第3話 肩を並べるその時まで
それは、
同じクラスの生徒であるという以外には接点の無いであろう存在、
「学園の、頂点……? それって」
「うん。学年ランクで1位になるってこと」
突然の言葉に理解が遅れている俺に、彩月はビシッと人差し指を向けた。
「キミはどうにかしてランクを上げたい、もっと言えば強くなりたいって思ってるでしょ? その手助けをしてあげる」
「……っ!」
彩月の言っている事は本当だ。図星すぎて面食らってしまった。まさか、まともに話した事もない相手に言い当てられてしまうとは。
星天学園に在籍している生徒で、より上のランクを目指そうと思う事はそう珍しい事ではない。順位付けされるんだったら、誰だって上の方が良いに決まってる。強くなれるんだったら、より強い方が良いに決まっている。
「……何か、変に取り繕っても無駄みたいだな」
でも、彩月が言っている事はそういう事じゃない。ランクを上げて、今よりも強くなって、そして
本当に何となくだが、そう思ったのだ。
「彩月の言う通りだよ。俺は強くなりたい。こんな使えない能力でも戦えるようになりたいんだ」
赤の他人に自分の夢を語るだなんて、まるで面談でもされてるような気分だが、不思議と気恥ずかしさは無かった。誰とでも気さくに話が出来る彼女のオーラがそうさせているのか。
「でも、何でそれの手助けなんか? こんな事言うのもなんだけど、お前に得とかないだろ」
「あるよー。何ならこの提案、半分はボクの都合みたいなところあるし」
彩月はその場でくるくると周りながらそう言う。そして止まったかと思えば、ガラスの天井越しに空を見上げてこう続けた。
「退屈なんだよね、ランク1位に居続けるのって」
「……え?」
彼女は本当に、予想外の事を何でもない風に言う。こっちは聞き返す事しかできない。
「退屈?」
「そ。強そうな人たちと片っ端から戦ってたらいつの間にかてっぺんに来てたけど、そしたら誰もランク戦してくれなくなったんだよねー。短期間で上り過ぎたからか尾ひれの付いた噂もどんどん広まって、今や『挑戦すらできない格上の最強』みたいな扱いになっちゃってさー」
その言い方だとまるで戦いそのものを望んでいるように聞こえるけど……戦闘狂という噂も、実は大袈裟でもないのか?
「だから、見込みのあるキミには1位になれるような実力まで強くなってもらって、ボクと戦って欲しいワケ。つまりは同格のライバルが欲しいんだよ」
「同格……俺が!?」
一瞬遅れて驚きが来た。彩月と同格のライバルになる。それは文字通り、学園最強の彼女と肩を並べる実力者になるという事。
「いやいや、入学してから一度もランク戦に勝った事のない89位が1位になれるってどんな魔法だよ。さすがに厳しいと思うけど……」
「でも無理じゃないと思うよ。その証拠に、キミは無理とは言わなかった」
「……まあ、やる前から諦めるのもな」
だってそうだろう。こんな俺でも彼女のように強くなれると言われたら、少しも心が躍らないと言ったらそれは嘘になる。
「そうそう、その気概だよ! ボクがキミを選んだ理由は!」
彩月は上機嫌に頷きながら、小さな円を描くようにその場でぐるぐると歩き始めた。
「ただランクを上げたいだけの他の人とは違って、キミには目標がある。夢を持ってるんだ。そしてそこに至るための努力もしている。キミが毎朝早めに寮を出てランニングしてるの、女子寮からも見えてるしね」
「えっ」
それは素直に恥ずかしい。言われてみれば男子寮と女子寮、そんなに離れてないしなぁ。
「何も恥ずかしい事じゃないよ? 諦めないのは良い事だよ。一年間ランク戦全敗だなんて、人によっては立ち直れないレベルに悲惨なのに」
「悲惨で悪かったな……」
昔から諦めが悪い子供だと言われた。やりたい事はやるまで諦めたくなかったし、行く手を阻む壁が高ければ回り道をしてでも先へ進みたかった。夢見がちだ、往生際が悪いと言われた事も多々ある。それでも、努力だけはやめたくなかった。だから今日も、不動の89位から脱しようと鷹倉のランク戦を受け入れた。たとえ勝てないと分かっていても。
「でも、そんな日々もおしまいにしよう。このボクが、キミを鍛えてあげる。無能力者だなんて馬鹿にされる事もない、みんなが腰を抜かすほどに強くする」
からかうでもなく、面白半分でもなく。彩月は真正面から俺を見据えて、ニコリと笑った。
「きっと最強になれるよ、キミは」
天才。最強。美少女。気分屋。変人。戦闘狂。
彩月は人の数だけ様々な評価をされている。今日初めてまともに会話をした俺でも頷ける評価もあれば、さすがに言い過ぎだろうと思うものもある。
でも、その中でも飛び切りに当てはまるものがあった。
彼女は『純粋』だ。明るく人好きする性格もそうだが、何より物事に対して素直で純粋。戦いたいから、1位になるまで戦いまくる。1位になって退屈だから、その退屈を打ち砕くような強敵を自らの手で作る。
まるで彼女の白髪がそれを体現しているかのような、真っ白で真っ直ぐな生き方。それは諦めの悪い俺のと似ていて、しかし俺とは違いどこまでも高みにあるもので。思わず憧れてしまうくらいの生き様が、彩月夕神の全てから感じられた。
「俺は……」
彼女のような人間になりたい。純粋に未来を見れるような、強い能力者に。
「俺は強くなりたい。だから、力を貸して欲しい」
俺を強くしてくれるという提案をして来たのは彼女の方だが、その話に乗るだけじゃ駄目だ。俺の方から彩月の力を借りつつ、自分で己を鍛えるぐらいの意気込みでなければこの少女と同じステージには立てない。
自分で言ってても言い訳のように聞こえるが、今までも俺なりに努力はしていた。彩月に言い当てられたように、朝はランニングをしている。ランク戦のほとんどが殴り合いになる以上、基礎体力を付けるための運動はしていた。しかし、だからといって人並み以上の筋肉がすぐにつく訳がないし、それでどう強くなるのかが全く分からない。
行き先だけを見据えていても、道のりが分からなければ辿り着けない。結局のところ俺は『努力はしている』と自分に言い聞かせて、文字通り迷走していただけだ。
でも、彼女なら。
彩月夕神なら、その道筋を知っている。
強くなるための、『最強』への道筋を。
「えへへ、キミならそう言ってくれると思ってたよ」
彩月は明るく笑い、俺に向かって右拳を差し出した。
「これからボクとキミはパートナー。いつかライバルになる日までの、ね」
「……ああ。いつか、お前が退屈だって言った景色を見てやるさ」
これはきっと、俺の人生を大きく動かす転換点。レールの上を歩く成り行き任せの日々ではなく、レールすら存在しない道なき道を進んでいくような、そんな人生。
しかし不思議と不安は無かった。どんな艱難辛苦が待ち受けてようとも、乗り越えた分だけ得られるものがこの道にはある。そう思わせてくれる人物こそ、目の前にいる純白の少女だった。
「よろしく頼むよ、彩月」
差し出された拳に、俺も右拳を打ち合わせた。
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