無口で無表情な土方さんが、激しい

九傷

無口で無表情な土方さんが、激しい



 帰宅部の俺は、放課後の時間を持て余している。

 じゃあ部活にでも入ればいいと思うかもしれないが、時間に縛られるのが嫌なのでどの部にも入らなかった。

 無駄に身長が185センチあるので、入学当初はバレー部やバスケ部から勧誘されたが、俺にやる気がないとわかると意外なほどすんなり諦めてくれた。

 恐らくだが、体育の授業などで俺の身体能力がそこまで高くないのを見て手を退いたのだと思う。


 そんな暇人の俺がやってきたのは、学校内の図書室である。

 ウチの学校の図書室は、理事長の趣味なのか蔵書数が市営図書館に匹敵するほど多い。

 ラノベなども置いてあるため、俺のような貧乏学生には楽園のような場所である。

 ……という話を、実は今日初めて知った。

 それでこうして足を運んだワケだが、初めてなのでどこに何があるのか全くわからない。

 こういう場合、司書さんに聞いた方が手っ取り早いのだが、ラノベはどこにありますかとは少し恥ずかしくて聞きにくい。

 できれば自力で探したいところだが……



(ん? あれは……)



 ウロウロとさまよっていると、小柄な少女が背伸びして上の方の本を取ろうとしているのを発見する。

 創作物ではよく見るシチュエーションだが、実際に見るのは初めてだ。

 こういった状況では普通、脚立など自力でなんとかできるツールがあるものだが、どうやら大した高さでもないためか用意されていないらしい。

 そんな高さでも届かないほど少女の背が低いということなのだが、この学校の図書室にいるのだから当然この高校の生徒である。

 そうとは思えないほど、少女の身長は低かった。

 俺との差を見る限り、恐らく130センチ台なのではないだろうか。



(改めて見ると、本当に小さいな)



 実はこの少女のことを、俺はよく知っていた。

 彼女はクラスメートの土方 雫ひじかた しずくさん。

 日本人形のような黒髪ぱっつんストレートヘアに、幼さの残る整った顔立ちという、小学生顔負け? の美少女である。

 席が離れていることもあってほぼ接点はないが、実は前々から少し興味を持っていた。



「はい、これであってる?」



 俺は土方さんに近付き、目的と思われる本を取って見せる。



「……」



 土方さんは文字通り俺のことを見上げてから、次に本に視線を移し、もう一度俺を見上げてからコクンと頷いた。

 俺が本を渡すと、土方さんはそれを胸に抱えながらボーっと俺のことを見つめてくる。

 無表情なのに、目力が凄いので妙な迫力がある。



「な、何……?」


「……ありがと」


「あ、うん、どういたしまして」



 どうやらお礼を言いたかっただけのようだが、その前の間は一体なんだったのか。

 礼を言うのが死ぬほど悔しくて葛藤してた……なんてことはないだろうが、色々勘繰ってしまう。

 噂通り、彼女は少し変わっているのかもしれない。



 入学した当初から、土方さんは注目を浴びていた。

 小学生と見まごう程の低身長というだけでも目立つのに、それプラス美少女ともなれば目立つなという方が無理な話である。

 当然彼女に話しかける生徒は多かったが、そこで新たなる個性が判明した。

 なんと、彼女はリアル無口無表情系キャラだったのだ。


 漫画やアニメなどではよく目にする無口無表情系キャラだが、現実では滅多にお目にかかれるものではない。

 一部のオタクなんかは、土方さんを見て歓喜の涙を流していたそうだ。

 しかし、創作物では人気のある個性的なキャラクターというのは、実際にいると腫物のように扱われたり、避けられたりすることがほとんどである。

 土方さんも、そんな多分に漏れずクラスでは孤立するようになってしまった。

 俺はそれがどうにもモヤモヤして、気づけば彼女を意識するようになっていた。



「土方さんは本好きなの?」


「……」



 返事は返ってこない。

 しかし、俺は焦らずじっくり返事を待つ。

 彼女は病気や精神的理由で喋れないワケではなく、単純に喋るのが苦手なのだそうだ(クラスの女子がなんとか聞き出した)。

 テンポが非常に遅いだけで、待っていれば返事は返ってくる……ハズ。



「……うん」



 30秒程待っていると、土方さんがコクリと頷いた。

 なるほど、このテンポだと普通の若者には厳しい速度だ。

 しかし、スローなコンテンツを好む俺ならば、これくらいの会話速度は何も問題ない。



「俺も本が好きでさ、ここの図書室は蔵書数が凄いって聞いたから来てみたんだ。土方さん、何かお薦めの本とかない?」



 俺がそう尋ねると、土方さんは少し考えるような素振りをしてから、自分の抱えている本を突き出してくる。

 どうやら喋るのでなければ、それなりに反応が速いらしい。



「でもコレ、土方さんが読もうとしてたんでしょ? それは悪いし、できれば他のでお願いしたいかな」


「……」



 そして再び沈黙。

 無表情なので何を考えているか全くわからないが、きっと脳内では薦める本のピックアップが行われているに違いない。



「……考えておく」



 しかし、どうやら上手くまとまらなかったらしく、一旦保留になったようだ。



「ありがとう。土方さんのお薦め、楽しみに待ってるよ。それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、ラノベってどの辺に置いてあるかわかる?」



 同級生の女子にラノベを読んでいるなんて知られたくない! なんて気持ちがなくはないが、これからも図書室を使うのであればいずれバレることなので、いっそのこと堂々とカミングアウトしてしまうことにした。



「……!」



 無表情な土方さんが、ほんの一瞬だけ驚いたような顔をする。

 すぐに元の無表情に戻ってしまったが、貴重なものを見てしまった。

 ジロジロと観察していると、土方さんの小さな手が俺の袖を掴んでくる。



「……こっち」



 ちょんちょんと引っ張って俺のことを導こうとする姿は、もう完全に小学生そのものであった。

 まったく、小学……っと危ない。俺はロリコンではない。そんなことは決して思わない。





 ◇





 土方さんにラノベコーナーを教えてもらった俺は、あれから数日、放課後は毎日図書室に入り浸っていた。

 ここのラノベの蔵書数は想像以上で、とてもではないが借りるだけでは足らず、いつも閉館ギリギリまで読みふけっている。

 流石に古めの作品が多いが、比較的近年の作品も置いてあるので侮れない。

 これも理事長の趣味なのだとしたら……、良い友達になれる気がした。



(……ん?)



 俺妹の10巻を読み終わり、次の巻を借りるため席を立とうとしたところ、本の山がこちらに近付いてきているのに気づく。

 厳密には本の山ではなくそれを持った人なのだが、頭まで本で隠れているため誰かわからない。

 ……いや、サイズ的に恐らく土方さんか。



「土方さん、大丈夫?」


「……」



 返事はない、が、俺が声をかけたせいかバランスを崩しそうになったため、素早く後ろに回り背中を支えた。



「持つよ。どこに運べばいい?」



 返事を待たずに、土方さんの抱える本の山を引き受ける。

 土方さんは暫しポカーンとしていたが、お辞儀をしてから方向を指さす。

 その可愛い指の先は、さっきまで俺の座っていた位置を示していた。



「……もしかして、これって俺へのお薦めの本だったりする?」


「……」



 土方さんは無言でコクリと頷いた。



(おお、マジか……)



 わざわざ俺のために、こんなにも多くの本をチョイスしてくれたのだと思うと、ちょっとした感動を覚える。

 実際は絞り切れず全部持ってきただけとかかもしれないが、それでもわざわざ運んで来ようとしてくれただけで嬉しい。



「ありがとね。……あ、ラノベもある。もしかして、土方さんもラノベ読むの?」



 机に置いた山の中からラノベを発見し、少し驚く。

 しかもコレ、「妹さえいればいい。」じゃないか。



「……」



 俺の問いに、土方さんがコクリと頷く。



(おいおい即答だよ……。最高か?)



 ラノベ読む高校生はかなり存在するが、オタクグループ以外の人間は大抵それを隠すため、クラスメートなどに知られることはほとんどない。

 だからラノベ友達というのは滅多にできないのだが、こんなところでチャンスが巡ってくるとは!



「土方さん、良かったらだけど、俺と友達になってくれないかな。実は、ラノベとか本の話ができる友人が欲しかったんだよ」



 俺がそう言うと、土方さんは少し間を置いてからコクンと頷いた。



(よっしゃーっ! ラノベ友達ゲット!)



 しかも女子。これは自慢できる。

 まあ、自慢する相手はネットにしかいないのだが。


 こうして、俺と土方さんは友達という関係になったのであった。





 ◇





 土方さんと友達になってわかったことは、意外と趣味が過激だということだ。

 お薦めの本は人がバンバン死ぬ作品が多く、性的描写も結構多い。

 音楽もロックやメタルが好きらしく、食についても激辛好きだったりととにかく激しいものが多い。

 これもギャップ萌えの類なのかもしれないが、普通は逆の方向性なのでやはり萌えとは違う気がする。

 まあ、土方さんは素で可愛いので何も問題ない。……あ、俺はもちろんロリコンではない。


 最近は放課後になると一緒に図書室に行くようになっている。

 土方さんは俺とかなり身長差があるため、その様子は異様に見えるらしく、一時はクラス全体が騒然となった。

 しかし、現在は見慣れた光景になったのか、特に騒がれる様子もない。

 その代わり、時々声をかけられるようになった。



「ねぇねぇ土方さん、今日みんなでカラオケに行くんだけど、土方さんも来ない?」



 今日も放課後、土方さんに声をかけようとしたら、クラスの女子が割り込むように声をかけてきた。

 俺から土方さんを奪おうとするとは、許せん行為だ。



「……」



 土方さんは無言で首を横に振る。

 そりゃそうだ、無口な土方さんがカラオケなんていくワケがない。



「でも、叶谷かのうや君は来るって言ってるよ? ね?」



 そう言って女子――高野さんは俺に話を振ってくる。



「え!?」



 いきなり話を振られたので、否定よりもまず先にテンパってしまう。

 クソ! 陽キャグループに話しかけられることなんて滅多にないから、どう反応するのが正解かわからない!



「じゃあ、行く」


「「っ!?」」



 すると、俺が反応するより先に土方さんが返事をしてしまう。

 土方さんらしくない素早い反応に、俺も高野さんも一瞬唖然としてしまった。



「じゃ、じゃあ決まりってことで!」



 俺より早く立ち直った高野さんが、教室の後ろで控えていたクラスメート達に「二人とも来るって!」と報告に行ってしまった。

 今更やっぱり行かないとは言えない雰囲気になってしまったぞ……



「……本当によかったの? 土方さん」



 念のため確認してみると、土方さんはいつも通り表情を変えずコクリと頷いた。












 大丈夫かな……、というのは杞憂に過ぎなかった。

 土方さんは何故か歌うのは問題ないらしく、大好きなロックバンドの歌を熱唱していた。

 滅茶苦茶カッコよかったので、今回ばかりはギャップ萌えにやられた感がある。

 それは俺だけじゃなかったようで、土方さんはクラスメート達(女子)にもみくちゃにされていた。



(クッ……、俺だけの土方さんが……)



 俺の中の独占欲が燃え上がり、胃がゴロゴロと鳴っている。

 まさか、女子相手に嫉妬することになるとは思わなかった。



「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」


「あ、じゃあついでに飲み物頼む! レモンティーで!」


「おい、やめとけ。代わりにションベン入れられるぞ」


「入れるか!」



 クラスメート相手にアバ茶をご馳走するような〇チガイに見えるのかよ!


 と、くだらないやり取りをしつつ、トイレの個室に籠る。

 俺は陽キャではないが、陰キャと言うほどでもないくらいの立ち位置なので、あのくらいのコミュニケーションは普通に取れる。

 しかし、話すのが苦手と公言している土方さんに、あの状況は辛いのではないだろうか。

 もう少しフォローしてあげたいところだが、女子のガードがキツクて中々近づけない。



(だが……、俺が守護らねばならぬ)



 こんな図体で怖気づいていては男が廃る。

 俺は決心してトイレを飛び出し、部屋に戻った。

 しかしそこには――、



「……あれ? みんなは?」



 部屋には何故かクラスメート達はおらず、土方さんだけがポツンと一人座っていた。



「帰った」


「ええっ!? なんで!?」



 さっきの状況から、なんでいきなり全員帰るんだ!?

 急展開過ぎるだろ!


 土方さんはスマホを取り出すと、機敏な指の動きで何かを入力する。

 それとほぼ同時に、俺のスマホがピコンと鳴る。

 確認してみると、



『門限が近い子がいるから、みんな一緒に帰ることになった』



 土方さんは、メッセージだと少しだけ饒舌になる。

 長文をなるべく速く伝えたいときは、スマホでメッセージを送ってくるのだ。



「そういうことか……、ってじゃあなんで土方さんだけ残ってるの?」


『叶谷君が戻ってこないから』



 それは……、少し嬉しいけど、周囲からは空気が読めないと思われる可能性もある。

 土方さんの印象を悪くしないためには、一緒に帰るべきだったのではないだろうか。



『高野さん、まだ時間残ってるから、あとは二人で楽しんでって言ってた』



 ……いや、これは違うな。

 これは所謂いわゆる、気を使われたというヤツな気がする。

 そもそも、いくら俺が長便所したからといって、置いて帰るというのは流石に薄情過ぎるだろう。

 やるにしても普通一声かけるか、メッセージを入れてくるハズだ。

 そうしてこなかったということは、つまりそういうことなのだろう。



「はぁ……、変な気を使いやがって……」



 俺はため息をつきながら、とりあえず土方さんの隣に座る。



「土方さん、嫌ならちゃんと拒否した方がいいよ? 言葉では伝えられないかもしれないけど、ちゃんと行動で示さなきゃ」



 土方さんは無口で無表情だけど、行動力はある。

 その行動力を発揮すれば――――えっ!?


 急に視界が上にズレ、背中に軽い衝撃が走る。

 押し倒されたのだと気づいたときには、既に視界いっぱいに土方さんの美しい顔が迫ってきていた。



「っ!? ~~~~~~~~~っ!?」



 唇に押し付けられる柔らかな感触を意識するより早く、熱く湿った舌が口内に侵入してくる。

 物静かな土方さんのモノとはとても思えないほど乱暴な舌使いで、俺の口の中は余すことなく蹂躙されてしまった。

 そして最後には音が出るほど強く舌を吸い上げられ、ちゅぽんと湿り気を帯びた音ともにようやく口撃から解放される。



「ひ……、土方さん……、一体、何を……」


「……行動で示した」


「っ!?」



 今の行動が、土方さんの伝えたいこと!?

 じゃ、じゃあ、土方さんは、もしかして俺のこと……



「だいすき」


「~~~~~っ!?」



 そう言うと同時に、再び唇が吸い付いてくる。

 そして今度はそれだけじゃなく、俺の上着のボタンが外されていく。



「っ!? ぷはっ! ちょ、ちょっと、いくらなんでもそれは――んんっ!」



 俺が制止しようとする声は、再び唇を塞がれることで強引に止められる。

 そして――、



 アッーーーーーーーー!





 ……土方さんは、激しかった。



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