サイケデリック・モノクローム ~異能学園成り上がり計画~

ポテトギア

プロローグ

第1話 無能力者

 昔の物語で読んだことがある。

『特殊能力を無効化する能力』はあらゆる能力において最強格のひとつであると、ひと昔前では話題になっていたらしい。だが、実際にその『無効化能力』を持っている俺からひとつ言わせてもらおう。


 これほど使えない能力もそうそうない、と。


『両者そこまで。ランク戦、終了です』


 頬で弾ける痛み。ふらついた体は仰向けに倒れ、腰と後頭部に追加で痛みが走る。野次馬のざわめきをこえて響くのは、ガラスの天井でドーム状に覆われた中庭を飛ぶ、ドローンの機械音声。そしてそれすらをかき消す勢いで響く、野太い笑い声だった。


「久しぶりに遊んでやったってのに、もう終わりかぁ?」


 声の主は大きな手で柿色の髪をかき上げ、あざけりの色を隠そうともせず言った。

 着崩した制服が包む筋肉質な長身は、見下ろされるといつにも増して威圧感がある。


 鷹倉たかくら来我らいが

 一年の時からのクラスメイトで、事あるごとに俺にちょっかいをかけて来る男だ。


「今日ので俺のランクポイントは……たったのプラス2か。ま、格下のお前をボコした程度じゃこんぐらいが妥当か」


 さして興味も無い様子でそう言った鷹倉は、学園端末から俺へと視線を移す。とても楽しそうに俺を見下すニヤニヤ笑いで。


「二年生にもなって、まだ一度もランク戦で勝てないなんて可哀想だな? 『無能力者』の芹田せりだクンよ」

「……誰が無能力者だ。俺もちゃんと特殊能力を持ってるよ」


 俺は鷹倉の目を真っ直ぐ見て言い返した。しかし、俺はつい先ほど鷹倉に殴り飛ばされ、人工芝で覆われた中庭で仰向けに寝転がったまま。たとえどんなカッコイイ台詞で反論しようとも、絵面はとても間抜けだ。鷹倉もそれを理解できる程度の感性は持ち合わせているのか、俺の言葉を聞いて吹きだした。


「ガハハッ!! たかが『触れた特殊能力を打ち消す』だけの能力で、何を粋がってんだよ! それとも何だ? お前の特殊能力で、一度でも俺の拳を防げたかぁ?」

「……っ」


 悔しいが何も言い返せない。あまりにも図星すぎた。起き上がれずに寝転がる俺とどっこいどっこいの間抜けさを有する鷹倉の笑みを打ち砕く文言は、残念ながら持ち合わせていない。


 俺の持つ特殊能力は、あらゆる特殊能力を触れただけで打ち消すことができる能力。言い換えれば、打ち消したらそれでおしまいなのだ。


 相手が能力を使おうとしなければ全く意味を成さないし、殴りかかって来られたら俺には勝つ術がない。現に数分前に始まったランク戦も、鷹倉に二発殴られて即終了。自分で言うのもなんだが、あれはとてもじゃないが能力者同士の戦いとは思えない光景だった。路上の喧嘩とそう変わりない。


「そう落ち込むなって。気が向いたらまたランク戦挑んでやるからよ。無能力なりの健闘を期待してるぜ」

「だから能力はあるって……痛っ」


 起き上がろうとしたところ、鷹倉の剛腕に殴られた頬と腹が痛んで言葉が途切れる。その間にも鷹倉は俺に背を向けて、上機嫌にその場を去っていく。戦っていた俺と鷹倉が離れたのを見て、野次馬になっていた生徒たちもぞろぞろと散っていった。


「芹田のやつ、今回も鷹倉に一方的にやられただけだったな」

「あの二人のランク戦も五回目だし、そろそろ何か起きないか期待してたんだけどね」

「無能力者って言われてるくらいだしな、芹田は。実際大した事ない能力だろ?」

「確かに。能力無効化なんて、タネが割れたらそれまでだよな」


 昼休み中に始まったひと時の見世物が終わり、各々の時間へと戻っていく同級生たちの会話が聞こえて来る。当事者、まだここにいるんだけど。せめて小声で話して欲しい。


「……無能力者、かぁ」


 前述した通り、俺は本当に無能力な訳じゃない。これはいわゆるあだ名……いや、蔑称だ。能力が無い事を悪口として使うのは、本物の無能力者が聞けば良く思わないだろう。が、ここは特殊能力者を集めた国立学園。あいにく無能力者は一人もいない。だからこそ、その呼び名は俺だけを指すものとして広まっている。


 れっきとした特殊能力者である俺が無能力者と呼ばれる所以はやはり、打ち消す能力がなければ無能力同然のこのチカラが理由だろう。後は、か。何にしても、言われて気分のいいあだ名じゃない事は確かだ。


「――無能力だった時期も、あったんだけどな」


 自然と零れた独り言は、誰にも拾われる事なく中庭の空気に溶けた。ゆっくりと上体を起こし、体の傷を労りながら深呼吸をひとつ。


 暖かな五月の気温や見ていて落ち着く樹木などのホログラム整備もあってか、過ごしやすい中庭には人がよく集まる。俺の周りからギャラリーがいなくなっただけで、中庭にはまだまだ人が残っていた。ベンチに座ってお喋りする生徒や、物珍しそうにあちこちを歩き回る一年生。そして、遠くから俺をじっと見ている女子生徒が一人。


「あれは……」


 知っている顔だった。というか、学園にいる生徒なら誰でも知ってるだろう。

 同じ二年B組のクラスメイトにして、今年から星天学園にやって来た転入生。ひとつかふたつ下かに思えるような小柄な体躯ながらも抜群の戦闘スキルを持ち、たったの一ヶ月で学年ランク1位に上り詰めた、『学園最強の能力者』と名高い有名人――彩月さいづき夕神ゆうか


 あらゆる色を拒絶したかのような純白のセミショートに、雨上がりの虹を詰め込んだかのような七色の光を湛える瞳。その顔立ちには幼さが残りつつもしっかり整っている。そんな目立つ容姿と彼女自身の知名度も相まって、彼女のそばを横切る人は必ず彼女に視線をよこしていた。


 しかしだ。そんな超が付くほどの有名人が、何故俺なんかを見ているのだろうか。もしかして鷹倉に殴られた俺の頬、そんなに面白い腫れ方してる? 何となく目が合うと気まずいので、俺は目を合わせないように横目で彼女を見ながら、それとなく立ち上がった。


 まあ、この学園には300人程度も特殊能力者が集まってる。そんな人達の頂点に立ち、更には『規格外の最強にして変人』だの『サイコロで行動を決めているような気分屋』だの、本人からすれば不名誉であろう異名をいくつも付けられているあの最強さんだ。俺に視線を向けているだけで、俺に用がある訳じゃないだろう。見られているという事自体、俺が自意識過剰なのかもしれない。俺はあまり深く考えず、教室へ戻るために足を動かした。


 それよりも大事なのは鷹倉に殴られた傷の手当だ。あらゆる能力を打ち消してしまう俺の能力は治癒能力も例外ではない為、保健室に行ったってすぐに治りはしない。適当に湿布でも貼っておくか。

 この能力、発動しっぱなしなのは本当にどうにかして欲しい。上手く使えば便利な能力だってこの世にはいっぱいあるのに、俺はその恩恵を何一つとして受けられない。この能力がそれを許さないのだ。


「はぁ……全く、つくづく使えない能力だな」

「ボクはそんな事ないと思うけどなー」


 ただの独り言に返事が来て、俺は反射的に声のする方向から一歩離れた。ビックリして飛び跳ねる所だったが、すんでのところで踏みとどまったおかげでみっともない姿を晒す事は避けられた。


「い、いつの間に……」


 さっきまで誰もいなかったはずの俺の横には、さっきまで遠くから俺をジッと見ていた白い少女、彩月夕神が立っていた。突然の事すぎて驚いたが、十数メートルの距離を一瞬で詰めて来た事自体には、それほど驚きはない。最強さんなら何でも出来てしまえそうな気がする。そう思っているのは、学園の中でも俺だけじゃないはずだ。


「キミに話、というか提案? があるんだけど、ちょっといいかな」

「提案……?」


 さっきジッと見てたのは気まぐれでも気のせいでもなく、本当に俺に用事があったからのようだ。しかし、だとしたらますます分からない。一体何の用があるのだろう。


 片や、転入から一ヶ月足らずで学年ランクの頂点に達した最強の能力者。片や、いくら頑張ってもランクひとつ上がらない弱小能力者。実力差で言えば戦闘機と配達ドローン。同い年の高校生だというのに、立っているステージがまるで違う。思わず身構えてしまうのもしょうがないはずだ。


「キミにとっても良い話だとは思うんだけどさ」


 俺に真っ直ぐ向けられている二つの虹色の瞳。その奥底に秘められた彼女の色は、それこそ七つなんてものじゃないだろう。きっとそこにあるのは、あらゆる色を混ぜた極彩色。彼女の真意は、目の前で向き合っただけじゃ到底計り知れない。


 何故なら、続く彼女の言葉は、俺が全く予想だにしなかった物だったからだ。


「芹田流輝るき君。ボクと一緒に目指してみない? この学園の頂点を」


 なんて事のない昼休みのひと時。最強の少女は、俺にそうささやいた。

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