両者激突

――王国歴1484年 4月 決戦初日


 見事に罠を搔い潜ったスルト軍。その後衛部隊は荷台に土を集めていた。

 ゴンベンを占領した際に取り上げていた農具で穴を堀り、土を掻き出し荷台に積む。前衛部隊は、その土を受け取り括り罠の設置された穴を埋めていく。捕虜がはまっている罠も当然あったが、適当に痛めつけ、大人しくなると土をかけた。

 括り罠の設置された穴は浅く、体のほとんどが地上に出た状態であるため、進軍の邪魔になるのだが、アンの指示により生存者をある程度残すようにした。

 

 用心深い彼は、この先で奇襲の可能性があり、ラミッツの精鋭がこの霧の中を暗躍する事を考慮した。その際に、うめく瀕死の捕虜の声が方々から聞こえた方が、より効率的に相手の意識を奪うことが出来ると踏んだのだ。


 そして、この考えは見事に的中していた。


 罠にハマり、もたついている間に、ラミッツの歩兵部隊の精鋭と、クロード率いるルストリア歩兵部隊は、この霧の中を散り散りに移動し、潜伏していた。彼らは、事前に罠の位置を正確に把握し、複数立っている泥人形に紛れていた。クロードは、遠くに鳴るスルト軍の雷にも似た太鼓の音を聞きながらも周囲に敵がいないか気を配りながら潜伏していた。

 しばらくすると、ペタペタという音が複数聞こえてくる。クロードは、その音のした方向に目を凝らすと、やってきたのは数十名にも及ぶゴンベンの捕虜たちであった。


「待て! 逃げのびた村人だ」


 反射的に斬り伏せようとする、歩兵軍を制止させ、救援を優先させた行動をとるが、その捕虜の群れにスルト兵が混じっており、ラミッツ兵目掛けて強襲した。

 彼らは捕虜と同じように防具もつけずに、薄い布切れ一枚羽織って、逆手に隠した短剣でもって、次々に斬りつける――。


 完全に虚を突かれたラミッツ側の潜伏兵は、慌てふためくが、戦場での奇襲に慣れているクロードは、冷静に敵を仕留め、混乱している者に指示を飛ばし、完全な行動不能までには陥らなかった。とは言え、捕虜を連れての任務は危険が多すぎる為、一度後退の判断を取る。

 前進部隊を指揮しているガーラントは、この隙を見逃さなかった。隊列を組み直したガーラントは、アンから貰ったある秘策をもって、兵士達に号令を飛ばす。


「泥の人形など気にしなくていい。好きなだけ暴れろ!」


 この霧の中に歩兵隊を一気に突撃させた――。


「武功を挙げろ!」

「殺戮し、蹂躙してやれ!」


 蛮族の様なスルトの戦士の士気は、簡単に上がる。ラミッツ軍は霧の中で救助するべき民と、それに紛れて奇襲を仕掛けてくるスルト兵により混乱を巻き起こされ、士気は下がってしまっていたが、クロード率いる歩兵部隊が何とか持ちこたえ、第一防衛ラインを目視できるほどの距離まで後退し、待機をした。

 クロードは、罠が設置された場所での乱戦よりも、防衛ラインからの援護を受けることのできる、瀬戸際を戦場に選んだ。これは、本来であれば第一防衛ラインを受け持ったラミッツ軍のスイファ大尉が、命令を出すところであるが、このアンの奇策により、第一防衛ライン内は救援した捕虜の受け入れや、陣形の変更の伝達などの仕事に追われてしまい、細かな部分に気を配ることが出来ない状況であった。

 即座に現状を把握したクロードは、自身の隊を最大限この戦場で有用に動かすべく独断をとったのだった。


 霧の中に取り残されたラミッツ兵達は、果敢に救援を行なっていたが、突撃してきたスルト軍に見つかるとあっけなく殺されていく。スイファ大尉は霧の中の同胞は、既に殺されてしまっているものとして考え、設置した泥人形、音爆弾が少しでも役に立つように、霧に向かって、弓矢による一斉掃射を行うように命令した。

 降り注ぐ矢が、泥人形に当たると、衝撃で爆発を起こす。霧の中では複数の爆発音が鳴り、その小さな音爆弾の破裂が複数重なり、風を生むと、辺りの濃い霧が少しだけ晴れてきた。


 暫くすると、霧の中から複数の影がこちらに向かってくることを、クロードは目視した。まるで、この場がラミッツ大収穫祭だと言わんばかりの、太鼓とラッパに軍隊が足並みを揃えてやってくる足音。驚くことに、耳に直撃すれば立つことも難しい音爆弾を複数浴びたにも関わらず、スルト軍はほとんど人数を欠けることなく、クロード達の前に現れた。


「防音……泥か」


 クロードは、その様子を見て呟く。


 先陣を切るガーラントを含む、スルト軍は、音爆弾に対して、耳に泥を詰めるという原始的な手法でやり過ごしたようだ。大柄なスルト軍は、近づいてみれば見るほどに大きさを感じ、ラミッツ軍や、その場にいたクロードの率いる歩兵は、少なからず恐怖を感じた。


「いいかっ! 敵は焦っているっ! 我々に時間をかけている間に、ルストリアの援軍がやって来るからだ! 援軍がこちらに来たら形成は逆転だ! 焦っている人間など、戦場では格好の的だっ! 我々の力を存分に示すぞっ!」


 クロードは、自身の隊員にげきを飛ばし、士気を高めた。


「いいね、やる気になってきた」


 横でその様子を見ていたブラムスは、クロードの脇腹あたり小突いて微笑んだ。クロード隊の非常に高い士気は、付近の隊にも伝わり、時間差はあったものの、防衛ライン全体の士気を高めた。


「はっはっはっ! 敵にも面白い奴がいるなぁ! ここにきて檄を飛ばしているんだから、我々に怯えているようだ! なに、焦ることはない! いつも通り、ただ歩いて通れば良い! 立ちはだかる者は、一人残らず殺すぞっ!」


 先頭に立つガーラントは、指で耳に詰まった泥を掻き出しながら、後ろからくる兵に対して檄を飛ばすと、「応っ!」と兵士達が答える。

 ガーラントの器量と、統率力はスルト歩兵隊を率いるのに充分であった。ガーラントは、その場で腕組みをし、後ろの隊がガーラントを追い越し進んでいく。

 

 それを見た、クロード率いる歩兵部隊は、武器を構えじっと見つめていた。

 ラミッツ側は手始めに、空から弧を描く雨のように降り注ぐ矢の一斉射撃を行う。防衛ライン後方の弓兵が休みなく射撃し続けている。もちろん、こんな予定調和な攻撃は、来るとわかっていれば防ぎようがある。大陸一の戦闘民族のスルトが、この程度の矢で怯むわけがなく、誰も空から目を逸らさず、ある者は盾で防ぎ、ある者は剣で払った。やがて、防衛ラインの近くまで詰め寄ると、矢の雨は止んだ。 

 クロードは僅かに見えるガーラントに向けて叫んだ。


「突撃ーー!!」


 叫び声を聞いた、歩兵隊は目の前のスルト軍に向かい走り出した。両軍の衝突は、大地が割れるような音がして、強烈な地響きが起きた。

 スルト軍の隊列は、前衛が盾を備えた重装兵、その背後に剣や槍を持った歩兵、更にその後ろが少数であるが弓兵、弓兵よりも少ない人数で簡易的な魔法が使える魔導兵である。ガーラントは、指揮を取る立場であるが、魔導兵士でもある。しかし、ガーラントの類稀なる統率力は、一介の魔導兵として扱うにはあまりにも不相応であるため、魔導兵兼、指揮官として戦場を仕切っている。


 防衛ラインの目の前では、激しい金属音と、激昂する声、斬りつけられた痛みで思わず出てしまう叫び声、進むべき方向を示す声、人の足音、沢山の音が響いた。

 霧は既に完全に晴れ、代わりに土埃が舞い、両軍の視界を奪い、戦場の苛烈さは徐々に増していった。

 そんな中、腕組みをしながら戦場を見ていたガーラントは、突然クロードの方に向かって歩き始めた。戦場には流れがあり、それは何が原因となるのかを見極める事が肝要。天候、士気、あるいは戦術。複雑な要因が流れを作り出す。


「……なるほど。あれが要だろうな」


 歴戦のガーラントは、防衛ライン突破の鍵はクロードを討ち取る事であると見定めた。現在、クロードがこの戦場の流れを作っていることは、明白であり、このままクロードの部隊が武功を上げれば上げる程、更に流れが強まる可能性が高い。それを知るガーラントは、クロードを直接手にかけるべく、武器と人の渦巻く、衝突地点へと向かった。

 激しい戦闘が起きる戦場を、ガーラントは、まるで近くの商店に買い物に行くかのように悠々と歩いて進んでいく。ラミッツ兵が、ガーラントに剣を振りかぶるが、ガーラントは槍斧そうふを一薙 ぎし、ラミッツ兵は千切れながら吹き飛んだ。矢が飛んで来れば、叩き落とし、人で埋め尽くされた戦場を着実にクロードの元へと向かっていった。


 対するクロードは、スルトの強靭な戦士達を圧倒する唯一の存在であった。スルトの兵士一人に対して、ラミッツ兵三人でも劣勢であるという異常事態の中、クロードは、スルトの兵士三人を相手にしても尚、余裕がある様子だった。

 隣で戦うブラムスは、この歩兵隊の中でクロードの次に実力があり、力のクロードに対して、技のブラムスなどと言われており、軽い身のこなしと、相手の急所を確実に突いていく、スマートな戦闘を行なっていた。


「ブラムスっ! 大丈夫かっ!」


 クロードは、三名のスルト兵を捌きながら、近くにいるブラムスに声をかける。

 ブラムスは対峙する兵士の首を切り落とし答えた。


「ああ! クロードこそ疲れたんじゃないのっ!?」


 クロードは、スルト兵を力で吹き飛ばし、その場に転んだ者の心臓に剣を突き刺し、これに答えた。

 

 周りのスルト兵は、クロードという男に恐怖した。これは、戦闘を好み、武の道を歩んでいるからこそ感じる、クロードという男の強さから起こったものである。しかしながら、クロードを自由にさせるわけにもいかないので、スルト兵は二十名近くの小隊を丸々使って、クロードとブラムスを中心に大きな輪を作るように取り囲んだ。


「これは、手厚い歓迎だね」


 ブラムスは、クロードに笑いながら語りかける。「気を引き締めていくぞっ」とクロードが先手をかけようと一歩踏み出した瞬間、その円陣は綺麗に二つに割れ、その間からガーラントが現れた。


「近くで見ると、意外と小さいな!」


 ガーラントは、大声で笑う。クロードは、戦闘が始まる際に、この男が敵の大将であることは理解していた。


「これは、なかなか骨が折れそうだ。ブラムスいけるか?」


 ブラムスに問いかけた瞬間――。防衛ラインの方から、緊急事態を告げる笛が鳴り響く。それは、この戦場の次なる起点を知らせる音であった――。

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