禁忌の発現

――王国歴1484年 4月 ラミッツ大収穫祭


 リンク・リンクは見せかけの杖を捨て、ランディと同じように短剣を構えた。消えかかった障壁魔法の中で、アルロ、ミハイル、ディーが祈るようにリンク・リンクを見ていた。

 

 リンク・リンクを囲うようにブラウリオの部下五名が、弓矢を放つ姿勢でにじり寄ってくる。障壁魔法が消えたその瞬間を狙い、エグティク・ヴェロを発動する構えだ。リンク・リンクは、その動きを察知し少しでも子供達を守る壁になれるようと、腕をいっぱいに広げた。

 ブラウリオに吸い上げた魔力が集中していく。すると、その肉体は浅黒く変色し、みるみる肥大化していく。その肥大化した肉体で、右手でグゥゥっと音が聞こえる程に剣を握ると力強く踏み込み、勢いよくランディに向かって薙ぎ払いをした。ランディは斬撃の速さに回避が取れず、短剣で受け流そうと試みたがブラウリオの剣は岩の様に重く、上手くいかずに右腕とこめかみを切られ、そのまま後方の本棚に吹き飛んだ。


「おいおいおい、どうした! まだ死ぬなよ王子! 大事な人質だ」


 そう言いながら、ランディに近づくと、まだ姿勢の整っていないランディの太ももを素早く斬りつけた。


「ぐっ……」


 ランディは堪らず、片膝をつく。しかし、その目はブラウリオを睨んだままだ。


「王子っっ……!」


 リンク・リンクは、その様子を遠巻きから見て叫んだが、この場を離れる訳にはいかない。リンク・リンクもランディと同様に、子供の保護を優先的に考えている。それは、ランディが五体満足でいるという想定の元の理想であるが、現在、その想定から大きく外れる可能性を目の当たりにして、動揺をした。だが、ランディから子供達の保護を強く命令されていたこともあり、この場を投げ出しランディを救出しに行くという判断を何とか踏みとどまった。

 そんな葛藤をよそに、向かいの魔導士達はエグティク・ヴェロの装填が完了しようとしていた。リンク・リンクの着ている服は特注で、魔法にある程度の耐性がある。だが、複数回の直撃を想定して作られたものではない。


(五名か……ちょっと多いなぁ。一発は短剣を投げつけ照準をずらすとして、四発の爆撃をこの身に受けることは可能だろうか……)


 遂に、障壁魔法がフワっと消える。


(いや、可能かじゃない。やるんだ!)

 

 リンク・リンクが覚悟を決めた矢先、向かいの魔導士の間にほんの一瞬、光が走る――。

 リンク・リンクには、まるで空間そのものが引き裂かれたようにも見えた。訳もわからず魔導士達は一人残らず白目を剥き、その場に倒れてしまった。その光は、凄まじい速度で下層へ向かう階段の方に向かうと、一人の少年の周りをグルグルと高速回転した。


「んー、確かにこれはちょっと燃費が悪いね」


 そう言って、少年は『グラップ・ディーレン』を解除した。


「おい! そいつは危険だ! 油断するな!」


 ブラウリオの咄嗟の号令により、リンク・リンクを狙う兵士を十名ほど残し、全ての兵を少年に突撃させた。たった今使った魔法がジンガの魔法であった事、そのジンガが降りたはずの地下三階から現れた事、この二点だけでブラウリオが過剰に警戒する理由には、十分だった。

 障壁魔法が消え、アルロ、ディー、ミハイルの三人はブラウリオの魔法にあっという間に侵された。アルロは、すぐさま二人を抱き抱えたが、影はアルロを伝って二人に絡みつく。


「私が道を切り開きます! ついてきて!」


 リンク・リンクがそう言うと、上階に繋がる階段目掛けて走り出し、アルロは子供達の手を引き、必死にその後をついて行った。十名程の兵士が道を阻むが、どうにかリンク・リンクは善戦して階段まであと一歩というところまで来た。その時横目で捉えたのは、黒い巨体の男がこちらに向かってくる姿であった。


 リンク・リンクは、咄嗟にその男の奥に視点をずらした。そこには右脚が赤く染まり、引き摺り足で壁伝いにこちらに向かってくる、ランディの姿が見えた。


「ははは、王子は放っておいてもあの足じゃもう遠くに行けん。後はお前らを葬って、任務は完了だ」


 ブラウリオの異様な姿と対面したアルロは、気が動転してしまい、階段とは逆方向に走りだした。


「まずいっ! ダメだ!」


 リンク・リンクが止めようとした時には既に遅く、アルロは追いかけてきた兵士に背中を大きく斬られて転げてしまい、つられて子供達もその場に転がってしまった。

 リンク・リンクは、正確なコントロールで、アルロを斬った兵士に短剣を投擲すると兵士の後頭部に突き刺さり、ガクンと倒れた。


「逃げ……なさい……」


アルロは、絞り出した声で二人に呼びかけた。ディーはアルロにしがみつき、アルロの傷口を手で押さえた。しかし、傷は思ったよりも深く、ましてや子供の力で止血することなど出来ず、ディーのてのひらには、ドクドクと出血に合わせて打つ脈が、無情に伝わるだけだった。

 アルロはうつ伏せのままディーに対して「逃げろ!」と叫んだ。今まで一度も大声など出したことのない父に凄まれたが、それでもディーは懸命に手を押さえて離れなかった。

 既に魔力を吸われ、意識も朦朧とし始めたミハイルは、兵士がいない方向へ力無く走り出していた。だが、ふとディーが居ない事に気づき振り返る。血まみれにうずくまる親子に、トドメを刺しに向かう兵士。ミハイルは恐怖で足が竦み、その場から動けずその場に立ち尽くした。怖いのに目を閉じる事が出来ず、その光景をただただ見つめていた。


「ミハイル、逃げろ!」


 ――なんでこんな事になったんだろう……僕はただお祭りを見に来ただけなのに。なんでディー君は僕に逃げろなんて言うの? 君も逃げなきゃ殺されちゃう。ねえ、なんでおじさん達は僕たちを殺すの? やめてよ、やめてよ、やめてよ!!! 誰か助けて! お母さん――。


『お願い、止めて!!』



≪ミハイル、アクラチアの住人よ。その身を捧げ、理に介せ。イン・フォーダ≫



「やめろっーー!」



 次の瞬間に、襲い掛かった兵士が突き飛ばされていた――。


 考えられないことだが、ミハイルは五メートル程離れた位置から、剣が振り下ろされる速度より早く、兵士を直接突き飛ばした。そしてそのまま、その場にバタンと倒れ込んでしまった。

 剣を振り下ろした兵士も、何が起きたのかわかっておらず、パチパチと瞬きばかりして動揺していた。この僅かな隙に、追いかけてきたリンク・リンクがその兵士の首を刎ねた。


 ミハイルは遠のく意識の中、誰かの意思に触れた気がしたが、そのまま気絶してしまった――。

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