第一章 成り上がり計画

第2話 星天学園

 二〇三〇年。

 ここ東京で、世界で初めて特殊能力者が発見された。


 炎を生み出したり、壁をすり抜けたり、空を飛んだり。この世の法則を越えた超常現象を操るそれは、『人類の進化』だの『神様の遣い』だの、世界中が大騒ぎだったらしい。しかしそれからすぐに、特殊能力者の存在は世界中で確認されるようになった。始めは珍しいなんて騒ぎじゃなかった能力者の存在も、次第に一般常識として理解されていった。


 二一〇〇年現在。百人に一人が特殊能力を持っているとされている今では、すっかり個性のひとつとして世の中に浸透していた。


 そして俺たちの通う『星天せいてん学園』は、そんな特殊能力者を集めた高校の一つだ。

 特殊能力は便利なものだが、使い方によっては容易に命を奪えてしまう。そんなチカラの正しい使い方、そして安全な制御の修得を主な目的として設立された、国立の能力者学校だ。そんな学校は全国にいくつか存在するが、中でも東京にある星天学園はトップクラスに大きく、様々な有名人を輩出している事で知名度の高い学校だ。能力者の中では、星天学園に入学する事に憧れを抱く者も多いという。


 広大な敷地に充実した施設。他の高校とは違う所がたくさんある本校だが、最大の特徴はやはり、学年ランクという不思議な制度。その名の通り、全ての生徒が学年の中でランク付けされている制度だ。

 このランクは『ランク戦』を行う事で変動する。何かしらの速さや能力の正確性を競ったり、能力同士をぶつけ合って戦ったり。双方合意のもとでその都度決められるルールは様々だが、要するに勝てばランクが上がり、負ければランクが下がる。


 能力者同士の戦いだなんて物騒極まりないが、これが成績に関わって来るとなるとそうも言ってられない。もちろん特殊能力の全てが攻撃的なものでは無いため、テレパス同士の読心じゃんけんや念動系能力者のトランプタワー建設競争など、平和なランク戦もある。その一方、血の気の多い戦闘系の能力者たちによる力と力をぶつけ合うガチンコバトルも、ランク戦の最たるものとして日々勃発している。


 長くなったがつまるところ、この星天学園を優良な成績で卒業するためには、ランク戦に勝って学年ランクを上げなければならない。


 ここでもう一度おさらいだ。

 俺の能力は、相手の特殊能力を無効化するだけの能力。昨日のように普通に殴られたら、大した筋肉も格闘技術もない俺には抵抗する術もない。さらには能力を打ち消さなければ一般人同然なので、トランプタワー建設も得意じゃないしじゃんけんも運任せにしかならない。能力者の集う学園においてこれ以上なく使えない能力だ。


 そんな俺の学年ランクは89位。91人中の89位だ。ハッキリ言って底辺。不良生徒一歩手前。入学から一度もランクが上がった事はなく、先月無事二年生に進級できたのも他の成績が良かったおかげだ。ランクだけで見たら間違いなく留年確定。このままでは卒業すら危ういかもしれない。


「さて、どうしたもんかねぇ……」


 そんな俺が悩んでいるのは、将来についての不安――ではなかった。もちろん、これから先については不安だらけだ。89位のまま卒業したって、目指す未来にはたどり着けない。


 だからこそ、だ。

 の言葉は、俺の中で強く響いていた。


「おい芹田せりだ。芹田流輝るき。聞こえてるのかー?」


 しかし、それとこれとは話は別。授業中に考え事に没頭するのはよろしくない。


「え、はぇ?」


 だから、先生からいきなり名指しで呼ばれると反応が遅れてしまうこともある訳で、結果的に間抜けな声を晒してしまう事になる。


「はぁ……授業はちゃんと聞きなさい」

「はい、すんません……」


 周囲からクスクスと控えめな笑い声が零れた。油断していたせいでいらぬ注目を集めてしまった……反省。俺はランクが低いのだから、せめて他の成績では上位に入らなければいけない。授業も真面目に受けないと。


「それじゃあ四季野しきの、代わりに続きから読んでくれ」

「うっす」


 もともとは俺に当てようとしていたようだが、上の空だったことに呆れたのか、先生は別の生徒を指名した。指名された男子生徒は、デスクから浮かび上がるホログラムパネルに並ぶ文字を読み上げる。


 昔は紙の本を持って授業を受けていたらしいが、今は学内ネットワークに接続されたホログラムデバイスが机に埋め込まれており、視線の動きを感知して浮かび上がるパネルの画面もスクロールしてくれる。いい時代になったもんだ。


「えーっと、『特殊能力者の体内には「能波」と呼ばれる未知のエネルギーが流れており、それを意図的に操る事は極めて難しいとされています。しかし、特殊能力管理局から認可された能力研究所「サイクキア」の最新の研究によって、能波波形パターンの観測に成功しました』っと」

「そうだ。今の所は重要だからチェック入れとけよー」


 先生は教室前に張られたスクリーンを操作し、文字を書き込んでいく。


「みんなも知っての通り、特殊能力者の体内には能波が流れている。これは機械で動かしたり、自分自身の意思で操ったりなんかは出来ないものだ。だがさっき読んでもらったように、サイクキアの研究によって能波のパターンを機械で読み取る事が可能になった。そして、そんな能波パターンを調べる事で分かる事と言えば――辻村つじむら、分かるよな?」

「えっ!? えーっと……その人が今食べたいと思ってるもの!!」

「全然違うぞー」


 とある女子生徒の苦し紛れのボケによって教室に笑いが巻き起こる。クラスに一人はいるよな、他の人がやっても絶対スベるようなボケをかましても、多くの人から笑いが取れる奴。ああいうのも特殊能力とはまた違った才能だなと、ふとした時に感じる。

 そして、何の才能も無い自分と自動的に比べてしまい、ちょっと気分が下がる。我ながら損な性格だ。


「答えは『特殊能力の種類』だ。みんなも入学時に測定したよな」

「はーいセンセー。一人だけ能波パターンが測定できなかったヤツがいるって本当ですかぁー?」


 大袈裟に手を挙げて、おどけたように発言するのは鷹倉たかくら。ニヤニヤと口元を歪めながら横目で俺を見ている。無視だ無視。反応したら負けだ。


「人の能力をからかうのは良くないぞ鷹倉。今は能力の有無や種類も差別問題になってるんだからな」


 先生は静かにたしなめるが、鷹倉に反省の色は無い。相変わらずからかうような視線を俺に向けていた。


 人によって血液中のDNAパターンや脳波がそれぞれ違うように、能波パターンも人それぞれだ。そして特殊能力もまた、能力者によって千差万別。同じ『炎を操る能力』という系統でも、『炎を球状に束ねて放つ能力』や『炎の勢いを強くする能力』などたくさんある。そして今の時代、能波パターンを計測する事で『火炎操作系能力』『念動系能力』など、おおまかな系統までは解析できるようになっている。


 この学園に入学する際、能力の計測も行われた。いわば能力者の身体測定みたいなものだ。そして鷹倉の態度が示す通り、俺は能波パターンの測定ができなかった。計測は機械で行われるから、俺の能力が何かを打ち消しちゃったわけではない。俺の能波パターンは他の能力とは何かが違うのか、何度測っても『測定不能』としか出てこなかったのだ。


 結果、鷹倉のような異物を嗤うような人間にからかわれている訳だ。いつの時代も、いじめっ子の標的になるのは異端者なのだ。悲しい宿命である。


「まあ、誰かさんは無能力者だし能波が無くてもしょうがないよなぁ?」

「……」


 二人ほど人を挟んだ斜め前の席からあざけりの言葉と視線が飛んでくるが、俺はホログラムパネルから顔を上げない。とことん無視を決め込んでやる。対鷹倉専用スルースキルを俺の第二の能力にしてやるぐらいに無視してやる。どうせ鷹倉も、一通り俺をけなして満足したら大人しくなるだろう。


 俺はホログラムパネルを見つめて熱心に勉強しているポーズを取りつつ、しかし思考は脇道へ逸れていく。


 能波パターンの測定不能。

 鷹倉は俺をからかうネタとして取り上げていたが、能波パターンが測定出来なかったのは、実は俺だけじゃなかった。


 俺の席は窓際の最後列。そしてもう一人の測定不能者は、何の因果か隣の席。俺はちらりと視線を向けたが、それを待っていたかのように彼女はニコリと笑みを返して来た。気付くの早すぎだろ。あるいは、能力か何かで事前に察知していたのか?


 頭の後ろで手を組んで退屈そうに授業を聞いていた白髪の少女、彩月さいづき夕神ゆうか。彼女こそが、俺と同じく能波パターンの測定が出来なかった人物。

 彼女の能力には謎が多い。というより、全てが謎なのだ。本人は語りたがらないし、よほど訳アリなのか先生たちも聞かされていないらしい。その謎多き能力も、彩月夕神という少女が学園で有名になった理由のひとつでもある。


「そんなに見つめてどーしたの?」

「……いや、何でもない」


 思考が他所に逸れて、ついじっと見てしまっていたらしい。俺は慌てて視線を外し、若干の気恥ずかしさを誤魔化すように窓の外を眺めた。


 そんな謎だらけの変人兼有名人と共に、星天学園の頂点――学内ランク1位を目指す事になるなんて。本当に、人生何が起こるか分かったものじゃないな。

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