第96話 繰リ返ス

「ふうっ……」


 もう安心だ。このコンビニの中までは、さすがにあの男も入って来ないだろう。後は、母親が迎えに来るのを待つだけ。

 立ち読みでもして気を紛らわせようと、雑誌を手に取って、


 ——―バンッ!


「ひっ……!」


 目の前のガラスに、あの男が張り付いていた。食い入るように、私を見つめている。

 ……大丈夫。店内には人がたくさんいる。入って来ても、助けを求めればいいだけだ。怖がる必要など―――、


「——―じゃねえか」


「……え?」


 男が、ガラス越しに何やら喚いている。


「——―と違うじゃねえか」


「な、何?」


「——―夢と違うじゃねえか!」


 ——―バキンッ!


 突如として、ガラスが割れた。

 いや、違う。

 目の前の光景が、割れたのだ。ガラスのように、粉々に。

 そして、真っ暗な空間が、私を包んで、意識が遠のいて―――。




「ふうっ……」


 ——―バンッ!


「ひっ……!」


「——―じゃねえか」


「……え?」


「——―と違うじゃねえか」


「な、何?」


「——―夢と違うじゃねえか!」


 ——―バキンッ!




「ふうっ……」


 ——―バンッ!


「ひっ……!」


「——―じゃねえか」


「……え?」


「——―と違うじゃねえか」


「な、何?」


「——―夢と違うじゃねえか!」


 ——―バキンッ!




「ふうっ……」


 ——―バンッ!


「ひっ……!」


「——―じゃねえか」


「……え?」


「——―と違うじゃねえか」


「な、何?」


「——―夢と違うじゃねえか!」


 ——―バキンッ!




「ふうっ……」


 ……何だ?

 何か、違和感がある。いや、既視感と言うべきか。


 ——―バンッ!


 私は、これを前に、いや、それどころか、


「——―じゃねえか」


 私は、これを、何度も、繰り返している?


「——―と違うじゃねえか」


 なんで、ずっと、そんな、嫌だ、もう、もう、


「——―夢と違うじゃねえか!」


「嫌だっ!もうやめてっ!」


 ——―バキンッ!




「——―うあっ!」


 ビクッと身体が跳ね、目覚める。


「あっ、気が付いたっ!先生!先生!娘が目覚めました!」


 ベッドの傍らで、私の手を握っていた母が叫んだ。

 ……ここは、病院?


「お、お母さん、何が……」


「あなた、仕事から帰る途中で、不審者に襲われて刺されたのよ。意識を失ってたけど、ようやく、ううっ……」


 母から優しく抱きしめられる。

 ……私は、ずっと悪夢を見ていたのか?


 ―――ガチャッ


「あっ、先生!こちらへっ」


 母が、入って来た医師を招いて―――、


「……え?」


 その顔は、悪夢の中で私を追い回していたあの男と同じだった―――。

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