第11話 期待の眼差しの前に
「短大の推薦を取り消してほしい?」
「……はい」
家族で引っ越す事が決まった次の日。
私は、早速、担任の駒江先生に進学についての話をした。
放課後の進路指導室に、野球部や、サッカー部の声が聞こえて来た。
今は、六月の終わりで、梅雨入りしている。外は、曇り空ではあるが、雨は降っていない。
駒江先生は、小さく息をつきながら言った。
「やっぱり、国立大学に進学するのか?」
「え?」
私は予想外の問いかけに思わず固まってしまった。
なぜ、そこで国立大学の話が出て来るのだろう?
私が本気で困っていると、駒江先生が声を上げた。
「工藤の成績なら、難関国立大だって、十分狙えるという先生の話を検討してくれたのか。頑張れ、応援している」
凄く言いづらい。
私は先生の熱意の籠った瞳に、どうしても、進学しないということを言えなかった。
ただ、推薦というのは、各学校で、枠が決まっていて、先生たちが話し合って、相応しいかどうかを決めると聞いたことがあった。
もし、私のせいで、誰かが推薦を受けられなかったと思うと、申し訳ないので、とにかく推薦だけは断る必要があった。
「先生……とにかく、推薦は……なしでお願いします」
「ああ、わかった」
「では……これで」
「工藤、どこの大学を受けるのか決まったら、また報告に来なさい」
「……はい」
私は、そっと進路指導室を出た。
昔から私は、こういうところがある。よくも悪くも、すぐに人の顔色を見て、自分の言いたいことを言えないことも多い。
進路なんて、酷く個人的なことだ。しかも、みんなの前で言うようなことでもない。担任に、伝えるだけなのだ。
それなのに、言えなかった。
私は、バイトに行くために、学校を出た。
「瑞樹~~~」
振り向くと、愛音と北川君と綿貫君が、一緒に帰ろうとしていた。
「あ、愛音……」
愛音は、私の近くまで来ると、眉を寄せた。
「何かあったの?」
愛音は、とても人の気持ちに敏感な女の子だ。昔から、愛音にだけは隠し事を出来たことがない。
だが、今は、北川君もいるのだ。
2人の邪魔をするわけにはいかない。
「大したことじゃないけど……それより、北川君と、一緒に帰るんでしょ?」
「うん。でも、瑞樹も一緒に帰ろう。今日、バイトでしょ? 途中まで一緒に帰ろうよ」
愛音の言葉に、北川君も頷いた。
「一緒に帰ろう。俺、工藤に聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと?」
「うん。免許、いつ取ったの?」
「ああ、5月のはじめだよ。誕生日来て、すぐに取った」
私が答えると、愛音が嬉しそうに言った。
「瑞樹はね、車の免許だけじゃなくて、バイクの免許も持ってるんだよ。しかも、瑞樹は中学からバイトして、全部、自分のバイト代で、免許取ったんだよ!!」
「え? 中学からバイトしてるの?」
愛音の言葉に驚いたのは、北川君ではなく、綿貫君だった。
「うん、中学の時は、トレーニングも兼ねて、自転車で新聞配ってた」
「へぇ~~なんだか、すげぇな~~」
北川君が、感心したように言った。
バイクには、それなりにお金がかかる。整備費などが浮く私は、かなり恵まれているとしても、レース場や、練習場は大抵、ここから遠い場所にあるので、通うための高速代や、ガソリン代だってかなりの額になる。
それに最近、ようやく大型免許が取れた。
これで、一さんから貰ったドゥカティに乗れるようになったのだ。普段、オフロードバイクばかり乗っているので、大型はバランスを取るのが少し大変だが、走り出したら、安定していて、どこまで走っていけるような気がして最高だ。
だが、そんな最高のバイクを維持するためにもガソリン代や、車検代や、税金、必要経費は、かなりあるので、バイトは欠かせないのだ。
「そうだよ!! それなのに、瑞樹は勉強だって頑張ってるんだよ。凄いでしょ?」
愛音は、まるで自分のことにように嬉しそうに言った。昔から、モトクロスレースの応援に来てくれたり、本気で応援してくれたり、いつも励ましてくれる。
「愛音……ありがとう」
「いやいや、お礼をいうところなかったよね? 瑞樹が凄いって話だったよね?!」
愛音が、慌てているが、それを見て、私も北川君も微笑ましく見ていた。
そんな話をしているうちに、バイト先に着いた。
「じゃあ、ね~~」
私は、3人に手を振ると、バイトに向かったのだった。
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