野獣と野獣

――王国歴1484年 4月 決戦二日目 シャングア遺跡


 一方、闘技場の外周街道でも熾烈な戦いが繰り広げられていた。


 闘技場の円周をこの通る道は、パルペンの魔法により砂漠と化している。この場所は、闘技場を通らせたいホランドとしては、潰しておきたかった道ではあるものの、スルト軍が闘技場に全て収容出来た際には、この道を回り込みスルト軍を包囲することが出来る好機の為の道でもあった。

 その為、この道を完全に潰すことはせずに、砂漠化し、付近の建物に魔法機雷を設置することで、敵には使用が出来ず、味方だけが使える通路として確保した。


 カイ隊は、この道の守護を行っていた。


 街道の広さはやはり忘却の街と同じくらいの広さであった為、この道を守ることは平原と比べれば容易い。カイ隊は二百名足らずの歩兵を率いて、この道を塞いでいた。アンは、既にこの道は無いものと思って侵攻をしているものの、いつ挟撃されてしまうかわからない状況は非常に危険だと判断し、魔法機雷を見破る為のエスパーダ二名と歩兵五百名を派遣した。対するカイ隊は、カイ、ドガイ、ノガミの三名の魔導兵士と歩兵二百名でこれを迎え撃つ。

 謂わば、精鋭対精鋭の戦いの構図になったこの街道争奪戦は、魔導兵士が如何に戦況を左右するかを浮き彫りにした。


 互いに障壁魔法を歩兵に掛け合いぶつけては、互いにそれを魔法で破り合う。次は互いが詠唱の邪魔をしては、これを掻い潜り魔法を発動させる。自軍の魔導兵士という駒を、いかに取られず、敵軍のそれの動きをいかに封じるか。そんな状況が日没一杯まで続いた。

 結果として、カイがエスパーダ一名を討ち取るという大快挙であったが、闘技場全体を見ると、ラミッツ側の兵士達は半数まで削られ、圧倒的な劣勢という状況に立たされてしまった。


 日没を合図に両者撤退し、この日の戦いは終わった――。


 その夜、ホランド指揮の元、闘技場迂回ルートの建物を破壊し、道を塞ぐことになった。既に辟易としている兵士や、援護を行う魔導士の手により、魔法機雷や有刺鉄線などを配置し、侵入を拒む試みであるが、恐らくスルト軍が本気を出せば半日でこれを処理してしまうだろう。

 敗戦の色が徐々に濃くなっているラミッツ軍であったが、そんな中でも、ドガイ、クロード、ホランドは「明日を凌ぐことで繋がる何か」を見つめていた。


 同じ頃、アンは相変わらず焦りを感じていた。アンが当初推定していたルストリア軍到着は、早ければ八日、遅くても十二日程度で現れると推測していた。第一防衛ラインに一日浪費してしまっているので、明日は実質七日目となる。

 明日決着をつけなければ、明後日にはルストリア軍が到着してしまうかも知れない。そうなれば、全ては水疱すいほうしてしまう。

 援軍であるミクマリノ軍も、当初の予定であった一万人が到着すると、そのままスルト軍に加わり、一層士気が上がっていた。アンは、その様子を見ながらも「カンホーレン」を使い、ヨルダンの視界を覗き見る。


 南から侵攻しているヨルダン率いるシーナ軍は、城下町近くに基地を建設し、未だ待機をしている。恐らく、相当に優位な状況にならない限りは、シーナの国王はこれ以上軍を派遣しないだろう。

 シーナの国王の人格を考えれば確信が持てる。そういった意味でもラミッツを落とすのであれば、明日この防衛ラインを突破し「大王の怒り」を用いて、第二防衛ライン突破の合図を送らなくてはならない。

 

 そして訪れる決戦の日――。


 この日は、空に暗雲が立ち込め、ラミッツでは珍しい大雨が降っていた。そんな中でも相変わらず、激しい太鼓の音を鳴らして、スルト軍が闘技場に侵入してくる。いつもと違うのは、先頭付近にエスパーダが配置されていることだ。早期決着を望むアンは、ルストリアからの横槍を刺される前に全てを終わらせるつもりであった。

 対するラミッツ軍は、スルト軍の半数以下の人数でこれを凌がねばならない。兵士の中には負傷して、傷が癒えていない者も多く、士気は下降する一方であった。

 急拵きゅうごしらえであるものの、ホランドは隊を再編成し、カイ隊に魔導士を、クロード隊に歩兵の全権を移し、ホランド自身も、回復したパルペン、ユークリッドと共に戦場に出る。


 両軍にとっての「第二防衛ライン、総力戦の六日目」が始まる。


 開幕早々、パルペンの魔法詠唱が始まる。


「混迷の大地よ

 時忘れの大気よ

 我が想いに反する北風よ

 崇高なる万物創世の番人カルカザーブの意思の元に発現せよ!

 シャンファバルト!」


 パルペンの手元が発光すると、呼応するようにスルト軍の足元にいくつもの魔法陣が現れ、床の石畳が溶けて砂になった。スルト軍が立っている入口付近は、簡易的ではあるが砂漠になった。

 それに続き、ホランドが左手に魔力を込めると、それを目の前で横に大振りした。その左手から、突風が吹きスルト軍の足元の砂を巻き上げて大きな砂嵐を生み出す。


 しかし、それを見たパストルはすかさず同じように左手に魔力を込めると、勢いよく手を振り魔力の風を巻き起こし、砂嵐にぶつけた。

 砂嵐は何事もなかったかのように、消え失せ、その中からガーラントを含む歩兵が突撃を始める。それに応えるように、クロードが突撃の号令をかけると、闘技場の真ん中で激突した。


 クロードが先頭に立ち、勢いよく切りかかると激しく剣がぶつかり合う。


 が、なんとこの攻撃を受けたのは、ボルグであった。


「はっはぁーっ! 面白ぇなぁ! お前ぇ!」


 クロードは、尋常ではないボルグの膂力りょりょくでもってしゃくり上げられ、思い切り後方に吹き飛ばされる。

 これは、アンが打ち出した布陣である。常々ガーラントからの報告を受けていた内容の一つに、白兵戦の中心人物について触れている部分があったため、昨夜細かく聞き取りをし、今日の最初の流れ作りをクロード抹殺に決め、ボルグを派遣した。

 クロードはすぐに体制を整えた、すかさずカイが部隊へ向けて指示をした。ボルグの情報も同様にラミッツ陣営には届いており、超危険人物として扱われていた。数秒でボルグを歩兵、魔導兵士が完全包囲した。


「おぁーい! ここが墓場だろぉー! さっさとかかってこいよぉ!」


 ボルグは怯える兵士達に向かいそう叫ぶと、一番近い兵士に襲いかかろうとした。


 その時――。


 ドゴォーンっ! 


 という鈍い音と共にボルグは十メートル近く回転しながら吹っ飛んだ。


「確かに墓場だ! ただし貴様のなっ!」


 この様子を見ていたドガイが、すっ飛んで来た。


「大物が釣れたかぁー?」


 ゆらりと立ち上がったボルグの顔には、ドガイの拳の跡がくっきりとついていた。


「クロード、強弓使いを叩くのがお前達の仕事だっ! いけっ!」

「待てドガイ、俺にやらせてくれ! こいつは――」

「ダメだ。悪いがこいつはお前の手には余る。魔導兵士同士の戦いだ」

「ふざけるな! こいつはブラムスの仇だ!!」

「貴様こそふざけるな! 戦争は復讐し合う場じゃねえ! 私怨で軍全体を敗北させるつもりか!」


 クロードはグッと歯を食いしばり、背を向ける。


「……弓野郎を倒したらすぐ戻る。それまでそいつは生かしておけ」

「ふっ、ならとっとと行ってこい。俺は獲物を譲るほどお人好しじゃねえぞ」


 クロードはまだ入口付近に待機しているバルグの元へ、一目散に駆けて行った。


「別れの挨拶は終わったかぁ? つーか、お前だけで俺の相手が出来るだとぉ? 雑魚がよぉ」


 ボルグは、不敵に笑うとドガイに一歩、また一歩と近づいてくる。


「出来るからここに居るんだよ、馬鹿がぁ!」


 ドガイも、不敵に笑い魔法の詠唱を行いながら、ボルグに近づいていく。


「空から降る無数の命

 奪い合い 守り合う

 我が望みは そこにある

 一縷の望み

 顕現せよ 衣となりて

 発現せよ 刃となりて

 プアリプシー マガ!」


 ドガイの体を青く発光する魔力のベールが覆う。

 二匹の野獣が遂に激突する――。

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