鳴りやむ風

 ――王国歴1484年 4月 同日 ラミッツ 武器工場街レンデ


 マルスに担がれながら運ばれているマティアスは、朧げながらグラとマルスの会話を聞いていた。


「千五百人近く居るみたいですが、本当にうちの商会で雇うんですか?」


 地下にまっすぐ伸びている階段をゆっくりと歩いて降りていく。遠くでは、マティアス隊同士の戦いの激しい戦闘音が聞こえる。


「まさかっ! そんなわけないだろう。まず、上での戦闘で人数はその半分くらいになる。マティアス殿の親衛隊は粒揃いだから、もしかしたら、相打ちみたいな感じになってしまうかもなぁ」


 マティアスは、念のためにと麻袋を被せられた。これにより、マティアスの視界は全くの暗闇になった。


「仮に半分生き残ったとしても八百名弱いますよ。うちの人手は確かに必要ですが」


 麻袋を被ったマティアスを再び担ぎ、マルスが質問をする。


「まさかまさか、奴隷であった者が商人となり、金を扱うなんてありえん。そうだな、この後シーナ軍が更に攻めてくる可能性があるから、町の外に待機させて防衛でもさせるかね。同じ軍の旗を見ていきなり攻撃してくるようなことはないだろう」

「シーナの本隊と戦うとなれば、いよいよ我々も危ないのでは?」


 大きい体格の割に、消極的な考え方をするマルスは、グラの後に続きフロア最奥さいおうにある更なる下り階段を目指す。


「いや、基本的には戦わない。我々の戦いは騙し合いの駆け引きという土俵でしか、効果的に作用しないからな」


 先を行くグラは、マルスの方に振り返るとそのまま後ろ歩きで受け答えをする。


「では、どうしますか?」


 マルスの質問に、まるで今思い付いたかのようにグラは手を打ち答える。


「そうだな、こんなこともあろうかと捕らえておいた総司令官の一人息子でも使ってみようか」


 麻袋を被ったマティアスが何か言ったようだが、二人は気にせずに会話を続ける。


「ああ、マティアス殿の隊に居たあの男ですね。しかし、それでシーナ軍は止まりますかね?」

「マティアス殿が、万が一の敗戦を踏まえて、ルストリアに亡命する為の保険で帯同させたんだろ。その悪知恵を伝え、息子は丁重に保護しておいたとすれば、我々への敵意は多少削がれるさ。言葉さえ交わすことができれば、どうにかなる」


 自信たっぷりに言い切るグラに対して、マルスは何一つとして疑問を持たない。


「なるほど」


 グラは再び前を向き、下り階段を更に降りていく。


「まあ、どちらにせよシーナの軍はこれ以上出ないと思うが。あの国王はどっちつかずだからな、総司令官のメインデルト殿さえ懐柔できれば、武力はほとんど抑えたようなものだ」


 ここまで、かなりの距離を歩いている二人だが、息が乱れたりすることはない。マルスに関して言えば、金属の全身鎧を着た成人男性を担いでいるにも関わらず、である。


「奴隷兵の生き残りは、どうします?」


 ただの買い付けを行なっているかのような口ぶりで、マルスはグラに再び疑問を投げかける。


「俺の見立てでは、ミクマリノルートがこの先、人手を必要とする可能性が高い。その時に出張してもらうだけだな」

「奴隷の次は、モルモットですか。なんだかちょっと可哀想ですね」


 階段を降り切ったグラとマルスは、ここにきてようやく一息つく。


「俺達だって、ほんの少しの誤りで可哀想になりかねない。兵士達とは違い、商人の世界に平穏が訪れたことなんてないからな」


 グラは微笑みながら商売人の過酷さを語ると、目の前の金属製の扉に手をかけた。


「戦争が起きるということは、我々が潤う。そういう点では兵士とは逆の感情が湧いてくるよ」


 マルスは、少しずつずり落ちてきたマティアスを担ぎ直し、グラの後に続き扉の中へと入った。


「ただ、この度の戦争はよろしくない。戦争が長引く要素が無さすぎます。恐らく武器の需要が起きる前に終結してしまうでしょう」


 扉の中は、明かりが灯っており、三人がけのソファーが二脚おいてある客間になっていた。グラはソファーに腰をかけた。


「ビジネスチャンスは、終結後の防衛意識が上がったあたりだろうな」


 マルスは、マティアスを担いでいる都合ソファーにかけることはせず、壁にかかっている複数の鍵の中から一つを選び取り、ポケットにしまった。


「……しかし、マティアス殿が二番目で良かった。二週間前に武器の販売に行った時に、マティアス殿の隊がちょうど良さそうだなー、と思っていたからな」


 グラは近くにあるテーブルから化膿止めの軟膏を取り出すと、マティアスの失った右腕部分に大雑把に塗った。


「戦力にならない者から、順々に使いに出されて、我々に勧誘されてく様はマティアス殿の統率力の無さと判断力の弱さが浮き彫りになって痛快でしたね」


 痛みでバタバタと暴れるマティアスをよそにマルスは、マティアスの悪口を言った。


「それに引き換え、ヨルダン殿の隊は結束があり、戦闘員の構成バランスが良すぎますからね。あれは、ラミッツの本隊と当てた方が手っ取り早い」


 再び立ち上がったグラは、入ってきた扉とは別の金属製の扉に手をかけ、薄暗い通路に入っていく。


「ヨルダンに全てを略奪された武器商会が、渾身の力を振り絞り、マティアス隊を止めた。こうなれば、ルストリアにかけている莫大な戦時保険金一千万ルッカがおりる上に、ヨルダンに奪われてしまった武器商会の財産が、ラミッツから特赦とくしゃとして支払われること間違いなしっ!」


 意気揚々としたグラの声が、薄暗い通路に響き渡った。


「仮にラミッツが負けても、シーナと交渉が出来る様にヨルダン殿を生かしたわけですね。末恐ろしい」


 後ろをついてくるマルスは、グラの恐ろしさを痛感したところで、二人は更に下層に続く階段の前にたどり着いた。


「別に普通だ、普通。マティアス殿にならって言うなら、商人をやっているだけ」


 あっけらかんとした受け答えをするグラは、階段を降りることなく、同じフロア内の大金庫の部屋へと向かう。


 マティアスが意識を失う前に麻袋の隙間から辛うじて見えたものは、大金庫のある部屋に入っていくグラの姿。溢れんばかりの武器と、巨大な武器庫であった。

 武器商会は、ヨルダンがこちらに向かってくる際に、優れた武器は全て地下の武器庫に隠し、適当な武器だけを差し出してその場をやりきった。命がかかっているやり取りの中で、常人では考えられない胆力を見せる。


 それが、ラミッツの武器商会である。

 

 その後はグラの見立て通り、シーナから軍が再び出兵されることはなかった。

 

 シーナの国王ワインズゲイトは、ルストリアが大陸を統一してしまうのではないかと、一度はスルトに手を貸したものの、その実現が確約されたものなのか、疑いの眼差しを持っていた。一度生まれた疑念を払えずに、あろう事か、ここにきて尻込みしてしまう。

 スルト敗戦が頭をよぎると、ワインズゲイト国王は自身の軍が、国境を破ったにも関わらず、これを企てたバーノンに全ての責任があると主張するつもりでいる。これは、一見すると「バーノンに脅されて仕方なく行軍している」と言うヴィクトと似たような主張であるが、単独で国境を突破し、かつ王都内で暴れるシーナ兵達の行動を伴った、何の根拠もない主張であり、既に言い訳のしようがない状況にあった。

 にも関わらず、自身の主張は通るものと妄信しており、メインデルト総司令官に国境付近で待機をするよう命令を出すのであった。


 戦場に出ているメインデルトは、この状況を把握しており、寵愛している一人息子が今もラミッツ領土の戦地に居る事を差し置いても、ただただ困惑するばかりであった。

 一方で、迅速優先に行動していたヨルダンは、ラミッツ王都を目の前に捉えたが、既に防衛線が敷かれている状況に驚くと同時に、後続からやってくるはずの本隊の到着の遅れを気にしていた。


 この防衛線は、ランディ・ランドローグの勅命によるものであり、先のバオフーシャ遺跡襲撃がシーナとスルトである事をその目で見たランディは、シーナ側の防衛ラインを自らで指揮した。これには狙いがあった。

 ほとんどの軍人は対スルト防衛に回っていることから、自警団を中心に防衛ラインを敷いた。しかし、王都を守るには余りにも数が少ない事から、で勝負に出ようと考えた。


 大収穫祭の興奮と、侵略の恐怖が入り混じる王都にて、一般市民へ向けて「国を守護する聖戦」と称して、希望者にはシーナ防衛ラインの隊列に変装して加わってもらうよう呼び掛けたのだ。

 大収穫祭の途中であったこともあってか、ラミッツの男性陣は「聖戦祭」と口々に言って周り、あれよあれよという間に防衛ラインに集まった人数は、なんと八万人を超えた。そのほとんどは、お祭騒ぎと勘違いしたラミッツの一般人であったが、装備を渡され仮装気分でそれを着用すると、傍から見ればそれなりの軍勢に見え、張りぼての軍団が完成した。

 自国の国民性を巧みに利用した奇策は、見事に成就。迅速主義のヨルダンも、流石にこれには後続を待つという判断を取らざるを得なかった。

 それと同時に、ランドローグの放った王都護衛軍により、散り散りになったセルン大尉の部下が次々に捕えられるのを見て、これ以上の活躍は不可能と判断したセルンは、部下数十名とラミッツ内に潜伏し、ヨルダンの突撃を待つことにした。


 メインデルト総司令官は来ない出撃命令を待ち続け、

 ヨルダン大尉は来ない本隊を待ち続け、

 セルン大尉は来ない突撃を待ち続け、

 ワインズゲイト国王は来ない機会を待ち続ける。

 これにて、シーナの侵攻は完全に停止してしまった。


 アンは、ヨルダンを通してそれを「カンホーレン」で覗き見ていた。アンから見て、防衛ラインの構成が一般人であることも看破していたが、目の前の第二防衛ラインを前に、それを伝える手段がなく、スルトがラミッツ王都を襲撃することで、それを見たヨルダンが流石に突撃をしてくれるはずという推測の元、これを保留した。

 

 こうして、第二防衛ライン突破を前にアンはシーナ軍という駒を失う。それでも、スルト絶対有利には違いなく、アンは予定通り準備を整え明日の第二防衛ライン突破の侵攻戦に臨む事となった――。

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