第4話 過去とこれから
クズとの婚約が破棄されて何日か経ち、私はシスと共に街へ出ていた。バカヤーニ公爵がクズの関わっていた事業を見直すと聞いたからだ。
「本当にお嬢様はお人好しです」
シスがやれやれと言った感じで馬車内でそう溢す。私がその事業を引き継ぐことにしたからだ。
「だって、アウダーシア
「……それはそうですが」
そう、クズはこれから伸びるであろう業界にしっかり手を出していた。いや、女性だけにじゃなくね、事業にもね。私が和博と呼んだら反応していたから、前世の知恵でもあったのだろうと推測できる。
そして今日は、きっかけ……今回の婚約破棄の原因になった形になってしまったアズさんのお家から挨拶巡りだ。
ワイズ家は今頃緊張しているだろうなあ。大袈裟ではなく断頭台にに上がるくらいの気持ちで。……可哀想に。うちもあっちも公爵家だもんねぇ。
「お嬢様、到着したようです」
馬車が一軒の大きな商会の前で停まる。ワイズ家に着いたようだ。ワイズ家の皆様ほどではないのは重々承知だが、私も緊張している。
そう、今回は女性たちは皆あのクズに騙されていた。……いい子達なのだろうと思う。けどやはり、前回のように浮気相手に上から目線でクスクス笑われたり、見せびらかされたり開き直られたりいろいろしたことが過ってしまう。クズにも自分にも腹が立つ嫌な思い出。
ダメダメ。過ぎたことよ。今は考えない。
「お嬢様?」
はっ、いけない、シスに心配をかけてしまうわ。
「ごめん、大丈夫よ。行きましょうか」
従者にエスコートされ、馬車から降りる。すると。
「アウダーシア公爵令嬢、お待ちしておりました。此度は大変なご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」
何と、エントランスの手前でアズさんが待っていた。緊張しているのだろう、顔色は青白いし、手足も小刻みに震えるのをぐっと我慢しているのが分かる。なのに、自分の責任とでも言うようにシャンと立とうとしている。
何て潔い子なのかしら。
やっぱり私の勘の通り、あのクズにはもったいない子だわ。
「アズさん、先日は……」
「ーーーっリア!良かった、会えた!!」
乙女の緊迫したやり取りが始まろうとしたその時、聞き慣れたロイエ《羽虫》の声がした。
「あら?何故かうるさい羽虫の声が私の名前を呼んだような。気のせいかしら?」
「気のせいですわ、お嬢様。アズ様。中へご案内をお願いします」
「え、あ、はい!」
アズさんも気付いたようだが、ガン無視している私達の様子を見て、屋敷内に案内しようとしてくれた。……のだが。
「リア、待って!探していたんだよ、家に行っても取り合って貰えないし!婚約破棄なんて、何かの間違いだろう?だって僕たちは運命で結ばれている!今だって会えた!だから……!」
羽虫が騒ぎながら私の腕を掴もうとしてきた。
その刹那。
シスがクズの腕をくるりと捻って身体ごと回転させ、地面に叩きつけた。
そうだった。シスのお家は武功を挙げて男爵家になったお家柄だった。私の護衛も兼ねてくれていたのだったわ。しばらく平和で忘れていたけれど。あれ、それに確か、前世の玲子のお家も合気道の師範のお家だったような……?
「お嬢様に触ることは許しません」
きゃー!かっこよ!ロイエも剣術なかなかなのに、ものともしないのね!うちの侍女、かっこよ!!
「なっ……!侍女ごときが!僕を誰だと」
「バカヤーニ公爵令息なのは認識しております。が、お嬢様の為に貴方を蹴散らす許可を、バカヤーニ公爵様から頂いておりますので。『……今回は私の勝ちね、和博』」
あっ、最後日本語だ。阿呆ロイエもびっくりしてるわ。
『……日本語、なぜ』
『お嬢様を……彼女を泣かせたら只じゃおかないと、私、何度も何度も言ったわよね?』
シスのその言葉に、ロイエがハッとした顔をする。
『……まさか、玲子、か?』
『ご名答。あんたに馴れ馴れしく呼ばれるのは不愉快極まりないけれど』
シスがロイエを地面にがっちり固めたまま、心底嫌そうな顔をして答える。
『何だよ!それなら分かるだろ?今回は学園も仕事もちゃんとしたじゃないか!全てリアのために……リアと結婚するために!今生で会えたのだって、運命的だろ?僕は前世から祈っていたんだ、次も会いたいって!それが叶ったんだ、リアと僕は結ばれるはずなんだ……』
ロイエはシスに向かって叫んだ後、一人言のように言葉を続けて、私の方を見る。
『リア、リアも思い出してくれたんだろう?リアも会いたいと思っていてくれたんだろ?ねぇ、今回の僕は違うよね?リアの為に頑張ったんだ。この前だって、許してくれたからああ言ってくれたんだろう?こっちの子達はいい子ばかりだよ!リアに嫌なことをする子はいないって!だから大丈夫だよ。愛しているんだ、戻って来てよ、リア!』
ロイエが悲痛な顔をして、私に懇願してくる。ああ、よくあったなあ、このシチュエーション。
「……シス、腕を離していいわ。彼を立たせてくれる?」
「お嬢様、でも」
「大丈夫よ」
「……承知致しました」
シスが渋々拘束を緩め、ロイエの首根っこを掴むようにして立たせる。ロイエは不満そうな顔をしながら乱れた服を直して、満面の笑顔で私の方を向く。
私も、満面の笑顔でロイエを見る。
「リア、やっぱり分かって……!」
そして、その笑顔のまま、ロイエの横っ面を思いっきり振り抜いて引っ叩いた。
油断していたであろうロイエは、なかなかな勢いで横に倒れた。
「リ、リア……?」
ロイエが今起きた事が信じられないと言った顔で、倒れ込んだ状態のまま、叩かれた頬を触りながら私を見つめる。
「いった~い!叩かれるのって、叩く方も痛いのよって本当なのね!」
「そうですよ。大丈夫ですか、お嬢様。お嬢様の大切な手が赤くなってしまったじゃないですか。馬鹿のためにもったいないことを。言っていただければ、私がやりましたのに」
シスが私の手を擦りながら心配そうに話す。もう、過保護なんだから。
「ん~、そうかもしれないけれど、すっきりしたわ!前はできなかった事だしね!はっ、そうか、私はこれがしたかったのかもしれないわね!」
「り、りあ……?」
まだ呆然としているロイエを、私はまた満面の笑顔で見遣る。
『何を勘違いしているのか分からないけれど。私は貴方に会いたいと思ったことなんて、ただの一度もないわ。愛してる?あんたが愛してるのは自分だけでしょう?しかもこっちはいい子達とか……最低!!本当に馬鹿なの?馬鹿なのね?』
『え……』
『ああ、もう、本当に黒歴史!こんな馬鹿に馬鹿にさろれてるってことよね!あり得ないわ……昔の私にすぐ目を覚ませと肩を揺すりまくりたい……』
『気持ちは分かりますが、無理ですよ、お嬢様』
『分かってるわよ。でも思うじゃない。このクズにこんなにナメられてるのよ?』
『り、あ……?』
ロイエの間抜けな呼び掛けに、私はイラっとしながら奴の方を向いた。その顔を見て、ロイエはビクッと肩を上げる。
「愛称呼びもするなと言ったでしょ?前から思っていたけれど、どうすれば言葉が通じるの?私は嫌だと言っているのよ」
「りあ……そんな……」
何度言っても愛称呼びを止めない馬鹿に、人前なのを忘れて深いため息を吐く。
『運命なんて冗談じゃないわ。再会したのだって不愉快極まりないくらいよ。思い出したのだって……ああ!あんたの顔を見てすぐじゃなくて、あのシチュエーションで思い出したのだから、私の危機管理能力?生存本能?が働いたのでしょうね、きっと。同じ目に合わないように』
『きっとそうです。さすがお嬢様です』
『そうよね。シスを見ても思い出せなかったのは、前の記憶があまりにも嫌な記憶だったから、防衛本能が働いていたのではないかしら』
『なるほど。そして危機に反応して思い出したと……ええ、納得できます。さすが私のお嬢様』
『シスったら、褒めすぎよ!』
私たちがキャッキャと盛り上がるのを、呆然と見ているロイエ。
「あ、あの、アウダーシア公爵令嬢……」
控えめに声を掛けてきた、アズさんの言葉にハッと我に返る。しまったわ、放置してしまった。周りを見てみると遠巻きに人が増えてきている。
あら、ちょっと良くないかしら。でもここまで来たら、彼女も当事者だ。
「アズさん。失礼しましたわ。貴女からも何かありましたらどうぞ?安心なさって、何を言っても不敬にはならないように当家が取り計らいますから」
「公爵令嬢……」
「どうぞ、私のことはシャルリアと」
「シャルリア様。わ、私……」
「アズ……?」
ロイエが驚いた顔でアズさんの方を向く。いや、今気付いたんかい!
そしてすっくと立ち上がり、妙に表情を輝かせてズンズンとアズさんに近づいて行く。
「アズ!君からも言ってくれないか?僕と本気で結婚しようなんて思ってなかったろ?お互いに楽しかっただけだって!君の家の事業だって、僕が……!」
ロイエはアズさんの両腕を掴んでそんな事を言い出した。
はあああああ?!なんて、なんてクズなの!そこは謝るところじゃないの?本当にどんな思考回路?
「シス」
「はい」
このままだとアズさんも危険と、シスに指示を出そうとした時だった。
アズさんが意を決した顔で、ロイエの腕を振りほどいて奴を突き飛ばした。
「ア、アズ……?」
アズさんの可愛い力では倒れ込まなかったものの、拒否されると思っていなかったであろうロイエは、また呆然としている。
「わ、私は、ロイエ様を本当にお慕いしておりました!信じておりました!きっと他の皆さまもそうです!……夢、みたいでしたけれど……夢のように幸せな日々でしたけれど……シャルリア様のような素敵で格好いいご婚約者様がいらしたなんて……!!私……なんて事を……!」
アズさんはポロポロと泣きながら必死で言葉を続ける。
「シャルリア様。みんな、皆、騙されていたんです。私、どんな罰でも受けます。他の方のことは助けてあげてください!お願いします!」
「アズさん……」
なんていい子~~~!!なぜだろう、前回の馬鹿より今回の馬鹿の方が何百倍もムカつく~!!
「しゅ、修道院でもは、入りますし、い、命が必要なら」
わあああああ、やっぱり深刻になってる!そりゃそうか!もう、いつまでも馬鹿に構っている暇はないわ。本当に人に無駄な時間を過ごさせるわね、このクズ。
「アズさん。そのような心配はなさらないで。本日は、私がこのクズの事業を引き継ぐためのお話に参りましたのよ。貴女たち被害者が罰を受ける必要はございません。ご両親もいらっしゃるのでしょう?だいぶお待たせしましたよね。申し訳ないわ。案内してくださる?」
「っ、はい!」
私は威圧感を与えないように、努めて優しげな笑顔でアズさんに言葉をかける。アズさんは顔を赤らめて、嬉しそうに返事をしてくれる。可愛いわ。クズが気に入るのも分かるわ。
私たちが踵を返してアズさんの家に入ろうとすると、クズがまた叫んで来た。
「リア!待って、まだ……!」
「まだ、何?もうこれ以上、私に無駄な時間を使わせないで。あなたと違って、私はあなたに拘る必要はないのよ。『だって私はもう、男が全てあなたのようなクズじゃないことを知っているのだから。あなたと別れてから、私はずっと幸せだったのよ?』今度私に近付いたら、然るべき所に相談するわ。……では、ごきげんよう」
「リ……!っつ!」
懲りずに私の肩を掴もうとしたロイエの腕をシスがまた締め上げる。
『ここまで言われてもまだ分からない?本当にどうしようもない男……。そうか、馬鹿にはわからないか……じゃあ、体に分からせるしかないわね?このまま帰らないなら、両手両足の骨を折るわよ?』
「なっ、そんなこと……」
「出来ないとお思いですか?」
締めを更にきつくするシス。怖い~!けど格好いい~!
「わ、分かった、帰る、帰るよ!」
「お嬢様に近付くことも禁止です」
「そ、れは……!ぐっ、わ、分かった……」
無表情なシスにかなりキツく締め上げられ、ようやくロイエは諦めてトボトボと帰って行った。やれやれ。
「さて、ようやく邪魔者がいなくなった所で!前向きな話を始めましょう、アズさん!」
そうよ、私たちはまだまだこれから。
あんな奴の為に人生を狂わせる必要なんてないのよ。
「一緒に進みましょう」
楽しくねっ!
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