炎の化身

――王国歴1484年 4月 決戦六日目 スルト城


 バーノンは大剣、爆炎大刀ばくえんたいとう炎魔えんまをムーアに向かって叩きつけた。ルドル程の速さでは無いとは言え、二メートルの斬撃が振り下ろされる状況は圧巻であった。ムーアはそれを左右に躱すか、後方に飛び退くか、決断を迫られるが、バーノンの持つ大剣に嫌な雰囲気を感じとり、早めに後方に飛び退いた。

 バーノンの大剣が、地面に『着弾』すると、ズドン! という重たく深い爆発音を立てて、大剣から爆炎があがった。

 その爆風を受けて、ムーアは背後の壁に叩きつけられた。それを見ていたムーア隊員は、思わずこぼす。


「あ、危ねえ……左右に避けていれば、爆炎の餌食になっていた……」


 体勢を整えたムーアは、バーノン相手に自身の魔法を展開するか考えていた。


(爆炎は恐らく魔法、反射は出来る。だが、あの大剣は魔法で召喚したものでも実体があるように感じる)


 実際の戦場では、魔法も使える戦士や、戦闘能力の高い魔導兵士など、当たり前に居る。だが、そのほとんどがどちらかに決め球を持っているので、その脅威に対して最大限警戒しながら戦闘を行うのだが、バーノンの攻撃にはそれが存在しない。バーノンの放つ一挙手一投足が致命に至る。


(一度でも誤れば間違いなく終わりだな……)

幾千もの戦いを経験しているムーアは、今の一撃で直感した。


 いくらムーアが大陸内で最上位の実力を持っているとは言え、魔法発動までの無防備な時間を減らすことが出来ても、高度な魔法の詠唱を完全に省略することは出来ない。ましてや、目の前のバーノンの目を盗んで詠唱を行うことは、至難である。

 爆破した大剣を見ていたギークは、鞘を握りしめると、その鞘に魔力を込め、自身の姿を消失させた。バーノンは、ムーアを警戒しておりギークを見ていない。

 特殊な足捌きで土埃一つ立てずに、姿を消したギークがバーノンに近づいていく。ギークがバーノンまであと五メートルといったところまで近づいたその時――。


 ブオンッ!


 バーノンは前触れもなくギークの方向に振り返り、大剣を振り下ろす。


 振り下ろされた大剣は再び爆炎を引き起こし、それを受けて透明化していたギークが姿を現す。

 姿を現したギークは、爆炎に向かって血塗れの剣をかざしており、爆炎は剣に吸い込まれていく。爆炎を魔法と判断し、ギークは吸収する判断をした。が、これは間違いであった。吸い込まれていく爆炎の中に極小のルーン文字を見たギークは、咄嗟に後ろに飛び退く。

 しかし、既に時は遅く、剣に吸い込まれていく爆炎自体が連鎖的に爆発を引き起こし、血塗れの剣の吸収許容上限を僅かに超えた。

 ギークは至近距離で爆炎を受け、両腕に火傷を負いながら後方へ吹っ飛んだ。その軌道にムーアの仲間が丁度待機しており、二人がかりでギークを受け止めた。


「バーノンの爆炎の中に複数のルーンを見たっ! 爆炎の正体は、複数の魔法の混成爆破だっ!」


 ギークは、休む間もなく大声で叫んだ。対魔導兵士戦では、情報の共有が生死を分ける。ムーアは、それを聞くと益々、自身の魔法を展開出来なくなった。

 ムーアの反射魔法は、一度球体に魔法を記憶させる必要がある。それが複数となればそれなりの時間が必要である。爆炎内に存在する複数のルーンの記憶を行ったとしても、記憶されていないルーンが少しでも残っていれば、それを別魔法と認識した球体は爆炎を反射することはできない。この場でその事態が起こる事は、つまり死を意味していた。

 そう言っている間にも、バーノンはムーアの方向へゆっくりと向かってくる。状況が芳しくないと考えた、ムーア隊員は、投擲武器などを使いバーノンの足止めを狙うが、鉄製の投擲武器がバーノンの体から発せられる魔力に触れると、強烈な熱気で、蒸発し、ただの一秒ですら足止めは出来なかった。しかし、彼らの本当の目的は投擲武器による足止めではなかった。


 突然、バーノンの足元に魔法陣が現れると、床が柔らかくなり、足がめり込んでいく。これは、ムーア隊四名のうち、二名が投擲武器を投げ、他二名が共同で詠唱したスコールバルトである。

 本来一名で詠唱することが基本であるこの魔法だが、二名で詠唱を行うことにより、詠唱自体の短縮と、遠隔起動を実現させた。


「冥府と無限

 永久と天上

 彼の者と彼岸

 たゆたえども沈まず」


 その隙にムーアは詠唱を始める。バーノンは、足元に魔力を込めると、すぐさまスコールバルトを解除する。


「不条理に進み

 条理に没す

 反転する因果の理

 我の言葉を持って使命を果たせ

 フルフレクティア・リヒッ!」


 ムーアの魔法陣が玉座の間に展開した。ここにきて、改めてムーア隊は体制を整え直す。


 ギークは焼き爛れた両手で血塗れの剣を握り、バーノンに向かって振り、大剣から出る魔力を吸い、吸収許容上限に達しないように注意し、ムーアの球体が残りを記憶するために奪い取った。バーノンはそれを察すると、ある懸念が頭を過り、退かざるを得なかった。

 ムーアとギークの連携が叶い、バーノンの大剣の爆炎封じは成功した。更に、爆炎の魔法は、反射が出来る様になり、少しずつだが、流れが変わり始めた。


「ドラッド! 強襲陣で行くぞっ!」


 ムーアが隊員の中で一際大きな男に声をかけると、ドラッドと呼ばれた男が背後にいる三名の隊員にハンドサインを行う。

 そのハンドサインを見た隊員は、四方に散り散りになり、バーノンを包囲した。


 ドラッドは大戦斧だいせんぷの使い手で、魔法は光球魔法を使う。しかし、魔法のコントロールはイマイチなので、あくまで光球魔法は、回避行動を取る者などを追撃するためなど、補助としての使用が主である。所持している大戦斧は、大きさこそガーラントの持っていた槍斧に似ているが、刺突性能が無いため、扱いとしては殺傷能力の高い斬撃と柄の部分を使った棒術のような打撃に絞られる。

 また、刃の部分には「遠隔起動」のルーンが刻まれており、現在バーノンを挟んで向かい側にいる、小太りの男、ディッケの補助魔法により筋力増強の効果が発生している。

 強襲陣は、ムーアがスラム時代からの愛用の布陣であり、戦闘能力の高いドラッドとムーアの連携を駆使した戦闘方法である。ムーア隊の中でも決定力のあるドラッドの斬撃と棒術、ムーアの様々な武器や魔法による多彩な攻撃は、格上の相手に使うことの多い布陣である。


「老いてなお、全盛期というのは本当らしいな」


 ムーアは、球体を操りバーノンの爆炎を反射しつつ言う。バーノンは先程とは違い、大剣を地面に打ち込むことはなく、横薙ぎにして、広範囲に爆炎を巻き起こす。


「スラープ! 障壁を展開っ!」


 合図と同時に、小柄で垂れ目の男スラープが、ドラッドの目の前に障壁魔法を展開する。ドラッドは、バーノンの目の前に行くと斬撃を繰り出し、距離を詰めるが、英雄バーノン大王に対して深追いはしない。バーノンが反撃をしようとすると、横から氷の槍が飛来する。

 ムーア隊の槍兵であるコートビーが、その長身を生かし、魔法で作った氷の槍を全身のしなりを使って投擲してくる。バーノンにとって、飛んでくる槍など、ましてや、氷で作られた槍などは避けるまでもないのだが、氷の槍がバーノンの熱で溶けると、一気に水蒸気になり視界を悪くする。これが、厄介でドラッドを仕留めることができなかった。

 更に、その水蒸気に混じり、姿を消したり現れたりするギークが更に厄介で、何としても血塗れの剣を避けたいバーノンにとって意識をかき乱された。


 だが前線のムーア、ドラッド、ギークからしてみれば、翻弄しているという感覚は全く無く、いつ誰かが欠けてしまえば、この連携は崩れ、全滅は免れないものであるというのが共通の認識である。

 現に、バーノンを追い詰めようと、包囲を徐々に狭めていくが、バーノンが足を踏み込むことで発生する衝撃波により、布陣を崩され振り出しに戻ってしまう。


 いよいよドラッドの体力が、見てわかるほどにすり減ってきていた。この中で、ムーア、ギークが規格外であるため、参考にはならないが、隊長格でもない者が、この場で立ち回っていることが既に異常であった。

 他の仲間もそれに気がつき、ドラッドを支援するが、それでやっと肩を並べる事が辛うじて出来るというだけで、実力的には大きく離れていた。せめてもの救いとして、ムーアと、スラム時代からの仲間の中でも古参のドラッドとの連携は完璧であり、そこの連携のズレによる疲労などは一切無かった。


 当然、バーノンもそれに気が付いているが、敢えて泳がせていた。次、ドラッドが深く踏み込んできた時には、大剣を叩きつけ、爆炎の餌食にしてやろうという思惑だ。


 案の定、ムーア、ギーク、ドラッドによる連携が始まると、ドラッドが前に出るタイミングがやってきた。ムーアやギークに警戒している素振りをして、このタイミングを待っていたバーノンは、ここぞとばかりに、大剣を強く握りしめてドラッドに打ち込む。


――ズドンッ!!


 爆発音が玉座の間に鳴り響く。


 が、次の瞬間、放たれたその爆炎はバーノンを襲った。

 バーノンは、すかさず、爆炎を魔力を込めた左手でかき消すが、完全に体勢を崩してしまった。


 ドラッドの目の前には、ムーアの手元にあったはずの球体が出現しており、この展開を読んだムーアが予めドラッドの背後に隠していた球体が窮地を救う。


 この隙を突いたギークが、バーノンの大剣目掛けて飛び込んでいった――。

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