02
――それから、目を覚ました後のことはあまり覚えていない。
俺は全身に
俺以外の家族も従者も犬も誰も助からなかったと、介抱してくれていた女性が涙ながらに教えてくれた。
屋敷でのことはそれとなく周りが話していた内容を聞くに、どうやらうちを襲った男は、ルオーバー家とは全く関係のない者だったようだ。
男は、騒ぎを聞きつけた兵士たちが屋敷に現れると、支離滅裂な言葉を口にして焼身自殺したらしい。
なぜ縁もゆかりもないルオーバー家を襲ったのか。
裕福な貴族を狙った衝動的な犯行だったのか。
本人しか知り得ない真実を永遠に隠したまま、あの小汚い男はあの世へと旅立った。
今、俺は馬車に乗っている。
なんでも家族を失った俺を、ルオーバー家と親交のあった貴族が引き取って面倒を見てくれるそうだ。
その貴族の使いの者が、俺の傷が癒えた頃に迎えを出し、現在に至る。
襲撃から数ヶ月が経ったが、言葉では言い表せない感情が、未だに俺の心を乱していた。
生まれ変わって容姿も家柄も手に入れたというのに、それを一瞬で、しかも理不尽に失った。
いや、温かい家族というだけで幸せだったと思う。
俺は傍に誰かがいて、優しい言葉をかけてもらえるだけで、それだけで十分だったのだ。
関わる人間すべてに否定され続けてきた人生から転生して、最高の幸福を手に入れたと思ったのに。
これからどうなるのだろうと俺が俯いていると、使いの者が馬車を止めた。
「ここで降りろ」
俺と顔を合わせた時とは別人のような態度で、使いの者が声をかけてきた。
その態度に苛立つ気力もない俺は、言われるがまま馬車を降りると、そこにはとある集団がいた。
腰や背に剣を差した柄の悪い男たちだ。
父と親交のあった人物の顔を知らない俺は、一瞬だけ彼らが貴族だと思ったが、すぐに気がついた。
連中は外見からして盗賊だ。
きっと俺は、あの使いの者だという男に騙されて、この連中に売られたのだ。
両親を失った子供が人さらいに捕まるというのは、俺がいた世界でもあり得る話だった。
治安の悪い国では日常茶飯事だとか、ネットか何かで見た。
この世界は魔法があるとはいえ、中世ヨーロッパを基本としていると思われるので、その時代に当てはめてみれば奴隷売買があってもおかしくない。
要するに俺は、更なる不幸の底へ落ちてしまったのだ。
使いの者を名乗っていた男は、その盗賊の頭と思われる人物と言葉を交わすと、すぐにその場を去っていった。
一度も俺のほうを見ることなく、家畜でも引き渡したかのように。
「ついて来い、小僧。言うとおりにすれば乱暴なマネはしねぇ」
普通ならここで泣き喚いたりするのだろうが。
幸か不幸か、前世で中年まで生きた記憶がある俺は、取り乱したりはしない。
向こうはこっちのことを十代のガキだと思って、
そこを突けば、必ず逃げ出すチャンスはあるはず。
今は従順なふりをしたほうがいい。
俺は人さらいに連れて行かれ、地下牢へと放り込まれた。
そこには俺と同じくらいか、それ以上に幼い少年少女がおり、誰もが泣き疲れた顔で俯いていた。
錆びた鉄格子と周りは土の壁。
もちろんボロボロでも鍵は閉められている。
出口は牢から出られさえすれば、階段を上がってすぐだ。
何か道具があれば脱出できそうだが、当然そんなものは持っていない。
「ねえ、あなたは大丈夫? いや、ごめんね。こんなところに連れて来られて、大丈夫じゃないよね……」
俺が周囲を調べていると、声をかけてきた人間がいた。
それは俺と歳の近そうな赤毛の女だった。
こんな状況でよく他人の心配ができるものだと適当に返事をしていたが、その赤毛の女の優しさが、亡くなった家族のことを思い出させた。
震えながらも無理に笑顔を作り、他人を安心させようとする姿――。
きっと俺の家族だった人たちも、この赤毛の女と同じように、たとえどんな酷い時でも他人を気遣うだろうと。
「……俺はネムレス。お前、名前は?」
「わたしはフィー。ただのフィーだよ」
「フィーっていうのか。……大丈夫だ、今に俺がここにいる全員を逃がしてやる」
赤毛の女は呆気に取られていた。
当たり前だ。
剣も魔法もまだろくに覚えていない子供が、そんな大きなことを言っても信じられるはずもない。
だが、俺には前世の経験と知恵がある。
けして自慢できるような人生を送っていたわけではないが、人さらいの連中は頭が悪そうで油断もしていそうだったので、上手くやればなんとかなる。
それでも全員とは口にしつつも、確実に犠牲は出てしまうと思われるが……。
「フィー、会ったばかりで悪いが、今から俺の言う通りにしてくれ」
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