商人と商談

――王国歴1484年 4月 同日 ラミッツ南方面


 ラミッツ南部にレンデという大きな武器工場の街がある。

 ここより南は牧草地になっており、シーナとの国境要塞とレンデの間には、小さな農村が一つあるだけである。レンデから西に進むと、イーワン大森林があり、その大森林を抜けるとラミッツ最西部の辺境の村リーベへ向かうことができるが、現在、道中の吊り橋が落ちており、リーベへの道は閉ざされてしまっている。


 レンデは、武器工場が複合して建てられた要塞のような街であり、複数ある煙突からは常に黒煙があがり、昼間であろうが、日は差し込まず薄暗い。環境が悪い為、望んでここに住まう者はいないが、確かに住人は存在する。ある者は国を追われた者であったり、ある者は奴隷として買われた者であったりと、事情は様々である。

 労働の対価に衣食住が保証されているこの街は、シーナにある貧民街の劣悪な環境と比べれば雲泥の差で、不思議と治安も安定していた。


 南の国境要塞を破りラミッツ領土に侵攻したシーナ軍は、レンデから南のユンシー平原にて陣形を組み、レンデを占領する為の準備を完了していた。


「よし、これより正しく侵攻を始めるぞ。準備はいいかっ!」


 リダー・ヴァン・デ・ウインズ所属のマティアス大尉は、金色の艶のある髪の毛をなびかせ、傷一つない鏡のような白銀はくぎんの鎧を装着し、同じく白銀で出来た長剣を腰に差し、並ぶシーナ兵達の顔を一人ずつ見ていく。


 シーナ軍は、隊長格と一兵卒の装備が明らかに違う為、一眼見ればその人物の格がわかる。一兵卒は、胸にのみ金属があしらわれている牛革の鎧を着ているが、隊長格は、白銀とまではいかないものの、金属で出来た全身鎧を着ている。一兵卒のそのほとんどが、シーナの貧民街から連れてこられた奴隷であることも、特徴の一つであった。

 また、シーナは魔法素養がある者の出生率が高く、軍全体の五パーセントにあたる隊長格は、全員が魔法を使うことができる。


 シーナ軍は、全体を指揮する総司令官メインデルトがいるものの、大隊がそれぞれ意思をもって動いており、大隊それぞれが独立遊軍であった。先発隊である三名の大隊長は、戦場での功を得るために競い合い侵攻していく。

 そんな中で、いち早く行動していたセルン大尉は、千名の少数精鋭の隠密部隊を率いて、ラミッツ内に観光客として潜入し、バオフーシャ遺跡を占領するために隊内の有力者であるジンガ部隊を派遣した。だがこれは、早々にランディ、ランツ、クライヴなどの活躍により壊滅に追い込まれ、更には、他の部隊によるラミッツ重要拠点の占領もそこまで上手くいかず、正直手をこまねいていた。


 そして、開戦の合図、すなわちスルト軍の国境突破の「大王の怒り」を見て動き出したのが、ヨルダン大尉とマティアス大尉の合併軍であった。ヨルダンとマティアスは、合計一万人の兵を率いて、協力して国境を突破した。国境突破の難易度は非常に高く、スルトのように大規模魔法を展開し通り抜ける手も無く、半数以上の兵士を失ってしまった。

 一度体制を整える為に、キャンプを設営したマティアス隊千五百名。これに対し、ヨルダン隊は戦場における迅速さを優先して、二千の兵を率いて先に行ってしまった。マティアス隊の観測係の情報によると、レンデに到着したことは確かなようだ。


 レンデに到着したマティアスは、街全体に漂う油と鉄の匂いにむせ返った。側近の兵士からシルクのハンカチを受け取ると、鼻と口を抑えた。


「それでは、正しく武器を構えよっ! 進軍開始っ!」


 マティアスが鼻声で号令をかけると、隊員はぞろぞろとレンデに入っていった。マティアスは、その隊の中腹で辺りを見回しながら警戒をしていたが、街の中に人が居ないことに気がつく。工場は稼働しているにも関わらず、それを動かしている人間はおらず、出荷されるであろう武器も一切見当たらなかった。

 途中、水の出ていない噴水のある広場に出た。街の中心部に向かうには、身動きが取りづらいため、兵の半分をここで待機させることにした。マティアスの企みとしては、レンデ占領の後、武器を強奪し、補給ラインとして拠点化した後、準備を整えラミッツに向かう予定であった。


(もしかするとヨルダンが奪い去ったか?)


 そう考えたものの、争った形跡すらないので答えは見つからなかった。しばらくして、中央にある武器商会の本拠地にやってきた。大陸全土に分布する武器商会の本拠地は、街の中で一際大きな建物であり、要塞のような出立ちは、どこかスルト城を彷彿させた。

 マティアスは、魔導兵二人と、奴隷兵三十名を送り込み、入り口の前で待つことにした。しかし、待てども待てども送り込んだ兵士は戻ってこない。中へ向かった小隊長には、何かあれば派手な魔法を使って異変を知らせる手筈になっているが、中から戦闘音はおろか物音一つしなかった。


 ついには、三十分以上経過すると痺れを切らし、マティアスは拠点の設営を先に行うことに決めた。武器商会の本拠地には追加で、四十名近くの奴隷兵の小隊を送り込んだ。他の小隊には街の外に向かわせ、資材を積んだ馬車を持ってくるよう言いつけ、その他の大多数の兵にも、拠点として使い勝手の良い建物に目星をつけるように、それぞれ命令を下す。


 それから更に三十分後、今度は馬車を取りに行った兵士が戻らない。それどころか、付近で拠点用の建物を探しに行った大多数の兵士が戻らない。

 いよいよ、不安になってきたマティアスは、馬車の方の様子を見にいくことに決めた。密閉された未知の本拠地内に潜入するには、リスクが高いと判断した為である。

 マティアスの隊員は既に百名余りにまで減っていたが、居なくなった兵のほとんどが奴隷であり、精鋭である魔導隊員が残った形になった。


 マティアスをはじめ、シーナ軍の戦い方はシンプルで、奴隷兵を弾除けとして使い、精鋭の魔法で敵を蹂躙する戦法が主な戦い方であった。来た道を戻るマティアス隊であったが、水の出ない噴水があった広場に戻ると、不可解なことが起こっていた。


 馬車を取りに行ったはずの奴隷兵達が、綺麗に隊列を組んで突っ立っていた。


「おい、貴様ら! 何故馬車を取りに行っていないっ!」


 散々待たされたマティアスは、激昂し、早足で整列した兵士に近づいていく。すると、整列した兵士の隙間から、深緑色ふかみどりいろのマントを羽織ったタイツの男が、ぬらりと現れた。


「ええ、ええ、マティアス様、ご機嫌麗しゅう。私、武器商会のカウベルと申します」


 マティアスは、飛び出してきたカウベルを片手で退け、先頭にいた兵士の胸ぐらを掴み持ち上げた。


「私の質問が聞こえないのか! 何故馬車を取りに行っていないのか、正しく答えよっ!」


 マティアスは、皮の鎧を着た状態の兵士を片手で持ち上げると、もう片方の腕で抜剣し、首元に突きつけた。兵士は、持ち上げられた際に首が締まり、声が出せないようで、手足をバタバタして抵抗する。先程、片手で押しのけられたカウベルがマティアスの横に来て、必死に腕にしがみつき、腕を下ろすように説得する。


「マティアス様! まずは、お話を聞いてくださいませ! 彼らは我々と商談をしたのですっ!」

「商談だと……?」


 マティアスは、兵士をおもちゃの人形のように投げ捨てると、今度はカウベルの肩を掴み、剣を突きつけた。


「カウベルとか言ったな、説明は正しく頼むぞ。今、私の精神は正常ではない。貴様に捕虜としての価値があろうがなかろうが、そんなことどうでも良いと思えるほどにな」

「ええ、ええ、もちろんでございますとも。マティアス様がこちらにいらっしゃる前に、ヨルダン様がこの街を訪れました。我々は見ての通り、武器を売っているものの非力でございますので、戦闘を行うことを得意としません。そこで、ヨルダン様にお願いをしました。街の中にある武器を全て差し上げることと、この度の侵攻作戦が終わった後も、シーナの為に武器を流すことを約束させていただきました」


 マティアスの手に力が入り、カウベルの方に強く食い込む。


「私は、私の兵が何故正しく馬車を取りに行っていないかを、聞いているのだっ!」

「ええ! ええ! 存じております! これから話をいたしますので、どうかご容赦をっ!」


 カウベルは、肩の痛みに悲痛の表情を浮かべ、力を緩めることを懇願した。マティアスも、カウベルの説明は必要としているので、肩から手を離した。


「私を含む武器商会の会員は、なんとか死を免れました。我々は、このような仕事柄、地下に通路を敷き、いつでも逃げることができるようにしています。今回も地下通路に皆で潜み、これから移動をしようとしていた時に、マティアス様がこちらを訪れました」


 マティアスは、街の建物からいくつもの視線を感じ、目だけを動かし人の居る建物を確認した。どうやら、彼らがこの街の住人のようだ。カウベルは、構わずに説明を続ける。


「ヨルダン様には、武器を差し上げることで商談成立しましたが、マティアス様には差し上げる物がありません。そうなると……いよいよ、我々の命に手がかかってしまいます」


 街の中にいくつもの足音が聞こえる。マティアスは、堪らず辺りを見回した。そして、兵士達に号令をかけた。


「包囲されているぞっ! 警戒しろっ! 全員抜剣っ!」


 マティアスに付いてきた、百名程の兵士が戦闘態勢に入る。しかし、整列する奴隷兵士達の中にこの号令を聞くものはいない。カウベルは、話を続ける。


「さてそこで、我々はこの兵士の皆様に『職場』を提供することで、このピンチを乗り越えようと考えました」


 ここにきて、奴隷兵士達は抜剣し、戦闘態勢に入る。

 

 標的は他でもない――マティアスであった。

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