第94話 捧ゲル

「あんまり見ない方がいいよ」


「えっ?」


 夜道で不意に声を掛けられて振り返ると、派手な格好をした女の人が立っていた。


「視えてるんでしょ?電柱の影にいる、あいつのこと」


「は……はい」


 この人にも、視えるのか。

 あの、電柱の後ろに佇んでいる、たくさんの人間をでたらめに継ぎ接ぎしたような、あいつが……。


「何なのか知らないけど、ああいうのは関わんない方がいいよ。なんとなく、ヤバい奴だってのは分かるでしょ?」


「ええ……。でも、あそこを通らないと帰れなくて……」


「ふーん。だったら、あたしが一緒に通ってやるよ。ほら」


 来なさいよ、といった風に目で促され、おずおずと後をついていった。


「あ……あの……」


「しっ、喋んない方がいい」


「で、でも……」


「いいから、黙ってなさい」


 女の人は、真っ直ぐに前を向いて歩いていた。

 そして、とうとうあいつの目の前を横切ろうとした時、


「……ごめんなさい」


 僕は耐えられずに、立ち止まった。


「ちょっと、何やってんの。ヤバいって」


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


「もう、どうしたってのよ。ほら、早く――」


「僕には、どうすることもできないんです……」


 僕の手を掴もうとした女の人の手を、反対に掴む。


「ちょ、ちょっと、何を――」


「僕は、いわば撒き餌なんです。あいつの……」


「えっ?」


「あいつが、視える人を好んで取り込もうとするから……」


 ——―べたっ、べたたっ……


 あいつが、無数の手と足を使って、海底を歩く蛸のように近付いて来る。


「い、いやっ、離してっ!」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ——―べたっ、べたべたっ


「僕のことが、視えちゃうから……」


 女の人を差し出すと、あいつはまさしく蛸が獲物を捕食するかのように、でたらめの身体を広げた。


「いや――」


 短い悲鳴と共に、女の人はあいつに取り込まれてしまった。


「……ううっ」


 罪悪感に苛まれながら俯いていると、


「つぎぃいいい」


 あいつ――僕の保有者が、声を上げた。

 どこか、聞き覚えのある声。

 顔を上げると、でたらめの中に、さっきの女の人が混ざっていた。


「はやくぅうう」


「……はい」


 どうせ、最後は僕もあの中に加わることになるのだろう。

 その時が来るまで、僕はあいつに、ずっと―――。

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