第82話 混ジル

「お賽銭箱に十円入れたら、中から声が聴こえてくる?」


「うん。それもね、こっくりさんに使った十円玉じゃないと、聴こえないらしいの」


「ふーん。本当かなあ」


「ねえ、試してみない?」


 トウコは、ポケットの中から十円玉を取り出し、見せつけてきた。ふと見れば、道の先には古びた鳥居。

 ああ、そういうことか。

 私はマスクをずらしてため息を逃がすと、


「いいよ」


 と、了承した。




「せーのっ」


 トウコが、十円玉を投げ入れる。別に、何の変哲もない神社の、何の変哲もない賽銭箱に。


「…………」


「…………何も聴こえないね」


「しっ、もうちょっと待とう」


「…………」


「…………」


「……トウコ、もう帰ろうよ」


「うん」


 ようやく諦めてくれたかと、踵を返した時、


「ま、待って」


「何?」


「私、何も言ってないよ」


「え?」


「ずっと黙ってたの。うん、なんて言ってない」


「ちょっと、からかってるの?」


「からかってなんかない。何も言ってないの」


「本当に?」


「本当だよ」


「……え?」


「何?」


「わ、私、本当に?なんて訊いてないよ」


「えっ?」


「な、何が起きてるの?」


「分かんない」


「い、今!私、喋ってない!」


「私も喋ってないよ!」


「じゃあ、誰が」


「……今のは、トウコ?」


「ち、違う」


「ちょ、ちょっと待って!わけ分かんない。どっちが喋って、どっちが黙ってるの?」


「マスク!マスクしてるからだよ!口元が見えないから分かんないんだ!外したら――」


 咄嗟に、二人ともマスクを取った。示し合わせたかのように、口を結ぶ。


「…………」


「…………」


 そのまま、賽銭箱の前から離れて、そろそろと神社から出て行こうとすると、


 ——―チャリン


 背後で、小銭が落ちる音がした。

 そういえば、トウコが最初に十円玉を入れた時、この音が聴こえていなかった―――。

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