来訪

――王国歴 1484年 4月 ルストリア王都アリーシャ ラミッツ大収穫祭 二日目 午前十時


「さて!」


 と元気よく発声したヴィクトが手を打ちながらギークに話しかける。


「いやはや、困りましたね、困りましたね。戦争が起きてしまいますよ。ギーク。何としてでもこの流れを食い止めねば!」


 握った拳を目の前に掲げ、真剣な眼差しをルストリアのアリーシャ城に向ける。ギークはそんなヴィクトの発言を受けて、表情も変えずに「そうですね」と短く答える。


 ヴィクトとギークはルストリアに来ていた。


 ルストリアの城下町は、綺麗に揃えられた石畳に、等間隔で石造りの建物が軒を並べ、馬車が通ることが出来る大通りと、人だけが通行できる小道が整備されている。北から南を結ぶ「レングス」という道があるり、西の大きな山からは大きな川が流れており、それを水路にして街の東側まで流している。

 ルストリアを地図上で見た時、敷地は円形であるものの、敷地内の道を見るとそれがチェスボードのような網目状の道路が敷き詰められており、初めて来た者も迷うことなく目的地に到着出来る様に配慮されている。また、効率的な道作りは、それぞれの建物に正確な住所が設定することに役立っており、非常に機能的な町であると言える。


 現在、ヴィクトとギークがいるのはルストリア城下町の東、この一帯はミクマリノから届いた海産物の卸売りや、海産物を利用した食堂などがある。特に有名な料理は、大きく切ったミクマリノ産のサバを塩焼きにして、シーナ産の小麦を使った香り豊かなパンに挟み、ルストリアの果樹園で採れたレモンをたっぷりかけた、サバサンドが人気で、八十ルッカという絶妙な値段も相まって、午前十時から販売を始めて午後に差し掛かることなく売り切れてしまう。

 隣にあるサンドイッチが二十ルッカなのに、サバサンドが売り切れるまでは、ほとんど誰も手をつけないというのだから、その人気は明確であった。


 また、ルストリアの地形が比較的低い山に囲まれた盆地ということもあり、季節による寒暖差や、昼夜の寒暖差がある為、葡萄の育成に適している。そのまま食べる葡萄も酸味と程よい甘味があり非常に美味しいが、特に有名なのは、原魔修道院が年に二回仕込む葡萄酒で、これが大変に美味である。飲酒は蜂蜜酒がポピュラーな大陸であるが、王族や、富豪の間では葡萄酒が飲まれることが多い。

 ごく稀に、市場に葡萄酒のボトルが卸されることがあるが、競売にかけられ、ボトル一本、二十万ルッカの高値がつき、店頭に並ぶ時には六十万ルッカにまで値段が釣り上がるという。

 ちなみに、六十万ルッカと言えば、大尉であるクロードの年収に相当する。


 二人は朝食をまだとっていない。それは、サバサンド目当てであったが、既に売り切れであった。


「もう馬車に乗りましょう」


 ギークは目の前の大通りにひっきりなしに通る馬車を呼び止めようとしたが、それをヴィクトに制止された。


「いや、まだここの近くに用事がありましてね」


 ヴィクトも相当に空腹であることには間違いが無いが、どうやら本来の目的があるようだった。ヴィクトを先頭に二人は、すぐそばにある小道に入っていく。


「お、あったあった」


 ヴィクトがそう言って入っていったのは、なんてことない寂れた売店であった。たくさんの新聞が積まれている店内には、少し古くなったバケットも売られており、ヴィクトは新聞を一部とバケットを二つ手に取り、勘定場に置いた。

 勘定場にいる『テオ』と書かれた名札をつけた人当たりの良さそうな少年は、その雰囲気とは逆に少し機嫌悪そうに「三十」と言った。ヴィクトは、財布を弄り五十ルッカの硬貨を取り出すと「お釣りはいりません」と言って勘定場に差し出し、売店を後にした。


「いやー、良い買い物でしたー。はいこれどうぞ」


 そう言うとヴィクトはギークにバケットを一つ手渡し、先程までいた大通りに戻り馬車に乗りこむ。


 ルストリアの街中で走る馬車は揺れが少なく、音が静かということで有名だ。

 ヴィクトとギークが乗り込んだ馬車はその中でも最上級のもので、美しい宝飾が添えられたガラス窓に、本来であれば四人は余裕で乗れるであろう車内を、二人乗り用に改造が施されている。

 美しい彫刻を施した小さな机が中央に設置されており、光沢感のある布を張った、非常に弾力のある座席は数時間座っていたとしてもお尻が痛くなることはない。値段も当然最上級で、城まで歩いて二時間ほどの道のりを二人で乗ると、千ルッカという非常に高価な値段がついている。

 

 二人が向かい合って座席に腰をかけ、小さなテーブルにバケットを置くと馬車は城に向かって出発をした。


「あぁ、国のお金を使って贅沢をするのは堪りませんね。ふふ」


 ヴィクトは、机の上のバケットを手に取り些か不謹慎なことを言う。ギークは、密室内で聞こえなかったふりをした。


「ギーク、車内で腹ごしらえをしてしまいましょう」

 

 ギークは「はっ」と返事をするとヴィクトがバケットに口をつけるのを見てから、食べはじめた。ヴィクトはバケットを食べながら、アフィニティと大きく書かれた新聞を広げた。

 時折、ふむふむ、とか、へー、とか独り言を呟きながら、十枚はある新聞を十分足らずで読み終えると机に四つに畳んで置いた。ギークは、机に置かれた新聞に目をやると血相を変えて奪い取った。

 血眼になってギークが読んでいるそのページは、ミクマリノが誇る騎士団と政治家の間に起きている争いと、それによる国民の不信感について書かれていたが、その理由は幼き国王レオンチェヴナが原因である、と書かれている。


「こ、この新聞社は、どちらに……?」


 ギークは下唇を噛み、新聞を握りつぶしながらヴィクトに尋ねた。


「まー、まー、そうカリカリせずに。こんなものは、事実から離れたところで面白がって書いているだけです」

「しかし、尊厳を陥れている!! 王の目に止まったらどれだけあの方を傷つけるかっ……!」


 ギークは、自分の太腿をその拳で叩き、怒りを露わにする。

 いつのまにかバケットを食べ終わったヴィクトは、自身の両手を強く打ちパンッと大きな音を立てた。


「ま、それもこれもこれから我々が何を為していくかが、重要なファクターになっていきます。気を引き締めましょうねー」


 そう言うとヴィクトは窓の外を眺める。

(実に愉快ですねぇ。ルストリアは何も分かっていない、まるで自国が正しいかのように佇んでいる。本当の平和とはいかなる状態の事を指すのか……この物語はまだまだ序章ですよ。みなさん)

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