第3話 頑張ったのに(ロイエ視点)

僕はロイエ=バカヤーニ。何と、公爵令息だ。


10歳のあの日、僕は運命の再会を果たす。


「あの子は……!」


「何だ、ロイエ。シャルリエ嬢と知り合いか?」


「あ、いえ!か、可愛らしいお嬢様ですよね」


「一目惚れか?なら競争率が高いぞ。頑張りなさい」


父上に頭を撫でられながら、僕は前世を思い出していた。


ーーー間違いない、彼女だ!


また会えるなんて。前世では結ばれなかったけれど、今度こそは。


僕は決意を固めた。


公爵令嬢でありながらも、リアは偉ぶらなくて自然体でいながらも凛としていて。の印象と変わらないくらいの素敵な女の子だった。


前世あの頃は、リアの……彼女の気持ちも考えず、甘えていたんだ。だって、いつも待っていてくれていたから。僕がいろんな蝶々さんと楽しく過ごしても、最後の止まり木は彼女だとわかってくれていると勝手に思っていたんだ。


けれど。


ある日もう無理だと離れていかれた。それでも僕はまたすぐに戻ってくるだろうと思っていたのに、連絡もつかなくなった。そしてとうとう、彼女は別の男と結婚をしたと、風の噂で聞いた。


「なんで……」


「はあ……そんなになるなら、何でもっと大事にしなかったんだよ」


彼女の結婚の話を聞いて、友達にやけ酒に付き合ってもらったら、そんな事を言われた。


「……だって、待っていてくれると思ったんだ」


「はあ?!前から言ってるだろ、ちゃんと彼女だけを大事にしろって。あれだけ好き勝手していて、それを見せていて待っててって……。アホか。あーあ、でも確かに、あの子が一番いい子だったよなあ」


うるさいな。分かってるんだよ。だから後悔してるんだ。


「今度は……例えば来世で出会えたら、必ず結婚する」


「うわあ、来世またぎのストーカーかよ。彼女も災難だな……」


友達が遠い目をしながら、そんな事を言う。


災難なんてひどい言い草だよな。でもまさか、本当に会えるなんて、僕も思っていなかった。


これはもう、運命でしょ。


今度こそ、失敗しないぞ。


それから、僕は努力した。リアは僕に気づいていないようだけど、逆に良かったのかも。自分で言ってて悲しいが、バレていたら婚約してくれなかったかもしれないし。


リアに逢う度に、好意を伝えて。リアの求める公爵令息であるように、そして和博とバレないように、勉強も剣術も頑張った。その甲斐があって、周りにも認められる婚約者になれた。何だかリアの専属侍女に「これからも見ていますから」とか言われたのは引っ掛かっていたのだけれど。


まあともかく、完璧な婚約者であるために、リアの視界に入る貴族のご令嬢とは一線を引くことにして。目に付きにくい平民の蝶々さんと気楽に遊ぶことにしたんだ。だって、息抜きって大事だろう?


貴族でいるってことは、僕にとっては結構な苦行だ。勉強も大変だし。でも、リアと結婚するためには頑張るしかない。貴族女性ももちろん美しいが、リア以外の貴族女性の前で貴族らしい振る舞いをするのは面倒だったし、その点、平民の女の子たちは可愛らしかった。身分制度があるから、この恋は内緒にして?と言えば、みんな素直に頷いてくれる。ひどいって?そんなことはないさ、流行りのお芝居のように夢を一時与えているんだから。


社交界では噂にもならないし、みんな楽しいし、一石二鳥だよな!仕事に乗じて、こっそり、こっそり。うまく行っていたのに。


とうとう、リアに見られてしまった。


可愛くねだられて、家に連れてくるようになったのがマズかった。リアも気づく様子もないし、油断したんだよな。母上が病弱なのは有名な話で、それを理由に使うのは少し気が引けたけど、リアを傷つけないためには仕方ない。約束をずらすのは申し訳なかったけど、リアとは結婚すれば毎日いられるし、ちゃんと埋め合わせているし。蝶々さんたちとは今だけだからね。少しのワガママくらいは聞いてあげないと。


蝶々さんたちを連れてくるようになって、うちの使用人たちは渋い顔をしたけれど、仕事絡みなのとリアを傷つけたくないというので、不承不承僕に協力した。


「いざとなったら、我々はシャルリアお嬢様のお味方をしますよ」


執事長はそんなことを言う。主人はこっちだろ、とも思うが、まあ、シャルリアはみんなに好かれる子だから仕方ないよなあ。さすが僕の一番。


「いいよ、それで。でも、いざ、なんてないさ。相手は平民だよ?本気で僕と結婚できるなんて思ってないだろ?」


「…………」


執事長は無表情で頭を下げて去って行った。ちょっと失礼じゃないか?まあいいか、協力してはくれるみたいだし。


そんな風に気楽に考えていて。あの日、アズと一緒にいる所を見られた上に、アズはハッキリとお付き合いをしていると言った。ヤバイ。しかも、僕を和博って言った……?まさか、思い出したのか?ヤバイ。かなり、ヤバいぞ。


動揺しながらも誤魔化そうとした僕に、リアは優しく、


「彼女が不安になりますわよ?早く戻って差し上げたら?」と、言ってくれた。


ああ!思い出しても許してくれたのだな!のように。アズを気遣って、をしてくれるなんて。


リアがいつもの様に綺麗なお辞儀で去った後、安堵して一気に力が抜けた。


「わあ……すごい、とっても綺麗な方ですね、凛としていらして……憧れます」


リアの後ろ姿を見ながら、アズがほうっ、とため息を吐いた。さすが、今をときめく大商会のお嬢様。リアの凄さが分かるらしい。アズもリアには及ばないけれど、しっかりしていて可愛くて、蝶々さんの中では一番リアに似ていると僕は思っている。


「そうだろう?彼女は貴族女性の中でも憧れの的だ」

「まあ!そうなのですね!そんな方にお会いできて、光栄です!」


ニッコリと素直な笑顔でそう話すアズも、とても可愛い。軽く、頬にキスを落とす。真っ赤になって、初心な反応も堪らない。ちなみに、リアには品行方正にしているので、一切手出ししていない。あー、早く結婚したい。


「あら?何かあちらが騒がしいですよ?何かあったのかしら?」


「ん?」


視線をやると、うちの使用人がリアを囲って何か話しているようだった。きっと、上手く話してくれているのだろう。


「大丈夫だよ。それよりアズ、僕を見て?」


ああ、今生は頑張って良かった!





ーーーと思っていたのに。


「父上、今、なんと?」


僕は今、父上の執務室で信じたくない話を聞かされている。


「だから、シャルリア嬢との婚約は破棄された。まったくお前は……何をしてくれてるんだ。シャルリア嬢を愛していたのではなかったのか?」


「もちろん愛しています!リアだって……!」


「そのシャルリア嬢が、お前には二度と会いたくないと言っている。あれだけ愛人がいて、何が愛していると?しかも平民などと……!まあ、相手が貴族ではなかったから醜聞にはならないが。事業の見直しもしないとな。そうだ、もうお前が会わないでくれさえすれば、慰謝料などはいらないとのことだ。とはいえ、こちらの誠意は示すつもりだがね。有り難く思って、潔く身を引け」


「そんな……なんで……リア……だって……」


あまりの事に、頭が働かない。何で?だって、いつものように笑ってくれたじゃないか。


「なんでと思える方が不思議だ。お前はもっと賢いと思っていたのだが……公爵令息らしく、一からやり直せ」


公爵令息らしく?リアがいなくなるのに?


「無理だ!リアがいなくちゃ……!!なんで、リア!」


「っ、おい?!ロイエ!どこへ行く!誰か、やつを止めろ!」


嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!なんで?リア!また会えなくなるの?僕は頑張ったよね?なんで?


僕はあてもなく、執務室を飛び出して家を出た。


リアに……リアに、会うんだ。どうしても。


会えばきっと許してもらえるはずだ。……今まで通りに。

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