第99話 覆ル

「……ので、その〇〇コーポは今も、解体されずに残っているんだそうです」


 僕が怖い話を語り終えると、


「……今のが、九十九話目だったね?」


 手元も視えない真っ暗闇の中、仕切り役が声を上げた。


「……ええ」


「ということは……」


「百物語は、これで終わりってわけか」


「はあ……」


「終わりか……」


 未だに顔も名前も知らぬ語り部たちの声が、そこかしこで響く。


「えっと……お疲れさまでした」


 とりあえず、労いの言葉を掛けた。

 いわゆる、オフ会に参加するというのは初めてのことだったが、それが有名ないわくつきの廃墟の一室に集まり、互いの顔も分からないままに持ち寄った怪談を語らって百物語をするという内容だったのは、随分と奇特な経験だったのではないだろうか。


「……じゃあ、形式に倣って終わろうか」


「うん。百物語は、九十九話で終わらないとまずいからね」


「どうして?」


「知らないの?百話目を語ってしまうと、怪異が起こると言われているんだよ」


「へえ、そうなんだ」


「……ククッ、ハハハッ」


 不意に、聞き覚えの無い笑い声が響く。


「……今のは誰?」


「俺だよ、俺」


 ……こんな声の男、いただろうか?


「なあ、なんで最後までやらないんだ?あと一話で、成し遂げられるんだぞ?」


「何を言ってるんだ。これで終わり――」


「せっかくここまで語ったってのに、百話を前にして終わるのかよ。わざわざこんな場所で開催してるんだ。みんな、期待してるんだろ?何か、恐ろしいことが起きないかって」


 全員が、息を呑む音が聴こえる。


「ほら、図星だ。だったら、最後までやろうぜ。百話目を語るんだ」


「そんなことはさせない」


 仕切り役の声が、鋭く響く。


「何かあったら、どう責任を取るつもりだ?」


「そ、そうよ。これで終わりにした方がいいわ」


「……私も、そう思う」


「終わった方がいいと思います」


 みんなが、それに賛同した。

 と、その時、


「ぐっ!?う、ううっ……」


 突然、仕切り役が呻いた。


「な、何をするっ……!」


「えっ?」


「ケケケッ!」


「い、痛いっ!」


「きゃああっ!」


「な、何がっ」


「ククッ!何をしたと思う?」


 途端に、場がパニックに陥った。


「ま、待ってくださいっ!今、灯りをっ」


 ポケットから携帯を取り出し、ライトを点けて―――、


「……え?」


 誰も、いなかった。

 薄汚い廃墟の一室には僕だけがポツンと―――、


「……ねえ、どっちが死んでるんだと思う?」


 不意に、耳元で囁かれる。

 その言葉の意味は、一体——―。

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