おかしなプディング

――王国歴1484年 4月 ラミッツ大収穫祭 夕刻


 ブラウリオ達の襲撃を退けたランディ達は、バオフーシャ遺跡を脱出し、駆けつけた医療班がすぐさま手当を行った。

 ランディのこめかみの傷は、出血量は激しかったが傷は浅かった。足を深く傷つけられてしまったが、その後の適切な処置により、後遺症が残るような傷にはならなかった。ランツは全身に複数箇所の骨折が見られたものの命に別条はなく、ランツと共に落ちた子供達も、大きな怪我をした者はいなかった。

 魔力をオーバーフロー間近まで使用したクライヴは、魔力制御不可に陥り、魔力が漏れ出してしまっていたが、ランツが封印魔法を施し、死の運命を免れた。それでも瀕死状態であることには変わりなく、ラミッツ国立中央治療院に運び込まれ、予断を許さない状況であった。

 アルロも同様に治療院に運ばれ、想像よりも遥かに深い背中の傷口だったものの、ランディの手配により王族お抱えの治癒魔導士を呼びだし、速やかに治療魔法を施され、なんとか一命を取り留めた。ディーは、アルロの治療が済むまで治療室の前を離れなかったが、アルロの回復の知らせを聞くとその場に座り込み、すぐに眠りに入ってしまった。


 軍事施設に急遽保護された子供たちは、未だに恐怖で泣いている子や、興奮している子、みんな落ち着きが無かった。楽しみにしていた収穫祭で、こんな大変な目に遭った子供達を気遣い、豪華な食事やおやつをランツが手配してくれた。

(少しでも気が紛れてくれたらいい……)

 そんな思いが胸に込み上げた。

 


 頭が痛い、口の中もなんか変だ。体が重たい……僕、どうしちゃったんだろ?


「ミハイル要らないの? なら、このデザートもーらいっ!」


 みんなのおやつを横取りしてるシエルが、僕のプディングにまで手を出そうとしてきた。


「食べるよっ!」


 僕は慌ててスプーンで一口すくい、それを口に放り込んだ。


「あーっ、ケチ!」


 いや、なんで僕がケチになるんだよ、まったく。

 

 ん? え? なにこれ。


「おえっ!」


 僕は思わず口の中のプディングを吐き出してしまった。


「これ……全然甘くないよ」


 柔らかいだけで、何も味がしない……。なにこのプディング、全然美味しくなかった。


「えぇ? 何言ってんの? チョー甘いし、おいしいじゃん! やっぱ、もーらいっ!」


 と、結局シエルが全て平らげてしまった。おかしい、絶対に甘くなんかないのに。僕は理解が出来ず、ランツ先生に聞いてみる事にした。


「ねえ先生! あのプディング味しないんだ。それにジュースも水みたい。でも、シエルは甘いし美味しいって。僕、なんかおかしくなっちゃたのかな?」


 ミハイルの発言にランツは血の気が引いた――。

 それはきっと、いや間違いなくショックに依るものだと分かったからだ。

 戦場ではよくある話。さんざん見てきた、心的外傷後ストレス障害と言われるもの。凄惨な現場を見たり、過度なストレスを味わう事で、心を病んでしまう。それは軍人にとって切り離せない病だ。だが、幼い子供でもなる事は当然ある。

 身体に異常が起こったり、まともな生活に戻れない者さえ居る。治癒魔法や今の医学では、これを癒す術は見つかっていない。


(なんて事だ……こんな小さな子供が……)


 口を片手で覆い険しい表情のランツを、心配そうにミハイルが見つめている。

 はっ、と我に返りミハイルに優しく話しかける。


「ミハイル、それは今日の怖かった事が原因なんだ。ショックで身体がビックリしちゃったんだよ。でもね、必ず治るから大丈夫。……時間が経てば必ずね」


 ミハイルは、少しホッとした様子で「分かった、じゃあ我慢する!」と答えてみせたが、もう一つだけ伝えたい事があった。


「ねえ先生、僕ね、魔法を使えたかもしれないんだ!」


「えっ? 魔法を使ったのかい?」


 驚いたランツは慌ててどんな魔法を使ったのか聞いたが、ミハイルにも良く分からないようで、とにかく「必死で」という事らしい。

 辛い体験を思い起こさせる訳にもいかないと考えたランツは、この話をするのは一旦止めにした。


(落ち着いた時にでも、また聞いてみればいい)


 ミハイルの頭を優しく撫で、みんなの元へと向かって行った。


「あー居た居た! みんなの具合はいいかがですか?」


暫くして明るく爽やかな声が届いた。身体の至る所に包帯を巻いたリンク・リンクの姿がそこにはあった。


「リンク・リンクさん。本当に子供達をありがとうございました!」


 ランツは深々と頭を下げ感謝を告げた。


「誰も死なずに済んで良かったですよ。こちらこそ貴方が居なければ危なかった」


 あ、あとあの銀髪の少年も。と、付け足したが、ランツはクライヴには触れず話題を変えた。


「しかし気になっていたのですが、なぜ王家の方が変装までしてあの場に居たんでしょうか?」

「僕は王家なんかじゃありませんよ! ラミッツ一番のアイテム屋『マジックトラブル99』の店主です。まあ、自称ですけど」


 リンク・リンクは楽しそうに答え、微笑んだ。


『マジックトラブル99』は、実際ラミッツじゃ噂の絶えない話題店である。なんと言っても魔法のアイテム化がそれの原因で、その画期的な技術はリンク・リンクの専売特許だ。


「王子と居たのは魔法関連でちょっと頼まれ事がありまして、それで、その……まあ、古文書探しと……ちょっと地下六階に用事があったんですよ」


 なんとも歯切れの悪い返答をしたリンク・リンクであったが、ランツは鋭く返した。


「なるほど、石守様との複雑な事情。と言う訳ですか」


 地下六階に原魔結晶石がある事は周知の事実であり、そこに石守が居る事も同様に知れた事である。本来、石守との接触は出来ないが、王家の限られた者のみ許可されているので、王子達が人目を忍んで石守の元へ向かおうとしていたのも合点がいった。きっとこの特別な日に、秘匿の儀式でもあるのだろう。と、ランツは自己解釈した。


「それじゃ、僕はこれで! こんな事態なんでやる事山積みですー。まったく」


 リンク・リンクは傷だらけの自分の身体を気にもかけず、颯爽と走って行った。


「流石と言うのか、何と言うのか。ラミッツの商人は逞しい方ばかりですね」


 関心していたランツだが、今回の事件に遭ってノガミ達の事を心配せずには居られなかった。

 

 ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン。


 広場の時計塔の鐘が鳴り渡り、時を告げる。すっかり夕刻となったラミッツ大収穫祭。突然の襲撃に合い、大収穫祭はパニック状態となり、お祭りは一時中断された。一時中断と言うのがラミッツらしい対応で、もし落ち着いたらまだお祭りはやるつもりらしい。


 鐘の音を合図に騒がしさを増した。しかしそれは祭りの騒がしさなどではなく、怒号交じりの耳障りな喧騒だった――。

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