可能性か……そういや、彩月も似たような事を言ってたな。俺がこの無効化能力に対して「使えない能力だ」と言うと彼女は決まって「そうは思わない」と否定する。ケンの言う『可能性』とやらが、彩月には見えているというのだろうか。俺にはまだ、それが見えていないだけで。
「――おい聞いたか!? 今から彩月と
「マジかよ! 1位と4位が!?」
おにぎり定食の最後のひと口を食べ終わった時。男子生徒たちのそんな話し声をふと耳にした。声のするほうを向いてみれば、そこそこ大勢の生徒が食堂から急ぎ足で出ていく所だった。彼らの話が正しければ、今から第一グラウンドで彩月が誰かと戦うらしい。彼らはそこへ向かったのだろう。
「鏡未って言うと……C組のあれか。いつも目立ちたがるナルシストお坊っちゃん」
「そうそう。でも4位っていうランクが示す通りかなりの実力者だ。それに相手はあの最強さんだぜ? きっと面白い試合になる。ちょっと俺らも見に行ってみないか?」
勢いよく椅子から立ち上がる、興味津々といった様子のケン。
実力者同士の戦いは勉強になるし、そういう事を考えなくても見ごたえもある。そして今回は、何かと話題性の強いあの彩月が出てきている。ケンを含め大勢の生徒が食いつくのも無理はない。
そして俺も、もれなく気になっていた。共に頂点を目指す者として、名実ともに学園最強である彼女の実力を改めて見ておきたいしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます