誘いの二手
――王国歴 1484年 4月 ルストリア王都アリーシャ ラミッツ大収穫祭 二日目
ここアリーシャ城は、大陸で最も大きな城というだけあってルストリア国内であればどこからでも見える。城の中央には、それぞれ高さが少しずつ違う複数のキープタワー、所謂天守が
特殊な建築様式で建てられたアリーシャ城は、芸術的観点で見ても評価が高いのだが、機能的な面においても大陸内で最も優れていると言われている。
通常の城が備えている防衛機能である
アリーシャ城の大陸一の防衛機能は『対魔法特化障壁自律展開機構』通称、対魔壁である。これは、簡単に言うと魔法による破壊が不可能な城、ということである。
仮に、アリーシャ城に魔法で作った火球をぶつけたとして、その火球は壁にぶつかると同時に消滅してしまう。焼け跡すら残らずに。
大陸の平穏を守るルストリア軍は、必然的に城が手薄になる機会が多くなる為、この機能もまた必然的に産まれたものである。しかし、対魔壁の建築技術、あるいは魔法は、初代ルストリア国王と四人の賢者により生み出されたものであり、現在では再現不可能な失われた技術になっている。また、対魔壁のお陰で城内は安全に魔法を使うことが出来、訓練の役にも立っている。
ヴィクトとギークの乗る馬車は、そのアリーシャ城まであと五分というところまで迫っていた。
城下町は、石造りの建造物から城に近づくにつれ、建物と建物の間隔が広くなっていき、ステンドグラスが嵌め込まれている背丈の高い建物や、美しい庭園が隣接する建物が増えてくる。ルストリア軍の見廻兵も、城に近づくにつれ増えてきた。
まもなく、二段構えの円形の塀を一つ超え、二つ目の塀前で馬車を降りると、跳ね橋を渡り門番のいる城門前までたどり着いた。スルトで行ったようにギークが門番と短い会話を行うと、その場で武器を預け、城内での行いに関する誓約書にサインを行った。
スルト城へ入場する際と違う点は、前回はヴィクト参謀総長の名前の書状であったものが、この度は、ミクマリノのレオンチェヴナ国王の名前での書状であり、その書状には国王だけが持つ国印が押されていることである。
これにより、現在スルト側で見えた謎の光をめぐって、城内が騒がしい中、ヴィクトはよるスムーズに入ることができた。城内に入ると、ルストリアの軍服を着た小柄な男がヴィクト達を迎えた。
「はーい、こんにちは、ヴィクト参謀総長殿。そちらは、ギーク大佐殿ですねー。私はルストリア軍技術開発局局長、パンテーラのフィロンと申しますー。ヴィクト参謀総長は、お久しぶりー。ギーク大佐は初めましてですねー」
そう言ったフィロンはお互いに魔導士ということもあり、握手も交わさずに案内を始めた。フィロンは五人の衛兵を引き連れており、ヴィクトとギークは少し窮屈さを感じながらアリーシャ城内の会議室へと向かった。フィロンは、特に会話することなく足早にヴィクト達を先導した。
「本来なら、私は研究室に篭りっきりなんですけど、ちょっと今は人手が足りなくてー」
道中、フィロンはそんな発言をした。実際、フィロンはこのような状況にならなければ研究室に篭りっきりであり、下手をすれば式典などにも参加しないほど、浮世離れした人間であった。
アリーシャ城内は、どこも赤い絨毯が敷かれており、壁を見ると美しい彫刻や、絵画が飾られている。原魔結晶石を模した燭台が等間隔に並び、夜になればこれに火を灯す。現在は日中なので、縦長の美しい窓ガラスから採光し、城内はとても明るい。大陸内最大のこの城は、地下の軍事訓練の施設、二階、三階の居住区、四階の作戦室、 五、六、七階は情報が公開されておらず、八階以上はキープタワーになっている。
ヴィクトもギークもここに来るのは初めてではないので、別段城内の装飾など気にする様子もなくフィロンに着いていった。二人が四階に上がる際、二階、三階の居住区は閉鎖されており、敷居が立てられているのが見えた。現在の状況を見れば、居住区でゆったりしている者など居ないはずなので、当然である。四階に到着する頃には、フィロンは息を荒げ、その場に座り込んでしまった。
階段の目の前にある作戦室の扉が開き、中から美しい髪が肩まで伸びた痩せ型の男が出てきた。
「ヴィクト殿、ギーク殿、お待ちしておりました。ルストリア軍魔導部隊パンテーラのバルバロッソです。どうぞ、こちらに」
座り込んでいるフィロンは、どうぞどうぞ、というような手振りをヴィクト達に向けた。中に入ると、大陸全土が描かれたとても大きな円卓が設置されており、最も扉に近い席に二人は案内された。
円卓の向かい側には、短く切り揃えられた金髪の男、アルベルト総司令官が座っており、幾つもの勲章を胸に着けた最上級の軍服を着ていた。バルバロッソはアルベルトの右側に座り、フィロンが遅れて入ってきて、今度はアルベルトの左側に座った。
そして、それを囲うように、若い男が左右の壁に一人ずつ立っている。一人は眼鏡をかけた知的な男で、もう一人は鋭い気を放った男であった。
「久しいな、ヴィクト」
中央に座るアルベルトが声をかけた。
「お久しぶりです。アルベルト総司令官」
ヴィクトは、神妙な面持ちで答え、その隣でギークは円卓に座る二人のパンテーラを少しだけ見た後に、また正面を見た。
この度のルストリア会談にて、ギークは発言権を持たない。スルトでの会談は、非公式であった為、発言する余地があったが、公式な場でギークに意見を求められることはない。
では、何故ヴィクトに付添うのかと言えば、他国間での発言の裏取り、言質の為である。他国間での会議は、ヴィクトが国王の許可を得て、その書状を持ち、自身の側近に見届けてもらい裏取りを行い、それでも足りないほどリスクが非常高いものである為、この作戦室内の緊張感は当然のものであった。
「さて、早速だがヴィクト、その重要な話、というものを聞かせてもらおうか」
アルベルトの落ち着いた低い声が会議室に響く。
ヴィクトは、軽く深呼吸をしてから、ゆっくりとした調子で話しはじめた。
「では、単刀直入に申し上げます。スルトとシーナが手を組みラミッツに攻め入る、という情報をお持ちしました」
バルバロッソだけが、それに少し驚いた様子で「ラミッツ? スルトがラミッツに?」と声に出した。他のルストリアの面々はヴィクトが引き続き話すのを待っている様子だった。
「一昨日の夜中、スルト領土内のルストリア駐屯基地が襲撃されました。まもなくその情報もこちらに入ると思いますが、その襲撃はスルトの精鋭部隊によるものです」
「あの光はスルトの駐屯基地のものであったか……」
アルベルトは、眉間に指を当て険しい顔をすると、深く息を吐きながら言った。続いて壁際の眼鏡の男が呟く。
「駐屯基地から毎朝軍務開始の合図で発信される、魔力ソナーでの伝令が昨日、今日届いていないから、想定はしていたが……」
ルストリア軍はあの光について目下調査中で、本日の昼頃には偵察隊が出立する手筈になっていた。アルベルトは、腕組みをして少し考えると狼狽する面々を尻目に毅然とした態度で言った。
「では、昨日のラミッツ・スルト間の国境あたりの光も同様……ということか」
ヴィクトは、アルベルトの目を見つめて「その通りです」と答えた。
バルバロッソは堪らず強い口調で問う。
「ヴィクト殿はその情報をどこから?」
ヴィクトは、少し言い出しにくい、そんな表情をするとアルベルトがそれを汲み取った。
「直接、聞いたんだろう?」
ヴィクトはそれに答える。
「……はい、一週間前にバーノン大王が直接、我が国を訪れ、ミクマリノもこれに加わるように、と言われました」
フィロンがここにきてヴィクトの発言に興味を持ちはじめる。バルバロッソは、更に尋ねる。
「して、御国はその誘いを聞いておきながら、大王を見送ったと?」
「そんなことは……!!」
ヴィクトは、何かを言いかけて下を向いた。そして、再び語り出した。
「スルトは用意周到でした。ミクマリノとスルトの国境要塞に魔法陣を設置したと……。バーノン大王の合図一つでその魔法陣が発動するとも。協力が得られないのであれば、南のシーナと共に襲撃し、ミクマリノを滅ぼすと言ったのです」
バルバロッソは、怒気を含みながら更に尋ねる。
「発動したら、どうなるんだ? 貴様らは戦争の片棒を担ごうとしているんだぞ!」
その問いにはアルベルトが答えた。
「『大王の怒り』か……」
ヴィクトは「はい」と答えてまた俯いた。アルベルトは、意味を汲めないバルバロッソを含む全体に呟くように話した。
「あの異常な光は、大王の怒りであったか。バーノン大王の究極魔法、障壁魔法などもろ共せず
フィロンは、アルベルトの言った大王の怒りという単語について反応する。
「なるほど! 仮にその状況が本当なら、うちに救援を求めていたとしても、大王の怒りさえ発動してしまえば、国境要塞の突破は止められず、救援を求めている間に国が落とされてしまうだろうね」
バルバロッソは、ため息を吐く。そして、少し置いたのち、先程なヴィクトに対する失礼な発言を「感情的になった」と詫びた。
ギークは無表情なままであったが、ここまでの運びが、ヴィクトがルストリア到着前に言っていた展開と、同じ、それどころか一字一句違うことのない発言と展開に内心驚いていた。
アルベルトは、少し考えた後、ヴィクトに尋ねた。
「それでヴィクトよ、御国の判断は? この状況をどう打開するつもりだ?」
ヴィクトはアルベルトの前に一歩近づき、こう言った。
「スルトを滅亡させます」――。
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