軍師ホランド
――王国歴1484年 4月 決戦二日目
シャングア遺跡群は、かつて存在した闘技場とその近辺の繁華街の遺跡である。その闘技場の大きさはティターン城に匹敵すると言われ、現在も発掘が続けられている。初代ルストリア国王の弟である初代ランドローグに送った石碑が発掘されたことから、王国暦三十年頃の遺跡であることが判明しており、非常に歴史的価値が高い。
普段は、ここに通う学者や、観光客がちらほらと居たり、あるいは、スルトからの貿易の際にここを通る行者などが居て、名所としても、街道としても有用に作用している。
アン率いるスルト軍は第一防衛ラインを突破すると、その場に拠点を築いた後で軍の半数は一度ゴンベンへ戻ることとなった。
それは、第一防衛ラインがあった街道が軍を休めるのには手狭であったことと、夜になるにつれ深くなる霧で視界が悪くなることから奇襲に対する警戒が難しくなることが理由であった。結果的にラミッツ軍は、第一防衛ラインにて、丸一日時間を稼ぐことが出来た。ホランドの見立てでは、二日間はここで時間を稼ぐつもりではあったが、敵の戦力を考えれば上出来と言えるだろう。
アンは、この夜はほとんど寝ることもなく、側近のパストルや参謀数名で、第二防衛ライン突破に関する打ち合わせを行っていた。
「敵の数は、推定ですが五万人。人数だけで言えば我々が優ります」
パストルは、偵察隊の報告をまとめアンに伝える。偵察は、遠方より望遠鏡を使って見た内容によるもので、その実はほとんどが推測であった。事前に調べていたラミッツ軍の人数と、侵攻するシーナに割り当てるであろう人員の数、これらを計算し推測を行う。
アンと卓を取り囲む参謀の面々は、百戦錬磨と言っても過言ではないほど経験豊かな人材であったが、この度の戦争に対しては、より一層の推測の幅を持たせるように、あり得る可能性の全てを議論していた。打ち合わせを行なっていたスルト軍の頭脳達は、共通の認識を持っていた。
「恐らくは、第二防衛ライン突破が正念場になるでしょう。最も激しい戦闘が予想されます」
アンの確認にも近いこの言葉に、全員が頷いた。アンは思考する。
(ミクマリノ軍が少しずつ到着してきてはいるものの、その数が少なすぎる。一人の隊長を問い詰めてみたものの、有益な情報は得られなかった。これから、徐々に数が増えていくのか? 何らかのトラブルがあったにせよ、ミクマリノ軍を戦力として数えるのは少し危ういな)
『疑惑の一日目』が終わり、各陣営練りに練った戦術が交差し合う『計略の二日目』が始まる。
翌日、夜が明けて間もない早朝にスルト軍は、第一防衛ラインに再度集結した。第一防衛ラインから、シャングア遺跡群までの距離は、スルトの行軍のペースを考えれば、三時間ほどで到着する。アンの策略によって、捕虜の解放やボルグの奇襲により、スルト軍は戦力と士気をほとんど削ぐことなく、第二防衛ラインへと移ることができた。
一方でラミッツ側は、これに対して万全を期すべく夜通しで場を整えた。
第二防衛ラインであるシャングア遺跡群は、基本的には一本道であり、どうあっても闘技場付近を通ることとなる。遺跡を探索する為の細道はいくつもあるが、人が一人やっと通れるほどの幅しかなく、馬車を引いている本隊が通ることは不可能である。
スルトの精鋭部隊が如何に強靭であろうと、見通しの悪い側道に一列で並び強行することはあり得ないが、念のために側道には落とし穴の罠をいくつか用意してある。第一防衛ラインにあった罠の深さとは桁違いのものを用意したので、仮に罠を解除したとしてもその道は潰れてしまうこととなる。
また、地形的に落とし穴の設置が難しそうな側道に関しては、予め付近の遺跡を取り壊し、道自体を潰すことで、側道からの伏兵が出てこないように処置をした。
スルトが通る予定の闘技場をグルリと回る街道は、舗装された道を剥がし、変質化魔法「シャンファバルト」によってリアンシュア砂漠と同様の地質に変化させた。この魔法を得意としている、ホランド側近の衛兵パルペンがこれを行う。
「シャンファバルト」は、対象を捕縛するスコールバルトから発展させたものであり、地質に対する深い知識と、複数名の魔導士による長時間の詠唱を必要とする魔法である。
その為、本来であれば伝達で忙しく立ち回っているはずのパルペンは、魔法の詠唱を一晩かけて行なっており、昨夜から一睡もしていなかった。魔力もオーバーフローを懸念されるほど使い果たし、開戦の間際ではあるものの現在は救護班の元で休憩をとっている。
ラミッツ軍と、僅かながらのルストリア軍を指揮するのは、本作戦の立案者であるホランドである。ホランドは、巨大な闘技場内の中央付近でポツンと一人腕組みをして空を見上げていた。
闘技場の観客席であろう円形の高台には弓兵が一万人控えている。弓兵の各隊長達に、ハンドサインを送り、それぞれの準備が整ったことを確認した。そこにユークリッドが駆け寄ってくる。
「第一防衛ラインにいた兵士達をメインに弓兵部隊配置完了したっす!」
朝日が差し込み、ホランドは目を細めて答える。
「報告、ご苦労」
ユークリッドは、配置された弓兵達を見上げて不思議そうに聞いた。
「なんで、第一防衛ラインの兵士を弓兵として後衛に使うんすか?」
ホランドも、同様に弓兵達を見上げながら答える。
「第一防衛ラインは、謂わば必敗の戦場であったから、士気を下げずに被害が少ないように第一防衛ラインから、こちらに戻れるように手配した」
ホランドは少し悲しい目をしたが、ユークリッドはそれに気がつくことはなく、
「そうっす! その打ち合わせは、一昨日の夜に何度もしてたっす! でも、スイファ大尉は、あんまり賛成してなかったっす!」
ホランドはユークリッドの発言をあまり良く思わなかったらしく、少し怪訝な表情を浮かべた後、会話を続ける。
「スイファ大尉のことは、もうよい。怠惰という罪に対して、重すぎる罰を受けた。しかし、その結果の話はまた別だ。戦争における大将が討ち取られるということが、如何に兵の士気を下げるかという話だ」
ホランドの遠回しな話し方に、いまいちピンときていないユークリッドを見て、ホランドは、理解されることを諦め、事務的に話を締める。
「第一防衛ラインを受け持った兵士たちの士気が、著しく低いのだ。戦死した同胞の兵士たちの亡骸が辱められたという報告も入っている。スルトの手練れが、防衛ライン内に侵入し、防衛ライン壊滅のきっかけを作ったようだ。ともかく、士気が低い者を前線に置くと、戦場全体の士気が下がりかねない。戦争は衝突した時に、ほとんど結果が決まっている、それまでに如何に準備を整え、全体の士気をあげるかが重要なのだ」
ユークリッドは、今の説明をなんとなく理解したようで、ニコリと笑うとホランドに言った。
「ホランドさんは、やっぱり優しいっす! 心が傷ついた兵士の丁度良いポジションを作ってあげたってことっすもんね!」
「全く違うな、馬鹿者め。私は、私の心を傷つけないように尽力しているだけの小さな男だよ」
ホランドは、やれやれといった様子でそう言うと、本営のある闘技場の入り口へと戻っていった。ユークリッドは、笑いながらホランドの後に続いた。
ゆっくりと闘技場一面に日が差し込み始めた。決戦二日目の幕が上がる――。
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