第76話 語リ合ウ

「こんにちは、お姉さん」


 いつもの公園のベンチに腰かけていると、いつもの少年が声を掛けてきた。


「こんにちは。今日は暑いね」


「うん。蝉もたくさん鳴いてるよ。色んな種類のやつが。どれがどれだか、分かる?」


「フフ、このミーンミンミンミンっていうのは、ミンミンゼミでしょう?」


「正解。じゃあ、このジリジリジリジリっていうのは?」


「これは……アブラゼミかなあ?」


「正解。じゃあ、このシャワシャワシャワシャワってやつは?」


「うーん、なんだろう……。フフ、分かんない。降参」


「これはクマゼミだよ」


「クマゼミ?へえ、カッコいい名前だね」


「うん。黒くて、大きくて、カッコいいんだよ。でもね、中々迷惑なやつなんだ。クマゼミが木と間違えて電線に卵を産んじゃって、大変なことになったって話、知らない?最近、ニュースにもなってたよ」


「ええーっ、知らない。君、何でも知ってるんだね」


「えへへ、だって僕、虫博士だもん。あっ。ほら、このボーシーツクツクってのがツクツクボウシで―――」


 少年の声に耳を傾けながら、フフ、とほくそ笑む。

 こんな風に、公園のベンチでたわいもない話をする関係が、もう十年近く続いている。

 目の視えない私には、少年の姿が分からない。

 だが、少年の声は、いつまで経っても変声期を迎えないままだ。

 加えて、さっきのクマゼミの話。

 実は、私は知っている。クマゼミが電線に卵を産み付けて通信障害が発生したという話を。

 あれはもう、はるか昔のことだ。最近のことではない。

 それが意味するものは、つまり――少年が、この世のものではないということ。

 でも、そんなことは関係ない。

 私にとって、このひと時は、とても大切なものだ。


「——―から、ヒグラシが鳴き出したら夕方になったってことなんだよ。……お姉さん?何がおかしいの?」


「フフフッ。いや、なんでもないの。それで?ヒグラシはどんな声で鳴くの?虫博士さん」


「えへへ!ヒグラシはね、カナカナカナカナって―――」

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