非情と憎悪
――王国歴1484年 4月 決戦二日目 スルト領土内 フラガ
エレンス山から歩いて八時間ほど西へ進んだところに、フラガという小さな村がある。このフラガという村は、戦死した者の家族達が身を寄せ合う村であり、裁縫などの仕事に勤しみながら生活を行なっている。
主な住人は、重度の後遺症を負った戦場復帰が難しい男や、老人、未亡人、子供である。その為、ミクマリノがスルトを制圧するにあたり、後回しにされていた村である。
ムーア部隊がここに到着すると、ミクマリノ軍がちょうど制圧をし終わったところであり、村人も特に抵抗する様子は無く、即席で作ったであろう竹の檻に詰め込まれ、一箇所に集められていた。
「戦地の村は、嫌な気分ですね」
そういってムーアの横にくっついてくる男はクボーナーと言い、ムーア隊の中で三番目に実力のある男であった。ちなみに、クボーナーの名前もムーアが付けており、ムーアの母国の言葉で「癖毛」という意味である。
ムーア部隊が到着し、村の中を散策していると、それに気がついたミクマリノ兵が敬礼の姿勢をとる。ムーアはそれに対して美しい敬礼の姿勢で答えたが、心中は複雑であった。
フラガでは、特に争った形跡があったわけではないが、力無い村民が一つの檻に固めて詰め込まれている様や、生活感を感じる住居から村民だけが居なくなった様子を見ると、悲壮感を覚えずにはいられなかった。
――ドンッッ!!
唐突に村の奥から爆発音が聞こえる。ムーア隊は、それに機敏に反応すると、爆発音がした方向に警戒しつつ足早に向かった。
「撃ち方用意っ!」
爆発音があったであろう場所にミクマリノの弓兵が集まっていた。二十名近くの弓兵に取り囲まれているその先には、木造の小さな住居と、頭から血を流し倒れている女性、それを守るように仁王立ちしている一人の少年が居た。
近くに居た兵士から、状況を確認すると、この住居に住んでいた女性とその子供を連れ去ろうとしたところ、その女性が魔法を発動しようとし、それに慌てた兵士は、その女性を殴りつけ、殺してしまった。
それを見て激昂、錯乱した少年が詠唱もなく魔法を発動、その場にいた兵士三名を跡形もなく焼いたらしい。
「ふーっ……ふーっ」と息を荒くする子供は、体から湯気が上がるほど興奮しており、今にもオーバーフローが起きてしまいそうな様子だった。
弓兵は、射撃許可を待ちながら弓を引いている。
「待てっ!」
ムーアがその包囲網を超えて、少年に近づく。
「危険です! 下がってください!」
ミクマリノ兵が、止まるように言ったものの、ムーアは無視して子供に向かっていった。少年はムーアに掌を向け、魔力を集中させる。
「子供、手を下ろせ」
「子供じゃない! ウィルズだ! お母様からいただいた大事な名だ!」
ムーアが一言声をかける。ウィルズは狼狽するばかりで手を下ろさない。
「おい、ウィルズ。それが何かもう理解しただろ? それは、人を殺せる力だ。手を下ろせ!」
「ふざけんな! お前らが勝手に村を荒らして……お母様を殺したんだろうが!!」
ウィルズは、極度の興奮状態で、魔力をそこいら中に振りまきながらも、まとまりの悪い魔力を無理矢理に右手に集めた。
「……そうだな。分かった、俺に撃ってこい」
ムーアは、臨戦態勢に入る。それに反応したウィルズが、集まった魔力を撃ち出そうとした、次の瞬間――。
素早くウィルズの背後に回ったムーアが、魔力の集まった右手を掴み空に向ける、と同時に魔法は勢いよく上空で暴発した。
オーバーフローを起こし、気を失うウィルズの掌から、サイズは小さいが大王の怒りを彷彿させるような、超高火力の火柱が上がった。
火柱が収まると、ムーアはウィルズを抱き抱えた。
(無実の人間が苦しみ、殺され、こんな辛い思いまでして復讐に走る。……本当に救われない世界だよな)
幼い頃からスラム街で奪われ続け、痛みと常に隣り合わせで生きてきたムーアは、戦争で起きる無慈悲な悲劇に、ただただ苛立ちを嚙みしめた。
「この件は、ルストリアが預かる。亡くなった兵のことで何かあれば、ルストリアのムーアに責任があると、上官に伝えよ」
ムーアはそう言うと、周囲にいたミクマリノ兵を追い払った。すぐに近づいてきた、クボーナーがムーアに近づいて言った。
「無茶しすぎですよ! 魔法が当たったらどうするつもりだったんですか! 周囲丸焼けですよ!」
それを受けてムーアは、鼻で笑う。
「当たらなかっただろ?」
そう言い、そのままクボーナーにウィルズを預け、一度ルストリアに帰還する様に言いつけた。倒れたウィルズの母親は、既に事切れており、丁重に弔うよう重ねて言いつけた。
ここで、ムーアは現在当初の半数になっている隊員を更に分け、隊員の中でも上位の実力者のみを同行させ、少数精鋭でバーノン大王捕縛の為に、スルト城へ向かうことを決意する。
これより対峙するバーノンは、規格外の化け物、ムーア隊でさえ確実に死者を出す事は明白であった。数百の未来ある兵士を無駄に殺してしまうより、少数精鋭で確実に仕留める方針を取った。
ムーアは、この村で夜を明かした後に、スルト城への最短ルートである北の険しい道を仲間と共に、行くのであった――。
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