軍師の相性

――王国歴1484年 4月 決戦二日目 シャングア遺跡


 突如鳴り響いた爆音に、慌ててスルト軍が上を見上げると、建物が倒壊しこちら目掛けて倒れてくる。狭い道にぎゅうぎゅうに詰められたスルト軍は、あっというまに生き埋めになってしまった。それに、連鎖するように、道を挟んで軒を連ねる建物五棟が、立て続けに轟音をあげ、倒壊した。


「ちっ! やられたっ!」


 アンは倒壊する建物を後方からその目で見ると、両の拳を強く握った。


「よしよし、無事に起動したな。これで今日の進軍は止まるだろう」


 ホランドは轟音を聞きながら、そう呟く。先程塹壕にいた兵士達が次々に戻ってくる。彼らは、そのまま闘技場の高台の弓兵に合流する。


「いやーっ、すごい威力っすね。ラミッツ軍の『機雷きらい』は!」


 ユークリッドは、心から関心したようにホランドを見る。


「そうだろう。ラミッツ軍の魔導兵団は、魔術トラップへの造詣ぞうけいが深い。そんな中でも、私が気になっていたのが、この『魔法機雷』だ。使う魔力が少なければ威力は落ちるものの、視認することが難しい魔法だ。使う魔力が多ければ、機雷は強く発光する為、今までの使い方であれば牽制のために使われていた。しかし、超小規模の機雷を複数重ねて作り、それが連鎖的に爆発するように設定すれば、見えない上に高威力の機雷を作成することが出来る」


 饒舌に語るホランドを見て、ユークリッドは少し安心する。

 第一防衛ラインが抜かれ、本日最初の波状陣を看破されたホランドは少し落ち込んでいるように見えた為、内心ユークリッドは心配をしていた。表情を変えることがないホランドの機嫌を読み取れるのは、側近のユークリッドとパルペンの二人のみであった。ホランドは意気揚々と続ける。


「魔法機雷の良いところは、地形に左右されないことだ。目には見えないが、どれか一つの機雷が踏み抜かれると、連鎖的に爆発が起きるわけだが、これは室内だけではない。建物と建物の間にもこの機雷がつながっており、結果的に建築物の同時倒壊を実現させることができる」


 まだまだ話の途中ではあったが、事が好転してホランドの機嫌も治ったところで、ユークリッドは偵察班との打ち合わせと称してその場を後にした。


 この日、スルト軍は先陣を切っていたガーラントの部隊と、アンのいる本陣とが倒壊した建物を挟んで分断されてしまったことから、イーガルを通じて待機命令が発令され、各自その場で野営となった。これまで、ほとんどの被害を出さずに進軍してきたスルト軍であったが、ここにきてガーラント率いる先陣部隊三千名に大きな被害が出た。

 救護班は、本陣にいる為、先陣部隊内で大きな怪我を負った兵士の手当てが難しく、一千名近くの兵がこの場で戦線離脱、あえなく死亡する者も出た。


 スルト軍は夜通しで、倒壊した建物の撤去作業に追われた。その甲斐もあって、夜明けと共に再度進軍を行うことができ、「忘却の街」を抜けると、闘技場の外側を一望できる平原へとたどり着いた。


 ここでは、ラミッツ軍の歩兵隊が待機しており、通例通り衝突が起きた。ひらけた平原での激しい戦いは、数で優るスルトが圧倒するかと思われたが、朝から晩まで三日間にも及ぶ戦となった。

 慎重なアンは、初日に魔導兵士を少数だけ前線に送り込み、様子を伺った。これは先の崩落が影響してか、大胆な短期決戦に向かえずにいたのである。誘い込まれるように今現在、平原に陣を敷くことになった事に、なにかしらの狙いがあると思えて仕方が無かった。

 初日の戦果は無難の一言で、なんとも味気なさを感じたが、ここでもアンはまだ動かない。いや、思うように動けないと言うのが正しい。


「あまりにも普通だ。これでは我々が勝つのは時間の問題。……奴ら何を企んでいる?」


少しでも戦況を変えるべく、翌日は少し多めの兵を導入、魔導兵士も多数投じ、突破を試みる。


 対するラミッツ側の陣営にはクロードも参加していたが、流石に心身の疲労が溜まり、第一防衛ラインの時のような勢いまでは無かった。それでも、ブラムスを失った悲しみや怒り、なによりも己に対する情けなさが、彼の足を支えていた。


「生きている我々が最後まで戦う事が、散った仲間の弔いだ! 持ち堪えてみせろっ!」


 奮戦している兵達に檄を飛ばしては、士気を上げ続けた。その甲斐あってか、スルト軍を相手に善戦をし、この二日間を見事に戦い抜いていた。

 若干ではあるものの、スルト陣営が押し始めた戦況をアンは好機と捉え、三日目に出し惜しんでいた主力魔導兵部隊をぶつける事に決めた。


「これ以上は待てない、明日一気にこの平原を突破します。パストル、各員に戦闘配置準備をさせて下さい」


 本来、ここで押せている戦況であれば、焦る必要はないが、スルトは大軍であった。それ故の弊害が「詰まり」である。後ろに何十万と控える軍勢の統制も踏まえると、前進していくしかない。

 止まる事の出来ない大波は、その流れに呑まれぬよう乗りこなすしかない。何をするにも『状況』に左右され過ぎたアンの決断は、ここで完全な裏目となる。


 三日目に突入した平原の激突線には、両者が多くの魔導兵士を陣形に入れた。歩兵が前線ラインを押し退きしながら、要所を魔導兵士が次々に抑えにかかる。だが、一刻もすると戦況が大きく変動した。

 ラミッツ側が、大きく横に広がる戦線の真ん中あたりから、怒涛の勢いでスルト陣営を切り裂いていったのである。スルト側の陣形は真っ二つに割れ、一気に隊列は乱れ混乱に陥る。


「退却ーっ!!」


 堪らず、スルト陣営の方々から退却の合図が鳴り、三日目は夕暮れを待たずに終結した。


「クソがっ! 何をやっている!!」


 最奥の陣営テントで状況を見ていたアンは、思わず怒りを露わにした。


 個々人間に相性が存在するように、国同士にも相性がある。


 ラミッツとルストリアが築き上げた友好的な関係性があったり、シーナとミクマリノのように互いが互いに牽制し合う関係性がある。同様に、戦争にも相性があり、それを指揮する軍師にも相性がある。

 軍師のタイプは大きく分けて三つ。「侵略」「防衛」「策略」である。

 策略は侵略を苦手とし、侵略は防衛を苦手とする。そして、防衛は策略を苦手とし、これらは三竦さんすくみの関係性となる。実際の戦場では、防衛タイプの軍師が侵略を行い、策略タイプの軍師が魔法を駆使する、など、事は簡単では無いものの、相性は確かに存在する。


 アンが防衛タイプの軍師であるならば、ホランドは策略タイプの軍師と言える。防衛に特化した軍師は、攻めることを苦手とするわけだが、策略に特化した軍師は、相手が苦手とするフィールドを作るのが上手い。

 そういう意味では、アンはホランドの術中に完全にハマっている。ホランドが行ってきた策が、アンに疑いの心を芽生えさせ、攻勢になるべきタイミングを逃させた。ホランドが言うところの『不要な可能性』を複数与え続けられてきた結果が、この戦果を生んだ。

 仮に侵略タイプのガーラントが指揮を取っていれば、意外にあっさり突破できていたかもしれない。

 実はホランドの推測では、二日間稼げれば上出来であると考えていた戦場だった為、ラミッツにとって三日目が出来た事は、嬉しい誤算であったと言える。この拾った三日目において、特に活躍したのが遊撃隊として参加が間に合った、カイ隊であり、スルト主力魔導兵士を二十名以上も屠るという大功績を、ドガイが中心となって挙げた。


 しかし、全体で言えば未だスルト優勢であり、五万人いたラミッツ兵は四万人まで数を減らした。対するスルト軍は、後方から続々とミクマリノ軍が合流し、数を増やしていった。


 ホランドは、スルト軍がドガイの活躍を見て、翌日は本格的に魔導兵士をこれにぶつけてくると考え、この平原をあっさり捨て、次の戦場を闘技場内に選び、駒を進める。


 軍師ホランドの見事な戦略は、着実に勝利へ近づいているかのように思えた――。

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