幼き獣

 ――ラミッツ西部 バオフーシャ遺跡


 ジンガの脳内に何故ここに王族が、という疑問はあったが、その思考よりも先に今回の任務遂行の邪魔になるという思考が優先した。


「捕らえよ!」


 すぐさま号令を下し、王子の周りを武装集団が取り囲んだ。この混乱の隙に子供達を外に出そうと、ランツは魔法を解除し、子供達を連れて階段に向かって走り出した。だがそれに気がついた、魔導士の一人が起爆性の矢『エグティク・ヴェロ』をランツに向かって発動しようと構えた瞬間、元老婆の青年が投げ放った光る釘のようなものに手元を狂わされ、軌道が外れてランツの前方の床に着弾し、爆発した。

 床は底抜け、そのままランツと子供達は下の地下三階に落とされてしまった。後方についていたアルロ、ディー、ミハイルの三人は何とか踏み止まり、落下せずに済んだ。

 落下の最中、ランツは子供達を出来るだけ抱き抱えて障壁魔法を展開したが、魔法の中に入れなかったクライヴに向かって叫んだ。


「クライヴ! 許可する! 身を守りなさい!」


 落下した子供達はなんとか無傷であったものの、ランツは頭を強く打ちつけ、その場で気を失ってしまった。クライヴは床にフワリと得意げに着地して、上を見上げた。

 地下三階は、昔の貴重品や伝説の品などが、その歴史と共に飾られた展示場になっている。そこには武器や魔導書のレプリカなども展示されており、観光客が三十名ほどいたが、天井の崩落と人が落下してきた事で、当然の混乱が始まっていた。

 子供達はいよいよ不安が溢れてしまい、気を失ったランツにしがみつき、クライヴはそれを横目で見て「ふんっ」と鼻を鳴らし階段の方に向かって行ってしまった。


「ダメ! 殺されちゃうよ!」


 シエルが泣きながらクライヴを引き止めたが、クライヴはそれに答えた。


「殺される? シエル、僕を殺せる人はこの場には居ないよ。あははは!」


 クライヴはそう言うと歩みを止めることなく階段へ向かった。それとすれ違うように数名の警備兵が子供達に駆け寄り、何が起きたのか状況整理を始めた。


 一方で上階のジンガはすぐさま予定を組み直し、それを伝えた。


「ブラウリオ、五十名ほど兵を残すので、このまま王子を捕らえて人質にしてください。小生は、残りの部下を連れて下に落ちた魔導士と、更に下層から上がってくるであろう守護兵共の排除を。あの魔導士に手間取るようであれば時間を稼いでおきますので、王子を処理した後は、なるべく早く下層に降り合流してください」

「承知した」


 ブラウリオは王子と睨み合いをしながらも、短く答える。


「あ、王子は人質ですよ。間違っても殺さないように。それ以外は必ず殺して下さいね」


 王子が人質となればこの作戦はより磐石ばんじゃくとなる、考えようによっては好機である。ジンガは自分の新しい予定に念を押して、ゆっくりと階段へ向かって行く。

 部下達は地下三階に降りる階段の中腹で待機となった。階段は狭い上に視界が悪く、ここを狙われるとひとたまりもない為、魔法による迎撃を得意とするジンガ自身が先行し、様子を見ることにした。彼が手拍子を二度打つ事を合図に、部下が下になだれ込んでくる手筈になっている。

 ジンガはこれからの予定を後続の部下に伝えた。


「下の兵が少数であれば、小生が処理した後に合図を出します。既に大人数であった場合は、すぐさま合図を出すので駆けおりてきて下さい」


 部下は声を出さず、頷いて返事をする。


「その後はそこら辺に居る観光客を捕らえるなり、殺すなりして脅しましょう。非道はいつだって優秀です」


 素晴らしい予定に満足して、ジンガは階段をゆっくりと降りていく。


 クライヴは上階に戻ろうと階段前に到着した。すると、既に警備兵四人が階段の上を警戒していた。

 警備兵はクライヴに「下がりなさい」と声をかけたが、クライヴはそれを無視して、様子を伺っている。警備兵も子供一人に構っている暇は無く、前だけに集中した。


 やがてブツクサと独り言を言いながら、カツン、カツンとゆったりした速度でジンガが階段を降りてくる。


「仕事に遅刻しそうになって、まずいまずいと言いながら走っていく愚か者が嫌いだ。それならば、遅刻して咎められた後のことを考える方が、生産性がある。予定外を想定した動きを普段からとっていれば、何が起きても焦ることはない」


 ジンガがいきなり警備兵に向かって指さした瞬間、光が飛び出し警備兵の体を突き抜けた。

 突き抜けた光はすぐさま隣の兵を貫き、全ての兵士を通り抜けるとジンガに向かって戻っていき、警備兵はその場に跪き、倒れ込んで気絶した。


「この魔法は、当初の予定では最下層で使うものだったのに。使い勝手は良いが、魔力をとても食うものでね」


 ジンガの体の周りを、雷光のように光る一羽のつばめが「ヴヴヴゥ」と音を立てながら目に見えない程の速さでぐるぐると回っている。


 『グラップ・ディーレン』

 雷の力を燕の形に具現化し自在に操る、ジンガの得意魔法である。

 攻守共に扱いやすい魔法を予め唱えておいたのは、下に落ちたランツを警戒してのことだ。


「小生は、予定外が嫌いなのだ。予定からズレる、それは予定の組み方が悪い。小生は常に予定を想定している。ただそれでも、こうやって起きる予定外がただただ憎い」


 階段を降りきったジンガは、クライヴと十メートルほどの距離まで近づき、目を合わせた。


「例えば、こんな子供であろうと小生の道を阻もうとする。そんなことはあってはならない!」


 ジンガがクライヴに向かって指すと、電気の燕が目で追えない程の速さでクライヴ目掛けて飛んでいく。速さに特化した魔法である為、殺傷能力は低いが、子供を殺めるには十分。更にこの至近距離では訓練を積んだ兵士であっても、反応できない速度だ。クライヴもやはり反応出来ずに、立ち尽くす。

 

 ところが、電気の燕は宙で弾かれ、バチリと音を立てて掻き消えた。


「フフッ」


 小さく笑うクライヴの周りを見ると、既に障壁魔法が展開されていた。それを確認したジンガは、それ故にこの子供が余裕をかましているのだと理解し、苛立つ。


「全く腹立たしい、先程の魔導士が近くにいるな。子供を囮にするなど、畜生にも劣る行為だ」


 ジンガは自分を棚にあげて語ると、付近にいるであろうランツに警戒をした。


「あのさぁ……」


 クライヴが口を開く。それと同時に何故かクライヴを守っていた光の壁がボロボロと崩れていく。


「先生は今、気を失ってるんだ。僕にだけ障壁魔法をかけてくれて、他の子供達も居なくなっちゃった。どうしたらいいかな?」


 ジンガはいぶかしげにクライヴを見つめる。


「演技の下手な子供だ、それでいて腹立たしい。嘘つきは極刑だ!」


 ジンガはブツブツと魔法を唱え始める。途端に電気燕は激しく発光し、大きくなっていく。消えかけの障壁魔法ごとクライヴを消し去るつもりらしい。


「フフッ……アハハッ! アハハハッ!」


 突如としてクライヴは笑い始めた――。


 と、次の瞬間、ジンガの胸をツララが貫き、グワッと体が浮いた。

 

 ジンガは辛うじて背後を見ると、地面から氷が生えており、そこから飛び出したツララに貫かれたのだと気付いた。助けを呼ぼうと声を出そうとするものの、肺や喉が凍り始めて声が出せず、合図の手拍子を行おうにも腕が上手に動かせなかった。


(まさかこのガキがやったのか? 触媒も、詠唱すらも無くだと?)


 想像を超えた予定外に何一つ抗えず、ジンガはそのまま静かに息絶えた。クライヴは血濡れたツララに触れ、既に事切れた身体に更に魔力を込めると、全身が凍りつき、やがてパリンッと砕けて粉々になった。


 軍務において命令は絶対である。絶対ではあるが、ジンガの扱う魔法の音ではない氷が砕かれる音を聞き、兵士は堪らずに顔を出して下を覗く。しかし、ジンガの姿はどこにも見当たらず、子供が一人突っ立ってこちらを見ていた。ジンガを探しに降りるべきか、上階に戻りブラウリオに報告に行くべきか、判断に迷い固まっていた。


 クライヴは、再び自身に障壁魔法を展開すると、すぐさま透明な光の壁がクライヴを包む。


「フフッ、今日はお祭りだ」


 そう呟き、クライヴは階段を軽快に登っていく。

 

 目撃者さえいなければ、悪事も許されるという考えはクライヴにとっても同じ。保護者の『許可』も得た無邪気な少年は、放たれた魔獣となった。

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