第12話 練習場にて
六月の最後の日曜日。
今日は、一さんだけではなく、斎君も一緒に、モトクロスの練習場に向かっていた。今日の練習の様子を見て、選考レースに参加するかどうかを決める。
ちなみに斎君は、レースには興味が無いらしく、ただバイクに乗るために練習場に向かっていた。
「あ~、一ヵ月ぶりかも……すげぇ楽しみ」
斎君が嬉しそうに言った。
今日は、行きは私が運転して、帰りは斎君が運転してくれることになっている。
「私は、先々週ぶりだな~~」
運転しながら話をすると、一さんが口を開いた。
「あはは。折角の機会だ。大切にしろよ」
「はい」
斎君が真剣な顔で頷いたので、私は運転中だったので口だけで返事をした。
「うん」
オフロードバイクは、公道で乗れないこともない。
だが、オフロードバイクだと、つい、いつもの練習感覚になって無茶な運転をする可能性もあるので、オフロードバイクはコースや練習場だけで乗ることに、決めているのだ。
数時間運転して、ようやく目的に着いた。
私の住んでいる辺りは晴れていたが、練習場では、小雨が降っていた。だが、これくらいの雨なら、問題ない。
私は、急いで準備を始めた。今日は、レースではなく練習なので、カワサキしか持って来てない。
斎君のバイクもあるので、私のバイクを2台は乗せられないのだ。
「瑞樹ちゃん、お先!!」
斎君は、素早く準備を終えると、コースに出て行った。
私は、斎君と違って、準備に時間が掛かるのだ。
ちなみに斎君の愛車は、ヤマハのセローだ。
なんでも、エンジン音が最高なのは元より、斎君の好きなフープスで、ヤマハのギリギリの調整にバイクへの愛を感じて、この世にヤマハのセローが誕生してくれたことに、毎回感謝しているらしい。斎君はまるで、我が子のようにバイクへの愛を語ってくれる。
ちなみにフープスとは、見た目がぼこぼこしていて、洗濯板のようだと言われているコースの一つだ。
だが、私は一さんにバイクを教わったので、今だにウォシュボードと言っている。
とにかく、斎君のバイクへのこだわりは、並々ならぬものがあって、ウィリー走行だって今は、得意だが、一時期は、狂ったようにウィリーばかりを練習していた。
理由は、ウィリーは人によっては、かなり難しい技だし、バイクが故障するリスクもあるので、諦めてしまう人も多い。つまり、ウィリーの練習を続けると、どうしても、バイクに負担がかかり、修理や整備の必要が出て来るのだが、『例え壊れても、自分が絶対にセローを直す。日本の英知の結晶であるセローの可能性を奪いたくないから、絶対に出来るようになる』というかなり、マニアックな理由で鬼のように練習していた。
斎君は、普段から、バイクのポテンシャルを最大まで高めることに重きを置いているので、あまりレースに興味がない。『自分の技術を磨く過程に他人との競争は、雑音にしかならない』と言って、ひたすら自分の苦手な技の克服や、バイクの可能性を追い求めている。
今も、斎君は、目の前で華麗にウィップを決めた。
本当に、楽しそうだ……。
それが、斎君とバイクの関係だ。
そして、私は――。
私は、ゆっくりながらも、確実に準備を終えると、斎君の整備してくれたカワサキのハンドルを手に取ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます