大王降臨
――王国歴1484年 4月 決戦六日目
スルト城周辺の軍人街は、戦地と化していた。
スルト城は、降灰の重みで押しつぶされないように、あるいは、外部からの破壊活動から身を守れるように、城壁を非常に厚く建設をされている。その為、城の大きさからは考えられないほど、内部の構造は小さくなっており、アリーシャ城のように内部に居住区を設置することは出来なかった。
その為、城の近辺に軍人の住宅施設を設置したのだが、これは同時に城下町を軍事の住宅施設にすることで、外部からの侵入を拒む防衛ラインとしての意味も兼ねており、スルト城はこの軍人街を含んでのスルト城と言える。
現在、軍人街にてミクマリノ軍の指揮を取るのはギークであり、これはヴィクトから賜った特命であった。ヴィクトとギークは、本来は原魔結晶石の元へ「とある理由」から向かっていたが、物見からムーア隊がスルト城へ向かっているとの報せを聞くと、ヴィクトが不機嫌そうにギークに告げた。
「流石に嗅ぎ付けてきますか。彼は宜しくないですね、実に不愉快だ。此処の原魔は諦めましょう」
急遽作戦を変更し、ギークだけをバーノン大王のいるスルト城へ向かわせた。ヴィクトの策略について語られると厄介なので元々始末する予定ではあったが、ルストリア軍の中枢にいるであろうムーアの登場により、これが急務となった。
ムーアが先にバーノン大王に辿り着き、事の顛末を暴露されれば全て無駄に終わる、更にヴィクトが目撃される事も不利益にしかならない。ギークとその場で別れると、ヴィクトはラミッツの国境要塞を目指して馬を走らせ、ギークは兵を連れて軍人街へと進路を変えた。
普段であれば軍人でごった返している軍人街であるが、現在は防衛の兵士達が布陣をひいており、殺伐とした雰囲気である。そもそも、ほとんどのスルト兵はラミッツへ出兵しているため、防衛の為に布陣された兵の数は少ない。ましてや、ルストリアとの国境が抜かれたという情報も無いうちに、内部でミクマリノ兵が反旗を翻した為、軍人街は大変混乱していた。
そんな混乱の渦中で、圧倒的な実力と、速度で街の中を駆けていくギークの姿があった。防衛を行っているスルト兵は、ギークの素早く手際の良い殺人術に、成す術もなく殺されていく。
スルトの防衛兵達は、最新式の金属製の全身鎧を着て立ちはだかる。ギークはそれに対して、剣で応戦かと思いきや、剣は抜かずに鞘を両手で掴み、丸い
ギークが持つ特殊な剣は、グリップ部分に留め金がついており、これを解除しない限りは鞘から剣を抜くことができないようになっている。刃物ではなく鈍器として扱い、全身鎧を着ているスルト兵の胸元から首付近を狙って、柄頭を打ち込む。
すると、その部分の金属が変形し、鎧を着用している者の首を絞める。全身鎧は、防御力が高く、機動力を必要としない防衛戦においては有用に働く。視界が悪いことや、小回りが効かない点は、複数名での連携により、これを解決していた。
ギークはこれを逆手に取り、狙われないと油断している隙間の無い鎧部分に的を絞る。金属鎧は、一度変形してしまうと、それを自力で直すことは難しく、また、変形した箇所によっては、相手の呼吸や脈を圧迫させることが出来る。ギークからしてみれば、的だらけの動きの鈍い烏合の衆であった。ギークは軍人街を颯爽と駆け抜け、難なくスルト城の門前までやってきた。
しかし、ここにきてギークはぎょっとする。
「……ミクマリノのギーク大佐?」
なんと、すぐ後ろからムーアとその仲間が合流してきたのだ。今、最も出会いたくなかった人間であり、ここに居られては困る人間が目の前に立っていたが、ギークはそれをおくびにも出さずに挨拶を交わした。
「これはこれは、ルストリアのムーア殿。流石の早いご到着で」
ギークはいつの間にか染み付いてしまった、ヴィクトに似た話し方を少しだけ恥じた。ムーアは、戦場でありながらニコリと微笑むとギークに言った。
「いえいえ、ギーク大佐殿のお陰ですんなり此処まで辿り着けました。そういえば私、スルト城の内部に入ったことがないもので、迷ってしまったりしたらどうしようかと思っていましたが、貴方が居れば安心だ!」
ギークは、それに対してこう言う。
「それであれば、申し訳ない。大佐になってから日が浅いもので、外交でスルト城を訪れたことがまだないんですよ。マグナ掃討作戦の時に、一度訪れたきりで、そういう意味ではムーア殿も一緒なのでは?」
ムーアがカマをかけて話している事にギークは気付き、これにも淡々と対応する。もしも、ミクマリノがスルトを
「そうでしたそうでした! 近頃、年のせいか少し忘れっぽいところがあって参ってしまいます!」
そう言って、ムーアとその仲間は、スルト城の中へと進んでいった。
「そんなこと言って、ムーア殿はまだまだお若いじゃないですか! 惚けるには早いですよ」
全く笑っていないギークは、笑い声を含みながら言うとムーアの後に続いた。
スルト城内は、エスパーダ程ではないものの、精鋭の魔術師が複数名配置されていた。しかし、歩兵はほとんど出払っており、ムーア隊を先頭にギークはサポートに徹することで、素早く侵入していった。途中の大広間では、バーノンの親衛隊と、上級大将のフラットが待ち構えていたが、ムーア隊が親衛隊を掃討し、ギークがフラットを相手取り、互いの戦闘に互いが干渉することはなかった。
ムーア隊の戦闘技術は言わずもがな鮮やかなもので、それこそ赤子の手を捻るように次々と魔導兵士を撃破していく。一方で、ギークは大陸内において
もしも、ここに来たルストリアの人間がムーアでなければ、戦闘中に事故と称して殺害してしまう可能性だってあっただろう。いや、ムーアであろうと、その隙があればすぐにでもそれを試みる覚悟はあった。
だが、取り巻きのムーア隊の完成された動きに隙は無く、何より戦闘の申し子の様なムーアには、隙など微塵もあるはずがなかった。
やがて、ムーア隊とギークはバーノン大王が居ると思われる玉座の間の扉の前にたどり着いた。
「ロット、ここで待機だ」
ムーアは治療魔法を得意とするロットに、玉座の間の扉の付近で待機するよう言いつけた。この先、起こるであろう戦闘を考えると、戦闘中に治療を行う余裕は無い。戦闘終了後に治療か、あるいは、バーノンとの戦闘時に仲間の内の誰かが傷つき、他の誰かが玉座の間から運び出せた場合に治療を施す為である。
ムーア隊は、確かに実力者揃いではあるが、勇猛なスルト兵とは明らかに毛色が違う。隊員は、戦闘において命知らずに飛び込む者は少ない。これは、どんな劣勢であっても生きてさえいれば、ムーアが戦況を変えてくれる、という信頼があるからである。熱気に包まれた戦場において、熱狂に流されない強い信頼関係、それに加えてムーアの正確な分析と指示、これがムーア隊の異常な完遂率を裏付けていた。
扉の前にギークがぴったりとくっつき、ムーアの顔を見て準備ができたことを確認する。ムーアがコクリと頷くと、ギークは素早くその扉を開けた。
「バーノン大王っ!」
飛び込んだムーアがバーノンを呼んだが、玉座の間には誰もいない。
周囲を見渡すと、重たい石が擦れるようなズズズ、という音が室内に響いた。それは、玉座が動く音であった。
玉座が後方にずれていくと、その下に下り階段が設置されていた。これは、バーノンと一部の関係者しかしらない修練の間へ繋がる、唯一の通路である。修練の間は、文字通り、バーノンの鍛錬の場であり、かつてはボルグ兄弟の住まいでもあった。
――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
階段の下から足音が聞こえてくる。ムーアとギークは階段の上にある玉座に一点集中した。
「この不届き者共が、ここが儂の城であると知っての狼藉であろうな?」
ついに顔を出したバーノン大王を前に、その場の全員に緊張が走った。
「おのれ、奴め。儂を図るとは、全く忌々しい男だ」
ギークは、これ以上バーノンに余計な事を言わせまいと、すぐさま投げナイフを投擲し、戦闘を開始した。
「我々はお前の脅しなどには屈しない!」
「何を訳のわからんことをっ! 元はと言えばっ……」
そう言いかけた時、ギークは腰に刺した剣を留め金を外し、鞘から引き抜く。バーノンは、警戒せざるを得ない状況となり、口をつぐんだ。というより、話をする余裕が無くなった。
ギークが引き抜いたその剣は、ミクマリノの国宝である『血塗れの剣』であった。
赤黒い刀身は、ルーンを刻み込んだ鉄を折り返しては叩き、またルーンを刻み込んで折り返す、その工程を三世代にわたり数十万回繰り返すことによって、半永久的に魔力を宿す魔法剣になった。
血塗れの剣には、魔力吸収の効果が付与されており、半端な魔導兵士であれば、直接当たらずとも、付近で剣を振り回されるだけで、魔法を発動することが難しくなる。それはこの剣の魔力を吸い上げる力が非常に強い為、体内で練った魔力を乱されてしまうためだ。
また、吸い上げた魔力は、鞘に吸収され、その鞘を使用することで様々な魔法を使用することができる。
「小癪な……そんなものを持ち出してきおって。貴様を殺して、儂のコレクションに加えてやるわっ!」
そう言って、バーノンがその場を強く踏みしめると、足元に魔法陣が出現し、衝撃波を起こした。ギークとムーア部隊四名が、部屋の入り口まで吹き飛ばされてしまう。間髪入れず、背後に回ったムーアが剣を振り下ろそうとするが、床から大きな墓石のような岩盤が飛び出し、ムーアの顎を突き上げた。
「……なかなかやるな、ご老体」
ムーアは、切れた唇を手で拭いながら言う。ギークも、すぐに体勢を立て直すと、バーノンに向かって剣を構えた。
「儂一人なら、討ち取れると思ったか?」
バーノンが、目の前の何もない空間を握ると、二メートルほどの非常に大きな剣を空間の裂け目から取り出した。
「刮目せよ!
途端に、部屋一帯が熱気に包まれ、その場にいる誰しもが冷や汗をかき、バーノンの挙動に全力で集中した――。
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