武器商会

――王国歴1484年 4月 決戦初日


 商人カウベルの商談は成立し、商談相手の奴隷達は元雇い主に刃を向ける。


 マティアスは全てを悟った。


「……隊長達は、殺したのか?」

「ええ、ええ、商談に邪魔だったもので。ここにいる皆様の武器商会でのでした」


 微笑みながらカウベルは、そそくさと、隊列の中に戻っていくと、申し訳なさそうに言った。


「そういうわけですので、マティアス様の兵隊の皆様は、『転職』なさいました。これより、マティアス様の敵になります。あ、もし、よろしければ、マティアス様も転職なさいますか?」


 マティアスは、それを聞くと魔力を集中し始めた。後ろにいる、マティアス隊も同様に魔法発動の準備に入った。すかさず、整列した奴隷兵士達は、弓を取りマティアスの魔法発動を妨害した。


 その時、マティアスの背後、本拠地のあった方向から五名の男達が歩いてくる。


「んー、素晴らしい音だ、シーナ製の短弓。白樺と、山羊の腱で拵えた複合弓。ほとんど引ききれていないのにも関わらずこの威力とは、全くもって素晴らしい。原価の低い木製でありながらも、技術力で四万ルッカまで値段を上げることが出来る、これは人類の素晴らしい発明の一つだ」


 仮面をつけ同じく深緑色のマントを羽織った、その男達は臨戦態勢になっている現場にも関わらず、堂々としており、マティアスまで二十メートルほどの位置で止まった。


「おっと、その剣はスルト産の白銀で打ったロングソードかな。白銀は柔いから、白兵戦における、武器としては死んでいるね」


 マティアスの剣を値踏みするこの男は、武器商会会長のガルムント・ドロンス・グラであり、全ての武器商人の頂点に立つ男である。本名が長い為、部下も顧客も皆「グラ」と呼んでいる。


 マティアスは、本拠地からグラとその一行に向かって詠唱を始める。しかし、グラの背後にいた男達が投げた手斧が、マティアスの右腕の鎧の関節部分、装甲に覆われていない箇所に命中し、その右腕を飛ばした。


 グラは相変わらず説明を続けている。


「装飾的な価値や、魔法触媒としての価値を加味すれば五万ルッカといったところかな。その剣の形状だと既にルーンが彫ってあるね。鎧にもルーンが彫ってあるんじゃないかな? 魔法で自身の装備に何らかの効果を付与する戦い方なのかな?」


 マティアスは膝をつき、失った右腕を抑え、回復魔法を唱えようとしていた。だが、失血の勢いが激しく、うまく唱えることができない。その様子を見ていた、武器商会に転職したての奴隷兵士達は、マティアス隊に一斉に襲いかかった。


 戦闘の始まった街中で、ボロボロになったマティアスの目の前に、グラが近づき話しかける。


「マティアス殿、武器で戦うと見せかけて魔導士である、という場合は、そのピカピカの白銀をスルトの温泉などにつけて、色をくすませてから着用することをおすすめするよ。見る者が見れば、白兵戦が出来ないことはわかってしまう。戦場においても目立ちすぎるのは、デメリット以外のなんでもない。ましてや、あなたのその輝く装備に憧れて兵を目指している者が隊を成しているならばまだしも、ほとんどが奴隷じゃありませんか」


 そういうと、グラはマティアスの右腕の付け根を首に巻いていたスカーフできつく縛り、止血を行った。


「奴隷である人間は、自身の解放をしてくれるなら君主は誰でも良いのです。兵役に出る者は、どの国も平均して一日二千ルッカの日当を目指して、命の危険がある戦場に旅立ちます。力があり、金が欲しい者は戦争が長引くように願い、力もなく、金が欲しい者は戦争の早期終結を願います」


 話の途中ではあったが、グラは「おい、マルス」と声をかけると、先程マティアスに手斧を投げた体格の良い男が、失血により虚ろになっているマティアスを担いだ。


「マティアス殿の引き連れていた兵は皆、後者であったようですね。弾除けとして使う兵ならば個人の力量は関係ありませんものね」


 意識が朦朧とする中、マティアスはマルスに本拠地へと連れて行かれた。先程までマティアスが調査の為に送り込んでいた入口は、ダミーの入口であり、建物をぐるりと回った反対側の壁が隠し扉になっていた。


「どこ……へ、行くつもりだ……」


 気力を振り絞りマティアスは質問をした。


を倉庫へ運ぶだけだ。安心してくれていい」


 グラはニタリと笑うと、そのまま扉を目指して進んでいった――。

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