百戦目

――王国歴1484年 4月 決戦二日目 シャングア遺跡


 混乱する戦場の中、ドガイはボルグを十回殺し、流石に疲労してきていた。


 この戦場の中で、ボルグは明らかに異質であり、全体の形成は逆転してきたとは言え、正体不明の無限復活を前に、野放しにすることは出来ないと判断し、行動が出来ないようにひたすらに殺し続けた。


「兄貴、魔法の条件を探らないと永久に終わらないよ」


 半ば呆れた顔のノガミ。

「そういうのはお前の仕事だろうが!」


 と、再生するボルグの肉体を見つめながらドガイ。

 確かにそれはそうなのだが、ノガミには皆目見当もつかない。


 そう思っていた矢先、ボンッ! という音と共に、ノガミ目掛けて強弓が放たれた。


 ドガイは凄まじい反射で、それを拳で叩き落とすと、ガランッガラン! と鋼鉄の矢が地面に落ちた。


「嘘、マジ? お前、すごいたくさん殺されてんの?」


 砂煙が舞う戦場に現れたのは、先程カイの魔法により吹き飛ばされた傷だらけのバルグであった。遠くに飛ばされたことにより、ボルグの戦場を見つけ、立ち寄ったのだった。

 バルグは痛めつけられているボルグを見て、恍惚こうこつの表情を浮かべていた。その様子に気味の悪さを感じたノガミであったが、次の瞬間、目の前まで距離を詰められ素早く胸元を切りつけられた。

 バルグは、ここに来る際にそこら辺の剣を適当に拾ってきては、無表情にそれをブンブンと振るっている。

 まもなく、ボルグの体の再生が終わり、その場にいるバルグに声をかける。


「おっせぇぞ」

「ふふふ、お前、何回殺されたの?」

「十二回だぜ」

「流石にやられすぎじゃない?」


 この二人のやり取りを見てノガミは閃く。


「おい、兄貴!」

「ああ!」


『こいつの再生回数には限りがある!』


 バルグは、ノガミににじり寄ってくる。ノガミは多重詠唱の影響で自身に重ねがけするほどの魔力は残っていない。つまり、一段階の障壁魔法しか自身にかけることは出来ず、先程強弓を受けた際にヒビが入ったことを嫌でも思い出してしまう。

 ノガミが自身に障壁魔法を一回だけかけることが出来るのだとすれば、ドガイは障壁魔法を失った場合かけ直しが効かないということである。バルグの登場により、状況は一変してしまった。


 ボルグはその状況をいち早く認識した。


「そのクソ硬え壁を壊したら俺の勝ちぃ」


 ドガイはこの状況を再認識した。


「障壁魔法が壊れる前に殺しきったら俺の勝ちだな」


 ドガイは拳に渾身の魔力を込めると、ボルグの顔を目掛けて打ち込んだ。それをボルグは紙一重で躱す。だが、ボルグの顔はそれでも吹き飛ぶ。すぐに再生したボルグは面倒くさそうに呟く。


「躱しても、魔力が触れただけで吹き飛ぶたぁ、大した魔法じゃねぇかぁ」


 一方でノガミは、バルグに対する有効な攻撃手段を持っておらず、防戦一方であった。バルグは、ドガイとボルグが一対一である限りは必勝だと思っているので、ノガミを真剣に殺そうとは思っていない。

 むしろ、ドガイと懸命に戦うボルグが愛おしくて見惚みとれれきっている。ノガミとの戦闘は、おまけのようなものであった。


 ドガイは、何度も殺した。吹き飛ばした後も距離を詰め、再生する度に殺した。時折、吹き飛んだ肉体側に再生することがあり、ボルグは背後を突いて反撃を食らわし、障壁魔法を徐々に削っていった。

 ボルグが殺される回数があまりにも多く、ペースが速い事に、流石のバルグも焦りを感じ、加勢に行こうとするが、ノガミが執拗に立ち塞がり、これを制止している。

 障壁魔法で保護されているノガミに反撃するのは、非常に難しく、剛腕であるバルグが全力で剣を打ち込んだとしても、強弓ほどの威力が出せるわけもなく、障壁魔法が少しだけ欠ける程度であった。



 パラパラと雨足が弱まりかけた頃、野獣達の血みどろな戦いの幕が、ゆっくりと降り始める――。



 ボルグの振るった手斧が、ついにドガイの障壁を突き破った――。


 束重なる斬撃をボルグは出来るだけ一箇所に絞って打ち込み続けていた。本来であれば、大雑把な性格のボルグが取る戦い方では無い。長年バルグと共に修羅場をくぐり抜けた事で、バルグの持つ合理性が染みつき、気質を越えて、より的確な殺しを会得した。


「すまないっ! 兄貴っ!」


 障壁魔法がガラスを割ったような音を聞いて、ノガミは叫んだ。ドガイは軽く微笑んだが、咄嗟に斬撃を防いだ彼の左腕は、弧を描いて宙を舞っていた……。


 続け様に、ボルグは手斧を振り上げ、ドガイの右鎖骨あたりを狙い振り下ろした。

 だが、その斬撃が届くことはなく、振り下ろした手斧は、ドガイの体の表面を滑るように受け流され、斬撃は空を切った。

 それを見たバルグは咄嗟に手に持った剣を、その剛腕でもってドガイの胴体目掛けて投擲する。その剣がドガイの目の前までやってくると、急激に速度を落とし、空中でピタっと停止し、そのまま地面に落ちた。

 落ちた剣には、沢山の魔力の糸が絡み付いており、ドガイの周りには魔力のベールではなく、幾多の細い糸がふわふわと浮遊している。


「そうか、そうだったんだな――」


 ドガイはこの極限状態の最中、纏繞てんじょう魔法の真髄をここに得た。


 適合率の低い魔法が何故自分に備わったのかを、ドガイは今理解した。


 包み込むべきものを包み、繋ぎ止めたいものを繋ぎ止める。それが、ドガイの魂に刻み込まれた願いであったからだ。


 全てを理解し、今際の際に適合を果たした。


「俺の魔法は俺を守るために発動するわけじゃねぇ。ルストリアの未来を切り開くためにある」


 いつかの彼の言葉は、半分正しく、半分間違っている。


 ドガイの魔法は、守るべき者に寄り添い、討つべきものを貫く、願いと思いが糸となり、絡み合い折り重なって紡ぎ出す。「纏繞する魔法」なのだ。


 切断された左腕を魔力のベールで包み止血し、折り重なった魔力の糸が、素早く蛇のように動くと、ボルグの両手足を補足し、キツく縛りあげた。


「くっそがぁ! こんなもの引きちぎって……」


 ボルグは、全ての力を込めて糸を引きちぎろうとしたが、その細かな糸が千切れては繋がり、千切れては繋がり、断ち切ることは出来なかった。


「いいぜぇ! 殺してみろよっ! また生き返って、てめぇのご自慢の拳をクソうぜぇ弟のケツの穴にぶち込んで、ぶっ殺してやるっ!」


 この時、闘技場の外の馬車に詰められた奴隷のストックは、空っぽになっていた。


 ドガイはボルグの発言を無視すると、魔力の糸を右手に集める。そして、ノガミに向けて一言放つ。


「ノガミ。いつも、心配をかけてすまなかった」


 ドガイの脳裏には、いつも泣いてしがみついてくる弟、ノガミの姿が浮かんでいた。


「おいっ! こんな時に謝るなよっ! 俺だっ! 心配をかけていたのはっ!」


 ノガミは、大声で叫んだ。ノガミの脳裏には、どこに行く時も連れ出してくれる、幼く優しい兄の姿が、何故か、ふと目の前のドガイと重なる。




 兄として生きる、ということは、先を行く、ということ。


 先を行く、ということは、挫けないこと。


 挫けぬ、ということは、諦めない、ということ。


 でもな、そのどこにも俺が兄になった理由はない。


 俺が兄になったのは、ノガミが産れたからだ。


 それまで、ただの泣き虫だった俺は、お前が産れたことで、強くて逞しい兄になれたんだ。


 あぁ、本当に、本当に感謝している。



「ありがとな、ノガミ!」


 ドガイは、限界まで集めた魔力をボルグに向けて放った――。


「兄貴ーーっっ!!」


 ドガイの一撃は凄まじい発光と共に放たれ、全ては光の中に包まれた――。


 暫くし、光が収まる頃には、ボルグの欠片は一つも残らず、ドガイは拳を振るったままの状態で停止した。

 失った左腕からは、ドバドバと洪水のように血が流れだし、どうみても致命傷であった。


「嘘だ、嘘だ、嘘嘘、嘘だっ! ボルグっ! どこにいるっ!」


 狼狽するバルグをよそに、ノガミはドガイの元へ駆け寄った。ドガイの瞳からは生命の輝きが失われ、脈も僅かにしか感じない。


 バルグは、ドガイの一撃で吹き飛んだボルグが、瓦礫の中にいるかも知れないと、探して回った。


「ああああ、嫌だ。嫌だ嫌だ。一人は嫌だ! 嘘だ嘘だ。こんなことは嘘だ。あああぁぁぁ……」


 バルグは虚な目をして、ぶつぶつ何かを言っているようだった。床に転がる、剣を手にすると、それをまじまじと見つめる。


「あはは! こんなところに居たのかぁ! まだストックがあったんだね! 心配してしまったよ!」


「ああぁん? 俺があんな雑魚にやられるわけがねぇだろうがぁ!」


「クスクス、お前のそういうところ好きだわ、無敵なところ」


「ガラガラガラ、それじゃそろそろお前の魔法をぶっ放して、全部終わりにしてやろぉぜぇ」


 バルグは、剣に反射する双子と会話を始めた。

 そして次の瞬間、バルグは突然自身の腕を切りつけ、腕から流れる血液で、自分の胸に魔法陣を描き始めた。


「思考する盃ぃ……地を這う柩……白銀の剣……沈黙のグリモアァー」


 血走った目でぶつぶつと詠唱を始めたバルグを見て、ノガミは、あの巨大な炎の魔法は、この男の仕業であったことを直感した。


「大丈夫。兄貴は、俺が守る」


 ノガミは、ドガイに向けて杖を構える。


 ドガイが既に手遅れなことを、頭では理解している。

 理解していてもなお、運命が既に決まっていてもなお、ノガミは障壁魔法を展開する。

 

「これ以上魔法を発動すればオーバーフローになる、そんなこと分かってる。だが、どれ一つ取っても、今ここで兄貴を守る理由の妨げになどならない」


「兄貴をこれ以上っ! 傷つけさせないっ!」


 「開門せよぉぉ!

  リベラ・マーギャ・ガルダァァァ!」


次の瞬間――。


 バルグを中心に、辺りは超高火力の炎に包まれ、闘技場中央を焼き尽くす。ドガイを守るため障壁魔法を展開していたノガミはあっという間に、激しい炎に飲み込まれてしまった。



「最後の勝負だぜ、兄貴……」


「……ーち」


「…にーい!」


 なぁ、だから俺は言ったんだ。軍なんかに入らず、父さんと母さんと一緒に暮らそうって。


「……さーん!」


 あーあ、こんなことなら昨日もっと兄貴と話しておけば良かったなぁ。


「……よん!」


「……ごぉお」


 そういえば昨日、兄貴に救われた兵士が俺にお礼を言いに来たよ。

 なんで俺にお礼を言うのか意味不明だけど。


「……ろっ……く!」


 救われた人間の気持ちなんて兄貴にはわからないだろうけどさ。


「……しぃーち!」


 これでも結構憧れてたんだぜ。


「……」


 光の中でノガミは魔力を使い果たすと、指先から徐々に灰になっていく――


「……」


「……」


 煌々と光る火柱の中、両目をグっと見開き、僅かな生命力を魔力に換え、障壁魔法を更に重ねがけした。


「………はぁ……ちっ!」


「……!」


「……きゅゅ……うぅっ!」


 轟々と燃える炎は空に溶け、闘技場は静まり返った――。


「やった! 見たか兄貴! 兄貴に勝ったぞ!」


「やるなぁノガミ、流石は自慢の弟だ!!」


 途絶える意識の最後に、ノガミはドガイの声を聞いた気がした。



 障壁魔法を唱え続けたノガミは、全身が灰になり、風が吹くとローブだけが、バサリと床に落ちた。既に息絶えたドガイが横たわる地面、周囲数メートル付近だけが残り、その周りの地面は二メートルほど抉れていた。


 再び、風が吹き込むと、ノガミのローブがドガイの失った左腕に被さった。

 

 ドガイとノガミの百回目の兄弟対決は……二人の納得する形で終幕を迎える。


 空に立ち込めた暗雲は裂け、優しい日差しがその場をそっと照らしていた。

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