スラムの精鋭
――王国歴1484年 4月 決戦二日目 スルト領土
「お頭ぁ! こいつぁやべー!!」
カールが、エスパーダの放った火球を避け、スルト兵二名を大槌で吹き飛ばしながら叫ぶ。
「……」
ムーアは、付近にいるルドルを警戒しながら、一人、また一人と着実に数を減らしていった。ルドルは、ムーア隊から徹底的に避けられ孤立していた。
これは、ムーア隊の基本姿勢で、ムーアが予め注目した人物を避けて戦闘する仕組みが作用している為である。そして、五名一組になって戦う、細分化された軍事指揮が、ムーア隊の生存率を飛躍的に上げていた。また、ムーアの強烈なカリスマから、功を焦り飛び出す者は皆無で、八百人の兵士がまるで、一つの生物のようになって戦う。
スルト軍の面々は、ミクマリノ兵との戦闘があったにも関わらず、勢いは衰えず、ムーア隊に喰らい付いてきた。特にエスパーダ二名が非常に厄介で、一人はスルト兵の持っている剣に火炎を宿す魔法を使用し強化を図り、一人は風を操り、ムーア隊の連携を崩すような動きをした。だが、それでもムーア隊の制圧力が勝り、カールによって一名のエスパーダが討たれると、雪崩式にスルト軍は崩壊していった。
ルドルは、その様子をさして気にすることもなく、ゆっくりとムーアに近づいてきた。ムーアもそれに気付き、ルドルが目の前に来るのを待った。
「ルストリア……人でありながら人を裁く愚かな人種。またも、私の前に現れるか」
ルドルは、独り言のように呟く。
「御託はいい。かかってこい」
ムーアは、片手でロングソードを構え、ルドルを見つめた。
十メートルほど離れた場所にいたルドルは、瞬間移動のようにムーアの目の前に現れると、駒のように回転し、ムーアの胸元を切りつけた。
ムーアが着用している、魔導兵士専用の特殊金属が織り込まれているローブが、紙のように裂けた。ルドルは、更に踏み込むと、ムーアの股の下から顔に向かってカタナを切り上げた。ムーアはそれに気がつくと、後方に飛び退いた。
「ヘルドットは殺したのか?」
戦闘の最中、ムーアはルドルに尋ねた。
「ああ、殺しただろうな。そこいらの屍の山のどこかに居るだろう」
「ヘルドットは相当な使い手だったろ? ましてや、近接戦闘で戦うとなると相当厄介なはずだ」
ルドルの目にも止まらぬ連続攻撃を、ひらりひらりと躱しながら、ムーアは会話をする。そして、少し距離をとると、ムーアは手のひらに魔力を集めた。それを見たルドルは、妨害しようとするわけでもなく、何が起きるのかをただ見ていた。
「ま、実際試してみた方が早いな」
そう言って、ムーアが自身の持っているロングソードに魔力を込めると、自身の足元に深く突き立て両手を添えると、ムーアは詠唱を始めた。
「冥府と無限
永久と天上
彼の者と彼岸
たゆたえども沈まず
不条理に進み
条理に没す
反転する因果の
我の言葉を持って使命を果たせ
フルフレクティア・リヒ!」
剣に重ねたムーアの両手が強く発光すると、やがてその光が剣を伝わり、大地に落ちていく。途端に光が広がると、ムーアの周囲十五メートルに巨大な魔法陣が描かれた。その巨大な魔法陣の中に、直径一メートルほどの白い小さな魔法陣が描かれており、そこから、人間の頭と同じくらいの大きさの白い球体が飛び出すと、ゆっくりとルドルの方向に向かって動き出した。そして、ルドルまであと数メートルというところで、球体は一気に速度を上げた。
ルドルはムーアの詠唱中、襲いかかることはせず、目を逸らさずに精神を統一させた。ヘルドットと相対した時も同様であったが、ルドルは相手の出方を見てからでも十分に対応できる速度を保有している。
「大層な強者かと思ったが、この程度か」
ルドルは小さくつぶやくと、その場でカタナを素早く振る。
すると、ルドルの持つカタナから、鋭い風の斬撃魔法が素振りと同様の軌道を描いて放たれた。ムーアの放った球体にその斬撃が当たると、球は綺麗に真っ二つに割れ、それと同時に霧のように消えてしまった。
「興が削がれた」
そう言うと、ルドルはムーアに向かって歩き始めた。気がつくとムーアの前には、先程とは色もサイズも若干異なる、複数の赤い球体が浮かび上がる。それを見たルドルが怒りを露わにした。
「くだらん、実にくだらん。何度やろうと同じこと」
ルドルは、カタナを目の前で数回振ると、複数の斬撃魔法がムーアに向かって飛んでいく。先程とは違い、球体を切り裂くだけではなく、直接ムーアに届くように放った。すさまじい速度で斬撃魔法が飛んでいくが、ムーアはこれを微動だにせず、じっと見つめている。
ムーアの目の前にある球体に、ルドルの斬撃魔法が届くその瞬間――。
それは消滅し、球体は激しく発光をして、すぐさまに斬撃魔法が『ルドルに向かって』飛び出した。ルドルは咄嗟に避けるも、自分の斬撃魔法が的確に追尾してくる。やむなくそれをカタナで振り落とした。
ムーアの固有魔法は、反射魔法である。
反射魔法という種別は、この大陸において希少ではあるが、その中でもムーアは「
例えば、魔法で作られた火球は反射出来るが、火球に視界を失わせる魔法が付与されていた場合、火球は反射できるが、自身の視界は失われてしまい、相手へ打ち返した火球には視界を失わせる機能は付与されない、ということである。
ムーアの形骸反射魔法には手順があり、まず発動した巨大な魔法陣の中にある、白い小さな魔法陣から、白い球体を作り出す。そして、それを相手の魔法攻撃に当てると魔法陣の色が赤色に変化。するとすぐに赤い球体が魔法陣から射出、これで反射の準備が完了となる。
赤い球体の周囲は光の膜で覆われ、これに触れさせる事が条件となる。赤い球体に魔法攻撃が当たると、反応し魔法を反射する。その速度は撃たれた魔法と同等の速度で、自動追尾で相手へ跳ね返す、更にこの反射魔法は、必中である。
操作はムーア本人がしているため、相手の攻撃を当てさせるよう誘導したり、反射の為の赤い球体の操作も全て、自分で行っている。複数射出することは出来るが、その数だけ操作の難易度が上がる事は言うまでもない。
球体の可動範囲は、巨大な魔法陣内の直径三十メートルが限界であり、逆に仲間が魔法陣の中に入れば、球体が仲間を魔法攻撃から守ることも可能である。使い方次第では、反射だけではなくバリアの役割さえ持つ、汎用性の高い高等魔法である。
当然、的を外せば反射魔法は発動しない。それどころか被弾してしまうが、狙いが自分であると分かっていれば、目の前に連ねて展開しておけば、まず外れる事はない。
鉄壁に思えるこの反射魔法に弱点があるとすれば、燃費の悪さである。発動中は魔力を消費し続ける事になり、更に球体分の魔力も上乗せされ長時間の運用が困難であった。
しかし、ムーアは魔法陣の質を底上げする事により、これさえも乗り越えている。魔法陣内における魔法、魔力を帯びた物体、人体から継続的に微量ではあるが、魔力を奪い取り「吸収」する効果を付与したのだ。これにより長期戦であろうが、ムーアは戦い続けられる力を手に入れた。
形骸反射魔法の到達点とも言える、完璧な魔法「フルフレクティア・リヒ」。しかしながら、改良を加えれば違う何かが問題になる、というのが魔法の常であり、この仕様にした為に起きた問題がある。
仲間の魔力でさえ吸収してしまう事。更に厄介なのが、日に一度発動する事が限度となった。
仲間の魔力を吸う事は、ことムーア部隊においては然程問題ではない。むしろ仲間達は、ムーアに対しての「補給」とさえ捉えている。スラム時代を共に過ごした絆と、ムーアの強さや信頼が作り上げた、唯一無二の部隊はムーアを中心として戦闘を展開している。それでも回数が一度きりなので、ムーアが判断を誤れば、部隊全滅のリスクを伴う、精密な判断力が要求される。
ルドルは、自身の斬撃魔法を難なく弾き、漂う球体を見つめた。
そして、一息置くとその場で数十回カタナを振り回し、振り回した数だけの斬撃魔法を再びムーアに、先程よりも早い速度で飛ばした。
ムーアは、球体を巧みに操作し、全ての斬撃魔法を反射する。ルドルもそれを、素早く処理していく。
「反射魔法か……珍しいな。だが、それであれば……」
ムーアは、地面に刺さった剣を引き抜くと、十メートル程離れたルドルに向かって構えた。
「直接切り捨てるだけよっ!」
そう言うと、ルドルは放たれた矢のようにムーアの懐に飛び込んだ。実際その速度は、シーナの短弓よりも素早い。ルドルは、ムーアを横なぎにしたが、ムーアは咄嗟に後ろに飛び退き、なんとか躱した。
「なるほど、自分の血液に魔力を付与して超反応と高速移動を行っているのか」
ルドルは、傷んだ長い髪を風にたなびかせ、ムーアの懐に飛び込むと、再び斬撃を繰り出した。ムーアもこれに合わせて応戦する。
「血中魔法」
これは、通常魔法を使う際に体内の組織や血液を使用し発現させるのが汎用魔法であるのに対して、血中魔法はそのまま魔力を血液に留めて血液自体を触媒にして使用する。
自身への負担が大きいことで魔導兵士として成熟する前に死んでしまうことが多いことや、そもそもこの魔法に耐えることが出来る血液を保有している者自体が希少である為、非常に珍しい魔法であると言える。
また、ルドルはガーラントと同様の魔法「ビスタ・デ・ビエント」を習得しており、適合率の低いガーラントとは違い、斬撃の射出を実現している。これが、飛ぶ斬撃魔法の正体であり、斬撃の速度がそのまま射出した斬撃魔法の速度となるこの魔法と、血中魔法との相性は抜群である。
しかし、常時展開型の魔法であるが故に、魔力消費量は甚大で、常にルドルはオーバーフローの瀬戸際で戦っている。そうして身を削り度重なる過負荷が与えた代償は、ルドルの脳を損傷させ、徐々に過去の記憶を失わせていた。
自分の故郷が焼かれたことや、それを行ったルストリア軍の顔はまだ朧気に覚えているものの、両親の顔や、リーベの村民の顔、将来を誓った村長の娘の顔でさえ思い出すことは出来ない。
何もかも奪われたルドルには、覚えていたくもない記憶が消える事は、好都合だったのかもしれない。
悲劇と皮肉で塗り潰された男が手にした、自傷の血中魔法といえる。
「忌々しいルストリア人め。俺にはもう……失う物などないのだ!」
ルドルは更に魔力を増幅させ、ムーアに斬り込んでいく――。
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