第37話 耳に残る言葉
次の日から、私は、綿貫君と一緒にバイクの基礎の確認を始めた。
綿貫君と一緒にバイクに乗ることで、自分の走りが、かなり修正の必要なことがわかった。随分と変なクセがついていたようだ。
私と斎君は、朝、バイクに乗って、昼は林業研修に行って、帰って来てまたバイクに乗るという毎日だった。
そして綿貫君は、朝、バイクに乗って、勉強して、昼過ぎから家の手伝いをして、バイクに乗るという毎日だった。
「今日で林業研修を終わります。基礎は終わりましたので、今度は各自、実地訓練に参加して下さい。それではお疲れ様でした」
ずっと私たちを指導してくれていた夏生さんの言葉で、夏の林業研修が終わった。
「お疲れ様でした」
私は、参加者の皆さんと、あいさつをした。
こうして、夏休みが半分ほど過ぎた頃、私と斎君の林業研修が終わった。
斎君と話し合って、次の実地訓練は、私が高校を卒業してから一緒に受けることにした。
「ん~~終わった~~」
私は、ハイエースに乗ると、大きく伸びをした。
「だね……まぁ、これからが本番って感じだけど……」
斎君の言う通り、これは始まりに過ぎない。
必要な道具の紹介に、道具の使い方に、林業の仕事内容など、詳しく説明を受けて、道具もそれなりに使えるようになったが、実地で訓練しなければ、やはりわからないことも多い。
「はぁ~~そうだね~~」
私は、窓を開けて、風を顔に感じながら答えた。
すると、スマホにメッセージが入っていた。
確認すると、母からで『買い物、お願い』という内容だった。
「斎君、母から伝言で、買い物して来てだって」
ここから、少し大きなお店まで約一時間くらいだ。
「了解」
斎君が嬉しそうに言った。
「斎君。ついでに、アイスも買おうよ。あ、帰りは私が運転する?」
「いや、いいよ。最近山道ばっかり運転してたから、普通の道も運転したい」
買い出しは、私と斎君が休みの日に、父と母が行ってくれていたので、私たちはしばらく、林業研修をしていた場所と家の往復だったのだ。
「わかった~~」
私が返事をすると、斎君がラジオを付けた。
ガザガザと電波が入らないので、音にならないノイズが車内に響き渡っていた。
私も斎君も、その音を消すこともなく聞いていた。
『……はい、ありがとうございます。では、次のお便り~~ラジオネーム、黒傘さん』
すると、いつものところで急にラジオが聞こえだした。
詳しいことはよくわからないが、電波の関係で、ラジオが入るところと、入らないところがあるらしい。ちなみに家は入る。
「あ、聞こえた」
斎君が嬉しそうに言った。
「うん」
私たちは、ラジオに耳を傾けた。
『今度の花火大会の時に、好きな人に告白したい思ったのですが、これまでの関係が、壊れてしまいそうで、なかなか決断できません。でも相手に彼氏が出来たらと思うと、このままの関係もつらいです。こんな時、リーさんならどうしますか?』
ラジオから流れてきた相談は、恋愛相談だった。
『わ~~凄く悩みますね~~。好きだから、告白したいけど、関係が壊れるのも怖いし、このままでもつらい~~。そうですね~~。よし、では、いつものリスク検証、行ってみましょう!! まず、告白しなかった場合。好きな人が、他の人とくっつくってリスクもありますよね~。告白した場合は、今の関係が壊れるリスクがあります。まぁ、この今の関係が壊れるってリスクには、お付き合いを始めるってことも含まれますよね~~この場合……』
ガザガザ。
とても気になるところで、またしてもラジオが聞けなくなってしまった。
「残念……どんな結論になるのか知りたかったのに……」
斎君は、全然残念そうな様子ではなく、どこか楽しそうに言った。
「そうだね~~。どんな結論になったのかな~~」
私も、ラジオの結論が気になっていたので、素直に頷いた。
ガサガサ。
ラジオから流れるノイズに、斎君が呟くように言った。
「今の関係が壊れるリスクの中に、お付き合いが始まるっていう可能性が含まれるか……」
私は、ぼんやりと、外を眺めながら呟いた。
「付き合う可能性か……付き合ったら、どうするんだろうね? ……付き合うと、別れのリスクもありそうだけど」
お話では、男女が恋をして、告白してお付き合いをしたら、ハッピーエンドとなる。
だが、実際は、付き合ってからの別れ、結婚してからの別れ、死別なのど生涯の別れなど、様々な別れのリスクがあるのだ。
「ああ、確かにそうだね……別れのリスクか……」
斎君がそう呟いた瞬間。
『それでは、曲行ってみましょう』
ラジオが流れ始めたかと思えば、先程の話は終わっていて、曲が流れていた。
知らないアーティストの知らない曲だったが、どこか心の落ち着く曲だった。
「それを含めての決断か……人生って、中々厳しいね。動くリスクと、動かないリスクか……」
斎君が、少しだけ切なそうに言った。
―― 動くリスクと、動かないリスク。
斎君が何気なくいったその言葉は、しばらく私の耳に残っていたのだった。
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