調停国の出陣
――王国歴 1484年 4月 ルストリア王都アリーシャ ラミッツ大収穫祭 二日目
「スルトを滅亡させます」
ヴィクトは、アルベルトの方を真っ直ぐに向きそう答えた。
「我が国は、全面的に抵抗する意思です。しかし、スルトがミクマリノの原魔結晶石さえも掌握する可能性がある為、大々的に動くことが出来ず、私が直接ご報告に伺いました」
バルバロッソは、それを聞いて納得した様子だった。壁際に立つ二人の若い男は、それまで表情は無かったが鋭い気を放った男は、ここにきて少し怪訝な顔をしていた。ヴィクトは、立ち上がり頭を深々と下げた。
「大王から伺った全ての作戦をここに開示しますので、どうか大陸を救ってほしいのです」
アルベルトは、「頭など下げずとも良い」と言うと、作戦の説明を促し、ヴィクトは、要点をまとめながら説明を行う。
「我が国が大王から受けた命令は、単純なものでした。ミクマリノ軍はスルト領土内を経由し、ラミッツ侵攻に加われ、ということでした」
フィロンが、相槌を打ちながら答える。
「なるほどねー、それでスルトは我々の駐屯基地を破壊して、ルストリアを攻めるように見せかけていたんだね」
バルバロッソは、不機嫌そうな顔をして立っている眼鏡の男に話しかける。
「まあ、仮に真っ直ぐルストリアに突っ込んで来るなら来るで、ベガ様の雷の餌食だろうけどな」
眼鏡の男は、露骨に嫌な顔をしたが、すぐに無表情に戻った。フィロンは、頬杖をつくとヴィクトに皮肉混じりの言葉を投げかけた。
「しかし、一方的な交渉だねー、バーノン大王はミクマリノに国の存亡を秤にかけて依頼するなんてー、あ、依頼じゃなくて脅迫かー」
アルベルトは、顎を右手で擦りながらその先の展開について疑問を呈した。
「ここまでの話はわかった。つまり、スルトはシーナと手を組み、ラミッツを挟み撃ちにする。更にミクマリノは、北を通りスルトの進軍に加わる。その後、スルトは何を企んでおる? ラミッツ側への領土拡大か? 結ばれたばかりの条約を破ってまで、何をしたい?」
バルバロッソは、アルベルトの話を聞くと鼻で笑って言った。
「はんっ! 戦争で領土の拡大だぁ? そんなことすりゃ、俺達と全面戦争だ。そんな勝算がどこにある? シーナだろうが、ミクマリノだろうが、ただでは済まないのはよくわかっているだろう?」
ヴィクトは静かに、こう答えた。
「私はバーノン大王の目的は、ラミッツの原魔結晶石の占領、もしくは破壊だと考えています。そして、調停者の実権をスルトのものにするおつもりでしょう」
「野蛮な思想だな」
先程、ベガと呼ばれた眼鏡の男がと呟く。
ルストリアの面々は誰しも驚きを隠せない様子で、唯一、壁際の鋭い気を放った男だけは、黙って正面を向いていた。
フィロンは驚いていたが、頭をくしゃくしゃにして少し考えた後、一番に口を開いた。
「あ、なるほどー。国民を人質にとるわけかー」
バルバロッソは、フィロンの出した結論の意味をまだ理解できていないようだった。そして、それを待っていたかのようにヴィクトの口からその説明が始まった。
「スルトが、仮に原魔結晶石の周りに魔法陣を描き、大王の怒りを放つという脅しを使えば如何にルストリアが強大であるとは言え、慎重にならざるを得ません。何故なら、原魔結晶石に何らかの異常が起きた場合、大地から瘴気が溢れかえり、その土地は死の大地と化します。我々魔導士には、ほとんど無害であったとしても、何の素養も持たない市民は十中八九死んでしまうでしょう」
バルバロッソは、意味がわかると円卓を拳で叩き、激昂した。
「あの愚か者! 民衆を巻き込み盾にした上で、交渉するというのか! 大陸全土の安定を天秤にかけると言うのか!!」
アルベルトは腕を組み、バルバロッソに落ち着くように促すと、ヴィクトに語りかける。
「その仮説が現実であったものとして、話を進めるが……。もしそうであったとして、何か作戦を持ってきたように思える。そうであろう? ヴィクト」
ヴィクトは、小さく頷くと円卓に描かれたルストリア大陸の絵を指差し、説明を始めた。
「我々ミクマリノ軍は、指示通りスルトの軍勢と共に進軍を行っております」
バルバロッソは、凄まじい速さで立ち上がりヴィクトに向かって
「失礼しました、話の手順違いです。スルトの作戦に乗った振りをするということです」
ヴィクトが詫びるも、緊迫した空気は続いた。アルベルトは、それを見て「全員座れ」と一言投げかけると、バルバロッソはアルベルトの異変に気付き、渋々着席した。それに合わせるように、ギークも着席した。
その場にいる誰もが気がついたことであるが、座っているアルベルトの全身から魔力が溢れ出ていた。
「それで?」
と、アルベルトは温度を感じない言葉でヴィクトに尋ねる。
「はい。スルトを経由してラミッツに向かわせている我々の軍は、巧妙にスルト領土の主要な補給地点を起点に、分散させながら進軍を行っております。そして来るべき時に我が軍はスルトを制圧する試みです。ラミッツにスルトの主戦力が向かっていると考えれば、バーノン大王に辿り着くことも難しいことではないでしょう」
フィロンは、頬杖をついたまま地図を眺めてヴィクトに語る。
「ミクマリノは、バーノン大王を抑えないとどっちにしろ詰みだもんねー。駐屯基地の破壊を知っていながら見過ごしたのは、この作戦の為ってことかー。この作戦がバレたら、先に落とされるのはラミッツじゃなくて、ミクマリノになってしまうものねー」
「左様でございます。しかし、バーノン大王の策を逆手に取り、我々がスルト軍の退路を断ってしまえば、形勢は逆転すると考えます」
アルベルトは頷くと「この争いの元凶を叩くことが最も早い終結に繋がり、結果として被害が最も出ない、その作戦は理解できる」と賛同に近い発言をした。
バルバロッソは、不服そうな顔でヴィクトを見つめながら質問をする。
「ラミッツはどうする? まさか、自国さえ良ければいいなんて思ってないだろうな? この戦争はラミッツの原魔結晶石を落とされても、同じように詰みなんだぜ?」
ヴィクトはバルバロッソからの視線を避けずに見つめ返すと、第二の作戦について語り始めた。
「防衛戦と侵攻戦であれば、圧倒的に防衛戦のほうが有利です。当然、戦力差にもよりますが、地の利がある防衛戦となれば尚の事、長期戦は避けられないでしょう。現在のラミッツの戦力、それに加えてルストリア駐屯部隊の戦力を合わせれば、スルトの精鋭が相手であっても一週間は持つと考えています」
「まあ、妥当な計算だな」
アルベルトが頷いて答える。
「そこにルストリア本軍も加わり、更なる長期戦を強いられるスルト軍は、必ず状況打破の為に『大王の怒り』を使います。これを合図にラミッツの侵攻に混ざっている我が軍が、一斉に反旗いたします。これによりスルトの大軍は混乱し、統率は崩れ、敗走を始める者が現れるはずです」
フィロンがポンっと、手を叩いて応答した。
「そこで後退してきた軍勢を、挟撃の形ですり潰すってことかー!」
熱弁するヴィクトを見つめながらも、僅かに信頼の灯火が着いたバルバロッソは、疑心を打ち消すべくヴィクトに尋ねた。
「待てよ。ミクマリノが、この作戦通りに動く保証は?」
これは、その場にいたギーク以外の誰しも思っていたことであった。ヴィクトは、胸元から豪華な布で包んだ何かを円卓の上で、ゆっくりと開封し始めた。何重にも包まれた、その何かが姿を見せると、ヴィクトはそれを差し出しながら語気を強めた。
「これは、我が国の
バルバロッソは、目を丸くしてその国印を見た。アルベルトも、これには流石に驚いた様子であった。これに畳み掛けるように、ヴィクトは更に語気を強める。
「我が国の原魔結晶石を守ったとしても、ラミッツの原魔結晶石が落ちてしまえば、大陸の安寧は崩壊してしまいます。どうか、どうかこの大陸の安寧を脅かす者に正しい裁きをっ!!」
ヴィクトの声は作戦室内に響き渡った――。
と、ここで。静まり返った室内に、最初に入ってきた音は、入り口の扉が勢いよく開く音だった。
「会議中に大変失礼致します!」
ルストリア軍の兵士が緊急事態として、伝令に入ってきた。その兵士はアルベルトの横まで行き、耳打ちすると、すぐに退出した。
「……どうやら、全てヴィクトの言う通りということか。物見からルストリア・スルトの国境間で争いが始まったと通達があった。別件でロゼッタと言う歩兵からの伝達もあったようで、駐屯基地は壊滅したそうだ」
もはや、アルベルト、バルバロッソ、フィロンは疑う余地もなかった。
「であれば、これは陽動ですね」
ベガが応え、そして続けて対策案を出す。
「ヴィクト殿の話が本当であれば、このスルト・ルストリア国境間の攻撃はルストリア軍をラミッツへ向かわせない為でしょう。ならば、最小限の援軍を送り、わざと膠着させまましょう。そして、至急ラミッツへ向けて主力軍を向かわせ、スルト本隊を叩きます」
「決まりだな。至急取り掛かれ」
「はっ!!」
会談はこれにて終了し、ヴィクトの立案に乗ることを決定付けた。
ヴィクト達が作戦室を後にすると、フィロンとバルバロッソは、作戦を実行に移すため準備に取り掛かかり、兵士たちを集めた。作戦室の中では、鋭い気を放つ男とアルベルトが二人で何やら話をしており、扉の外では複数名の参謀が、話が終わるのを待っていた。
しばらくすると、アルベルトと話していた男は作戦室から出てきて、居住区へと向かった。城内の居住区は、かなり広い作りになっており、部屋は相当数ある。その中には、外から来た友人を招くゲストルームも設置されており、人目を避けるように男はそこへと向かった。ゲストルームの中にはベガが待っていた。
「ムーア、どう見る?」
ムーアと呼ばれた男は、険しい顔はそのままに、窓越しに遠くで微かに煙の上がるルストリア・スルト国境付近を見ながら言った。
「俺が国境線へ向かう。そのままスルト領土に入り、火の原魔結晶石のある護封の祠辺りから調査するつもりだ」
「そうか……それが良いな。私の方でも、警戒をしておこう。ヴィクトの言う事は、辻褄が合い過ぎるところがある。それにミクマリノがスルトを制圧した後の展開、これは不確定要素が多すぎるからな」
二人は、ヴィクトに疑いの目を向けていた。ヴィクトの言うことが全て虚言であるということではなく、何かしらの思惑を感じたからである。
先ほどムーアはアルベルトにそれを伝え、先に単独で動く許可をもらい、調査も兼ねてスルトに向かうこととなった。
ムーアとベガ、この二人はルストリアの中で一目置かれる存在であり、有事の際には他国から最重要警戒される存在であった。特にベガは『
また、ムーアも魔導軍の大佐の一人である。任務の達成率が九割を超える専属の部隊を率いる部隊長でもあり、運や状況が複雑に絡む戦場において、かなり異質な存在であった。
そんなムーアからの進言となれば、いくらヴィクトの演説に心を打たれたアルベルトと言えど、
その任務とは、「バーノン大王の捕縛を速やかに行い、この戦争を止めること」である。
ついに全ての国を巻き込んだ『第一次大陸大戦』の激突が始まる――。
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