03

俺が牢に入れられてからしばらくすると、人さらいの一人が食事を与えにやってきた。


腐りかけのパンや果物という粗末なものだったが、空腹だった子供たちは我先にと群がる。


早い者勝ちとなりそうだったが、フィーが皆に声をかけ、全員に行き渡るようにしていた。


おそらく彼女は信頼されていたのだろう。


それは、俺がこれからやろうとしていることに役に立つ。


「痛い! 腹が、腹が痛い!」


食事を終え、俺は腹を抱えて大声を出した。


他の子供たちも続いて、俺と同じように牢内で喚き始める。


もちろんこれは演技だ。


俺がフィーに頼んで、事前に中にいた全員に真似をするように声をかけたのだ。


しばらくすると、見張っていた男が現れ、牢を開けて中へと入ってきた。


食事にあたったと思い込んで、どうしていいかわからず入ってきたのだろう。


やはり予想どおり考えなしだ。


俺は入ってきた男の背後へ周り、その首を思いっきり締めた。


当然男は振り払おうとしたが、打ち合わせ通りに何人かの子供たちの手伝いもあり、絞め落とすことに成功する。


「よし、さっさとここを出るぞ。みんなバラバラに逃げるんだ」


俺は男からナイフを奪い、子供たちに声をかけた。


ここから出られると思った少年少女は一斉に牢を飛び出し、階段を駆け上がって外へと出ていく。


ここまでは予定どおり上手くいった。


あとは運任せだが、散り散りに逃げ出せばなんとかなる。


しかも運よくナイフを手に入れた。


最悪こいつを使えば、俺だけでも脱出できる。


俺も子供たちに続いて外へ出ようとしたが、フィーは少年少女たちが全員出るのを確認するかのように立っていた。


さらに怖がっている子に声をかけ、急いで外へ逃げるように声をかけている。


遅れれば遅れるほど人さらいがやってくるというのに、こんな時でも他人の心配か。


どこまで人が良いんだこの女はと思ったが、俺はどうしてだかフィーを放ってはおけなかった。


「なにしてんだ! お前も早く逃げないと捕まるぞ!」


「そういうネムレスだって、最後までいてくれてるじゃない」


「いいから行くぞ! 俺について来い!」


結局全員が逃げ出すのを確認した後、俺とフィーも外へと出た。


外は真っ暗でしかも森の中だった。


遠くから子供たちの叫び声と男らの怒鳴り声が聞こえて来たが、俺はフィーの手を引っ張って森の中を進んだ。


もし俺が強引に連れて行かなかったら、彼女は子供たちを助けに戻ろうとしただろうと思う。


確実にそこまでする。


まだ会って数時間だが、これまでの経験から、この女はそういうことを呼吸をするようにやる人間だと俺にはわかる。


そんなことはさせられない。


助けに戻ったところで何もできずに捕まるだけだ。


だからここは逃げるしかない。


捕まった奴は運がなかったと諦めるしかない。


それからどれくらい走ったか。


無我夢中で森の中を進み、陽が出始めた頃に川へと出た。


川の側には焚き火が見え、中年の男女と少女の姿が見えた。


馬もいたので旅をしている家族か何かだろうか。


フィーは三人の姿を見てホッと息を漏らしていた。


それは俺も同じだったが、その家族は思いもしなかった行動に出た。


突然父親のほうが、持っていた剣を俺たちに向けてきたのだ。


フィーは必死で俺たちの素性を訴えたが、父親は信じようとはせずに斬りかかってくる。


このままでは殺されると思った俺は、持っていたナイフで父親を刺した。


それを見た母親が悲鳴をあげると、フィーへと飛びかかった。


フィーを守るために、俺は母親のほうも刺した。


残された娘は涙を流し、震えながら血まみれになった俺のことを見ている。


そんな娘に、俺がナイフを突き立てようとすると――。


「やめて! その子だけは!」


フィーは俺にすがりついて、娘を殺さないでくれと泣き叫んだ。


こいつを生かしておくと後で面倒になると俺が言っても、彼女は聞かなかった。


この娘が生きていれば国の役人に知られてしまう。


証拠は消さねばらない。


正当防衛だと言おうが、こんな状況では信じてもらえるはずがない。


なにしろ俺はもう二人を殺してしまったのだから。


しかし、それでもフィーは譲らなかった。


その子をこちらの都合だけで殺すのかと、涙を流しながら訴えてくる。


こんな時でもフィーは他人のことを考える。


正直うんざりしていたが、彼女の目を見ると、なぜだか娘を殺すことができなかった。


「わかった……。こいつは殺さない」


俺は家族の金品を奪い、フィーを馬に乗せてその場を去っていった。


去り際に娘のほうを見ると、凄まじい形相で俺たちのことを睨んでいた。


口の動きから俺たちに恨みの言葉を吐いているのがわかる。


冗談じゃない。


恨むのはお門違いだ。


殺さなければこっちが殺されていたんだ。


俺は自分にそう言い聞かせながら馬を走らせた。


《……また、お前の罪が増えていく……》


川沿いを進んでいると、以前に聞いた女の声が頭の中で響いた。

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