二つ目の戦場
数多くの欲望と、願い、そして使命という呪いのようなものが交差し、渦巻いていた第二防衛ラインは、バルグの放った大王の怒りが収まると共に終焉を迎えようとしていた。ある者は、それを渇望し、ある者は、それに怯えた。
一方で、別行動をとっていたムーアは、長年苦楽を共にしている精鋭部隊を率いて、護封の祠を目指していた。
――王国歴1484年 4月 決戦二日目 スルト領土
スルトの護封の祠に派遣されたヘルドット大尉は、ミクマリノ軍内で五指に入る実力の持ち主である。ミクマリノ軍が近接戦闘の際に用いる
ヘルドットは、祖父から刺突剣術の免許皆伝を正しく受けている。それに加えて、ヘルドットが自身で編み出した「
この魔法は、掌から複数個の光球を生み出し、敵に射出して使用する。まとめてぶつけることで、通常の何倍もの効果が期待でき、相手が素早ければ拡散して射出することも可能で、相手の足を止める効果にも期待ができる。
と、ここまでは通常の光球魔法を連続使用した工夫例のようなものであるが、孤光球魔法は、ここからが本領である。
まず生み出された光球は、発動者の元を離れ、相手に当たったとしても消えない。相手に当たらなかった球も、空中で停止し、その状態を保持する。この特性を利用して、まとめて放った光球を敵地に飛ばし、遠隔操作により爆散させることができる。敵からすれば、避けたはずの光球が消えず、再度稼働して、拡散する、これだけでも相当に厄介な性能である。
そして、極めつけは光球同士を走る熱光線である。浮遊した、光球と光球の間を熱光線が走り、その間にいる人間を貫通し、ダメージを与える。激しい熱に包まれた、光速の熱光線は被弾するとその部分を打ち抜き、鉛筆ほどの太さの穴を開ける。その傷口は、綺麗な円形をしていて、焼け焦げる為に出血は起きない。
肉や骨を貫くだけならば、行動できる者はいるが、体の内部にある、神経や腱にあたるとどんな強者でもそれに関連する部位は動かせなくなる。
この厄介な魔法を掻い潜って、発動者本体を叩こうとしても、発動者は刺突剣術の免許皆伝である。つまり、ヘルドットの前に立ちはだかる者は、熱光線、あるいは小剣術により、穴だらけになって死ぬ。中距離、近距離において、ミクマリノ内でヘルドットの右に出る者はいない。
その強さが大陸に知れ渡ったのは、六年前にあったマグナ・ディメント掃討作戦の時である。
マグナ・ディメントを構成する人員は、人数は多くないものの、その全てが魔導士であり、攻撃、防御、支援、治療が全て魔法で行う魔導特化集団であった。戦場の始まりは白兵戦から、という常識が覆され、各国がそれぞれ魔導士を派遣してマグナ・ディメントを追いかけたが、それを取り囲む魔導士の人数が足りず、逃してしまっていた。その時、各国の国王が共同して、マグナ・ディメントを一斉に捕まえる掃討作戦が行われた。
そこでは、それぞれが相性の良い魔導士の隊を組み掃討に向かうわけだが、ヘルドットは隊長として組み込まれ、隊員をほとんど戦没させることなく、全隊の中で最もマグナ・ディメントの人員を討伐した。その後、ルストリアから莫大な報奨金と、名誉勲章を授与されている。ヘルドット本人は欲の無い男で、その莫大な報奨金は全て、ミクマリノ内の異民族の集落の復興に寄付をした。
ヘルドットのこの偉業は、大陸内では有名な話であり、厳しくも優しいその性格から、同じ軍人同士での評判もすこぶる良かった。
そんな彼が、この度の戦争で行うべき任務は、護封の祠の占領である。
バーノン大王が敗戦を察した際に、原魔結晶石を盾によからぬ事を考える可能性があるとして、先にそこを抑えるべく派遣された。直接の上司であるギーク大佐からは、エスパーダがここに訪れる可能性は既に聞いていた為、ルドルがここを訪れた際には然程驚きはしなかった。
嘘が苦手であるため、アンからの使いが度々ここを訪れ、ヘルドットだけでも前線に来いと命令があった際に言い訳を考えるのが、とても大変だったが、なんとか作戦の実行日まで持ち堪えた。
これより、ヘルドット大尉率いる護封の祠占領部隊は、祠の目の前にある砦を落とし、作戦を実行する。
ルストリアから独立遊軍として単独行動するムーア隊は、ルストリア・スルト間の国境で起きている争いに参加し、軽くスルト兵士達を蹴散らすと、ラーグ山岳東のルストリア駐屯基地跡地を確認。
更に東に進み、水位の低い緩やかな川リオ・アパを超えた。その近くにある「チュチョ」という小さな農村がある。ここをミクマリノ軍が武力制圧している真っただ中であり、スルト農民がこれに反発し反乱が起きていた。なるべく被害を抑える為に、これの鎮圧に助力し、完了するとエレンス山が見える、その付近で野営をしていた。
魔導軍大佐であるムーアと、取り巻く隊員のほとんどは、シーナのスラム街出身の元野盗集団である。隊員それぞれの気性はとても荒く、他の隊長からの命令を無視するなど、素行としては悪目立ちする者もいるが、その全ての隊員は一般的な兵とは段違いの実力を持っている。
昔、スラム街の野盗集団のリーダーであったムーアは、ルストリア領土内でも悪事を働いていたが、ベガ率いる警備兵隊にまんまと捕まってしまう。通常なら牢獄行きだが、ベガはムーアの能力を買い、ルストリア軍へとスカウトをした。
これを受けて、スラムを脱する良い機会だと、子分達も入隊条件にムーアはこれに応じて、現在に至る。
軍の中で着々と成り上がっていくと同時に、彼らにも軍人としての自覚が芽生え、ムーアと共に規律を重んじる屈強な軍人として、名を馳せている。
「しかしお頭、バーノン大王を狙いに行くのが総司令からの命令だったのに、こっちに来てよかったんかよ」
焚き火にあたりながら、向かいの岩場に腰をかけムーアに話しかけるスキンヘッドの男は、ムーア隊副隊長のカールである。ちなみに名付け親はムーアで、『カール』はムーアの母国の言葉で「ハゲ」という意味である。
「バーノン大王が原魔結晶石の元に向かっているという仮説を立てれば、それを逆算して行動してればどこかで遭遇するだろ?」
カールは、それをニタニタ眺めて、持っていた酒瓶を一気に飲み干すと周りにいる大勢の仲間に言った。
「なんか、本当に最近のお頭は、お堅くなったよなぁ!」
そうだそうだっ! と周りの仲間はそれを捲し立てた。それを受けてムーアも酒瓶を呷り、カールに向かって言う。
「前にあった、マグナの被害者を弔う慰霊碑の除幕式で、たくさんの人に見られてるとか言って、手と足を一緒に出して行進した男が、よく言ってくれるなぁ?」
これを受けて、周りの仲間は大笑いをした。カールは顔を真っ赤にして下を向いて、呟く。
「じゃあお頭、いつものやつやってくださいよぉ。お堅い軍人になってないと言うのなら、いつものアレやってくださいよぉ!」
それを受けて、やれやれといった具合にムーアが『いつものアレ』をやると、仲間一同は笑い転げ、ある者は失神寸前のところまでいき、夜は刻々と更けていった。
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