04
――フィーと共に逃げ出してから約十年後。
俺はとある街の酒場で彼女と共に働いていた。
その酒場は、戦争で夫と子供夫婦を失った老婆がやっていた店で、どうしてだか素性もわからない俺たちのことを住み込みで働かせてくれた。
俺とフィーを見て、家族のことを思い出したのだろうか。
理由はわからないが、受け入れてくれた老婆の気持ちは嬉しかった。
仕事にも慣れ、ほとんど俺とフィーで店を回せるようになった頃に、老婆が亡くなった。
死の間際、老婆は俺たち二人に店を継いでほしいと言ってくれた。
命尽きる寸前の老婆の顔は、とても幸せそうに見えた。
何かを成し遂げた、そんな満足をした表情。
フィーは老婆が亡くなった後、一晩中泣き、俺も胸が痛んだ。
それから、老婆の酒場を俺たち二人が継いだことを、街のギルドへ伝えに行くことに。
ギルドの場所は街の中心にあり、店から歩いて数分だ。
俺とフィーは権利書と遺言書を持ってギルドの館に入り、受付で要件を話していると、いきなり中にいた連中に剣を突きつけられた。
その行動からギルドの意向かと思ったが、受付嬢も驚いているところを見るに、どうやら一部の人間によるものだったと考えられた。
囲まれた俺とフィーが動けずにいると、連中のリーダー格の人物が被っていた兜を脱いで声を荒げる。
「その火傷と赤毛……ついに見つけたぞ!」
その人物は金髪に
俺もフィーも知らない人間だ。
見覚えのない女に詰め寄られ、人違いだと俺は訴えたが、フィーの漏らした言葉で気がつく。
「あなた、あのときの子なの……?」
甲冑姿の女は、人さらいから逃げたときに出くわした家族の子供だった。
どういう経緯で剣を取ってギルドに入ったかはわからなかったが、あのときの少女は剣士として成長したようだ。
彼女を慕っているよ取り巻きの連中に、俺とフィーは問答無用で捕らえられてしまった。
それから役人に引き渡され、牢に放り込まれた。
牢番の話からするに、これから女剣士の証言から俺たちの素性を洗い出し、刑を執行するということを聞いた。
冗談じゃない。
もう何年も昔の話だし、先に斬りかかって来たのは女剣士の両親のほうだ。
こっちは身を守るためにやったことだ。
女剣士だってそのことは知っている。
それを、今さら罪に問われるのか。
こんなことならば、あの時殺しておくべきだったと激しく後悔する。
薄暗い檻に入れられてから、フィーは一切喋らなくなった。
おそらく責任を感じているのだろう。
もちろん彼女を責めるつもりはない。
最悪、裁かれるのは俺だけのはず。
なにしろフィーはその場にいただけで、手を出してはいない。
全部俺がやったと言えばいい。
あの女剣士だって、実行犯である俺だけが執行されればいいと考えていると思いたい。
自分を助けてくれたフィーまで罪人にする気はないはずだ。
「フィー、お前が気にすることなんてないよ。運がなかっただけさ」
俺は少しでも彼女の不安を取り除こうと、フィーに声をかけた。
すると、どういうことだろう。
薄暗かった檻の中が、フィーを中心に明るくなっていく。
そのあり得ない光景に言葉を失っていると、まるで太陽のような光を放ちながら、彼女はこちらを振り向いた。
《運がなかったのではない。これはお前の末路だ》
フィーの声ではない妙齢の女の声。
俺はこの声に聞き覚えがあった。
家族が殺された時と、女剣士の両親を殺して逃げた時に聞こえてきた声だ。
「俺の末路だと……? 一体何を言ってる? そもそもお前は誰だ!? フィーはどうしたんだよ!?」
《この少女は巻き込まれただけ。この世界でのお前の家族もそう。すべてはお前の犯した罪に起因する》
「わけのわからないこと言うな! お前が神か悪魔なのかなんなのか知らんが、フィーに何かしたら許さないぞ! フィーを返せ! 俺にはもうフィーしかいないんだ!」
《残念だが、この娘も裁かれる。お前のせいでな》
「ふざけたことを言うな! フィーに罪なんてないだろうが!」
俺が掴みかかろうとした瞬間。
謎の女の声は消え、フィーの身体から炎が舞い上がった。
その衝撃で俺は吹き飛ばされると、周囲が真っ赤に燃え上がっていく。
フィーの身体から放たれる炎は鉄格子を溶かし、狭い牢内を火の海にしていた。
牢屋が燃えていることに気がついた牢番が、慌てて仲間を連れて現れた。
炎を纏って周囲を燃やしていく女の姿――。
その光景を見た牢番たちは、目を見開いていた。
皆、口々にフィーのことを魔女だと言っている。
違う、フィーじゃない。
魔女は別の奴なんだと俺は叫び続けたが、誰も俺の声など聞いていなかった。
――その後、事態は落ちつき、突然意識を失ったフィーは目を覚ますことなく、そのまま裁判にかけられた。
最初にフィーの火あぶりが決まり、俺の判決はまだ伝えられていない。
街の中心に連れて行かれ、そこでフィーは木にくくりつけられた。
そして火を付けられ、彼女は意識を失ったまま燃やされていく。
「やめろ! フィーじゃない! フィーじゃないんだ! 魔女は別の奴なんだ!」
俺は枷を付けられたまま暴れたが、何の能力もない俺にはフィーを救うことはできなかった。
力づくで押さえつけられ、ただ燃やされていく彼女を見ていることしかできない。
いくら泣いても、血が出るまで歯を食い縛っても、俺は大事なもの一つ守れない。
《まだ……まだまだ……これで終わりではない。まだお前は何もされてはいないではないか》
絶望に打ちひしがれている俺の頭の中に、あの女の声が聞こえてきた。
俺は女に抗おうと、その場で喚き散らした。
一体俺が何をしたのかと。
必死で生きようとしていただけだと。
フィーを殺しやがってと。
喉が潰れるまで叫び続けた。
「黙れ! この罪人が!」
暴れていると、女剣士の怒鳴り声と同時に衝撃が頭に走った。
何か金属で叩かれたような痛みで俺は動けなくなってしまったが、気を失いたいのに、意識だけははっきりしていた。
倒れた俺の上から声が聞こえる。
「ネムレス·ルオーバーよ。お前は約十年前にヴィクティー·リビューショーの両親を殺し、その金品を奪って逃走した。その後に一人暮らしの老婆に取り入り、その店を奪おうとした」
罪状が並べられている。
裁判官でも来たのか。
もうどうでもいい、早く殺してくれ。
「だが神は、お前の境遇を憐れんでおられる。ルオーバー家で起きたことを考慮して、死罪にはしない。それでも罪の償いとして両目の光を奪い、国外追放とする」
一体何を言ってる?
殺してくれないのか?
ふざけるな、ふざけるなよ。
「ネムレス·ルオーバーを立たせろ。そして、断罪の火を目に灯せ」
無理やりに立たせられた俺の両目に、焼きごて当てられる。
視界は真っ黒に塗りつぶされ、激しい痛みが顔面から全身を走り、何も考えられなくなっていた。
フィーのこともあの女のことも忘れ、ただその場でもがくことしかできない。
肉の焼ける臭いも眼球が潰されたことも感じられない。
ただ激痛だけに埋め尽くされる。
それだけだった。
気がつけばどこかに運ばれ、放り捨てられた。
何も見えないが、どうやら国境を出た辺りに捨てられたらしい。
去り際に置いていったと思われる一本の杖。
これが俺に与えられた神からの慈悲なのか。
「なんで……なんで俺がこんな目に遭うんだ……」
涙も流せず、叫ぶ気力もなかったのが心情を呟いた。
それしかできなかった。
陽の暖かさを感じる。
おそらくは昼間だが、俺の目の前は一生消えない暗闇だ。
頭の中で声が聞こえてくる。
《お前への罰はこれからも続く。前世で一方的な復讐心をまき散らしたことは、けして許されない。これからも、多くの命をないがしろにした罪を償え》
無視して杖を拾い、立ち上がる。
もう何もない俺は、これからどうやって生きていけばいいのか。
そんなことを考えるのも面倒になっていた。
だが、それでも俺は、どこへ向かっているのかもわからずに、ただ歩き出すしかなかった。
了
無敵だったお前へ コラム @oto_no_oto
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