第35話 過去との邂逅
――懐かしい夢を見た。
私がまだ、ホンダの子供用のモトクロスバイクに乗ってた頃。
「瑞樹は、本当に筋がいいね」
すみれさんが、嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
「ああ、ウィリーがたった1日で……すみれさんの血を感じるな~」
一さんも嬉しそうに、笑ってくれた。
この頃の私は、バイクが楽しいというのも、もちろんだが、それだけじゃなくて、2人の笑顔が見たくて、バイクに乗っていたのだ。
だが……。
「こいつ、バイク乗ってるんだってよ~~子供がバイクなんて乗っていいのかよ?! 悪いことしてるんじゃねぇ?」
「そうだよ~~、それに、バイクって危ないし、うるさいでしょ? お母さん『バイクなんて、危ないし、うるさいし絶対ダメだ』って、言ってたもん」
小学校になると、バイクに乗っていることで、いじめられるようになった。
学校でいじめられて、私は、泣きながら、家に帰った。
そんな時、泣いてる私を、すみれさんが、抱き上げてくれながら言った。
「どうしたんだい? 何かあったのかい?」
「すみれさ~~ん。バイク乗ってるの悪いことだって……」
私が泣きながら、すみれさんに学校でのことを話すと、すみれさんが、ニヤリと笑った。
「そうかい。それで……瑞樹はどう思うんだい? バイクに乗るのは、悪いことだと思うのかい?」
私は必死で首を振った。
「思わないよ!! ちゃんと、練習場で乗ってるし、身の丈に合ったコースで、基礎からキッチリやって乗ってるもん。誰の迷惑にもなってないし、バイクに乗るために、ちゃんと、ブレーキ訓練も受けて、低速運転だって出来るようになったもん!! バイクに乗るの大好きだから、バイクに一生乗れるように、ルールは守って、無茶もしてないもん!!」
すみれさんは、そんな私を抱き上げたまま、ぎゅっと抱きしめながら言った
「そうだね~~じゃあ、なんでそんなに頑張ってる瑞樹が、泣く必要があるんだい?」
「え?」
私は、じっとすみれさんの顔を見た。
「瑞樹には、好きなことがあるんだ。人ってのはね、なかなか自分の好きなことに出会えないものだ。だから、自分の好きなこと好きにやってる人を羨ましく思うんだよ。
いいかい、瑞樹。よく聞きな。これから、瑞樹には、たくさんの選択肢っていうのが現れる。バイクだけじゃなくて、他にもたくさんね。
――貫いてみな。自分の好きを。折角女に生まれたんだ。このくらいでいいか、なんて妥協すんじゃないよ。死ぬ時に『最高の人生だった』って、笑っていられるような、いい女になんなよ」
その時の私は、すみれさんの言うことは、よくわからなかったが、大きく頷いた。
「うん……わかった……」
そして、そんなすみれさんは、本当に笑いながら息を引き取ったのだ。
すみれさんは、自分の背中で、私に見せてくれたのだ。
それから私は、バイクに乗ることを誰にも文句は言わせないように、勉強を頑張り、生活態度を良くして、バイク乗りであることを誇りに思えるような生活を心がけたのだ。きっと、私の心の中にはあの時のすみれさんの言葉がずっと残っていた。
――貫いてみな。自分の好きを。
◆
「瑞樹ちゃん、瑞樹ちゃん」
斎君の呼ぶ声で、意識を戻した。
「あ……」
西日で逆光になり、顔は見えなかったが、声で斎君だとわかった。
「瑞樹ちゃん、もう着いたよ」
「あ、私……寝て……ごめん」
私は、ようやく意識を戻した。
そして、少し身体を起こすと、ようやく斎君の顔が見えた。
「おはよう、もしかして……夢でも見た?」
斎君が首を傾けながら言った。
「……そうだね……よく覚えてないけど、幸せな夢を見た気がする」
斎君が、テッシュを、私の頬に押し当てながら、いつもように言った。
「そっか……それならよかった」
気が付くと、私は涙を流していたようだ。
斎君は、私の涙を拭いてくれたようだ。
「あ、私、泣いて……ごめん」
「ああ、気にしないで」
私が、斎君に涙を拭いてもらって、動揺していると、斎君が、ニヤリと笑いながら言った。
「ね、聞こえるでしょ?」
「え?」
斎君の言葉に耳を済ませると、スズキのエンジン音が聞こえた。
「あ!!」
私が、斎君を見ると、斎君も嬉しそうに私を見て頷いた。
「行ってみようか」
「うん!!」
私たちは、急いで、ハイエースを降りると、車庫から出たのだった。
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