第97話 迎エル

「ただいま」


「……お帰りなさい」


「……お帰りなさい、パパ」


「おいおい、どうした?辛気臭い顔をして。一家の大黒柱が帰って来たんだぞ。もう少し、笑顔で出迎えないか」


「……はい」


「……うん」


「ふん……。ああ、今日も疲れた。風呂、湧いてるか?」


「それが、まだなんです。先に、ご飯を――」


「ああっ?」


 ——―ダンッ!


 テーブルを叩くと、


「ひっ……!」


 妻は、いつものように怯えの色を見せた。


「亭主が風呂と言ったら風呂だ!今すぐ沸かせ!」


「で、でも、しばらく掛かりますから――」


「あああああっ!?」


 口答えをされ、頭に血が上った。妻の髪を引っ掴み、


「専業主婦風情が、何をガタガタ言ってる!やれと言ったらやるんだ!」


「やめてっ!」


 振り返ると、娘が包丁を構えていた。


「……おい、何の真似だ?」


「お母さんを離してっ!」


「……いつからそんな口を利くようになった?そんな娘に育てた覚えはないぞ。実の父親に刃物を向けるような、出来損ないに育てた覚えはっ!」


「うるさいっ!」


「うるさい!?今、うるさいといったか!?父親に向かって、うるさいと――」


「ええ、言いましたよ」


「がっ……!?」


 脇腹に激痛が走る。見遣ると、包丁が深々と刺さっている。それを握っているのは、娘ではなく、妻。


「……本当に、うるさいですよ。あなた」


「ぐ、ぐううっ……」


 ドタリと床に倒れ込むと、


「もう、ママ。今度は私がやるって約束だったじゃない」


「ごめんごめん。耐えられなかったの。あんまりうるさかったから、反射的に刺しちゃった」


「まあ、気持ちは分かるけどさあ」


 私を余所に、妻と娘が談笑し始める。まるで、何事も無かったかのように。


「お、お、お前たち、何を……」


「ああ、まだ消えないんですか。今回は、しぶといのね」


「そ、それは、どういう……」


「あなたは、とっくに死んでいるんですよ。私たちに殺されて」


 娘が和室の襖を開け放し、仏壇を指差す。

 そこには、私の写真が飾られていて―――、


「酔っぱらって帰って来たところを、運んでマンションの階段から転がり落としたんです。事故に見せかけてね。でも、死んだことに気付いてないのか、あなたは毎日のように帰ってくる」


「だから、その度にこうして殺してるの。散々やられたから、お返しにね」


「そ、そんな、そんな……」


「また帰って来てくださいね、あなた」


「今度は、私が殺す番だから」


 妻と娘が、満面の笑みを浮かべながら、消え行く私を見下ろした。

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