第28話 囁カレル

「あのねえ、そんな言い訳が通用すると思ってるの?頭の中の声が、〝目の前の女の子を刺せ〟って命令してきたなんてさあ」


「ほ、本当なんです。気が付いたら、店で買ったばかりの包丁を握ってて、血まみれになってて……」


「だから、自分がやったわけではないと?」


「い、いえ、でも、僕がやったのは間違いなくて、で、でも、僕の意思でやったわけじゃ……」


 ……この期に及んで、まだ足掻こうというのか。大方、精神鑑定に持ち込み、少しでも厳罰から逃れようという腹積もりなのだろう。


「はあ……。じゃあ、もう一度最初から説明してください。包丁を買って店を出た所から」


「は、はい。えっと、袋を持って、通りを歩いていたら突然……あ、ち、違う」


「何が?」


「声です。頭の中でしたんじゃない……耳元でしたんです」


「何を言い出すかと思ったら……いい加減にしろ!そんなはずがないだろうが!」


「で、でも、本当に僕の耳元でしたんです!刺せ、刺せって、囁かれたんです!息を吐きかけられるみたいに!」


「そんなことを言えば、逃れられるとでも思ってるのか!お前が、お前の意思で刺したんだろう!目の前の、何の罪もない女の子を!ああっ!」


「ち、違うっ!僕は――」


「うるさいっ!」


「ぎゃあああああああああああっ!」


 気が付くと、俺は持っていたボールペンを男の耳に突き刺していた。


「な、な、なんで……」


 自分のやったことが信じられず、悲鳴を上げ続ける男を呆然と見下ろしていると、


「刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ刺せ……」


 耳元で、息を吐きかけるかのように、何者かが小さく囁いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る