偽装

――ラミッツ西部 バオフーシャ遺跡


 ティターン城を囲うようにのきを連ねる城下町を西へ西へと進むと、そこには複数の遺跡が点在している。大収穫祭では、遺跡は無料で解放されていて、地元の人間からすれば何が楽しくて祭の日に遺跡など行くのか、と思うところであるが、遠方からの来客それも目的が観光であれば、赴く者も少なくはない。


 遺跡の入り口には七、八人の観光案内の商人がそれぞれ看板を持って並んでおり、通りがかりの観光客に「遺跡内の案内やってますよ!」と声がけをしている。看板には様々な金額が書き込まれており、その金額は非常に割高である。

 観光客はこれに捕まると、なぜか値引きをするように誘導され、看板に書き込まれた料金の半額ほどで観光案内をしてもらうことになる。値引きの駆け引きも、既に用意されたエンターテイメントであることが、ラミッツの商人の商魂の逞しさを物語っている。ランツは子供達を引き連れ、アルロとディーと共に、遺跡群の中でも有名なバオフーシャ遺跡に訪れていた。

 大きな構造物があったであろう、地上部分のほとんどが瓦礫の山で、地下の部分だけが残り遺跡と化している。観光で解放されているのは、地下三階までで、遺跡の深部についての情報で一般解禁されているのも、この部分までである。実際の地下は六階層まであり、その最奥である六階部分には原魔結晶石が鎮座されている。つまり、バオフーシャ遺跡は原魔結晶石を守るための祠であったが、ランドローグ国王はこれを観光施設として売り出したのである。

 

 ランツはノガミと別れた後、アルロが起きるのを待ち、この遺跡の観光を提案した。この遺跡が最もスルトとの国境線から離れていることと、国の最重要施設であるバオフーシャ遺跡は警備も厚くなっているだろうと予想し、急遽ではあるがツアーの内容を変更してもらうことにした。

 幸い、アルロはバオフーシャ遺跡の観光案内を四年ほどやっていたことがあり、遺跡内の建造物や装飾にまつわる逸話、ラミッツの歴史などを交え、巧みに観光案内を行ってくれている。地下一階には原魔結晶石を信仰する為の礼拝堂があり、正午には賛美歌を歌う聖歌隊が訪れていた。

 アルロは、聖歌隊が来ている時間が最も混み合うことを知っていたので、正午は近くのバザーで街頭パレードを見ながら昼食をとり、聖歌隊と入れ替わりで遺跡に到着した。


 ランツ一行は地下二階の古代書庫に来ていた。古代書庫には既に客が居らず、本棚を見上げている老夫婦が一組と、警備の為の兵士が数人いるのみである。


「この古代書庫には、八千を超える魔法に関する書籍があり、一部の書は手に取って読むことができます。しかし、そのほとんどが魔力を込めなければ読むことが出来ない、古の特殊な本だそうです。このエリアは魔法適正が無い人間にとっては、ただの埃っぽい通路でしかありません」


 アルロの、ここは笑うところですよ、の視線を感じたが、ランツは何が面白いのかわからなかったので目を逸らし、子供達に向き直ると、すぐそばにあった本棚の白い本を一つ取り、魔力を込める。

 本は微かに発光し、それを見せながらランツは説明を始めた。


「このように魔力を込めることにより文字が浮き上がり、本を読むことができます。ただ、内容に関しては非常に難解で、現在では使われなくなった文字も多数見受けられる為、専門の知識がなければ読み込むことは難しいでしょう」


 子供達は魔力で読める本など初めて見たようで皆それぞれ本を手に持ち、それぞれがそれぞれのやり方で魔力を込める素振りをするが、魔力の出し方などわかるはずもなく、本はうんともすんとも言わなかった。

 唯一、クライヴだけは、本棚から少し離れて子供達がはしゃぐ様子を鬱陶しそうに見ていた。

 そして、何故かアルロも「今なら出る気がする」と本を手にし「うおぁーーーっ」と魔力を込める素振りをしていたが、子供達と同様に発光することはなかった。

 いい大人の真剣な叫びに思わずランツは吹き出してしまったが、すぐに元の表情に戻った。子供達は、若干引いていた。


 書庫は高さ六メートルほどの本棚が壁一面にある大広間で、一般解放されているのは高さにして一メートル、本棚では二段目までである。それより上にある本は、簡易的な封印が施されており、定期的に魔法研究者達がここを訪れては解読に勤しみ、現段階では三段目、約四千冊までは解読が済んでいる。

 約四千冊の書物を解読するのに、五十年以上かかっているが、ここ二十年はスルト、シーナが国を挙げて解読に励んでおり、数年前からルストリアのベガもこれに加わったことで解読のスピードは飛躍的に上がった。


「それでは、ルストリア大陸の歴史が綴られる地下三階へ行ってみましょう!」


 と、アルロが意気揚々と地下へ続く階段に向かうその時、背後の入り口から聖歌隊が続々と入ってきた。

 アルロの隣にいたディーは訝しげにそれを見てつぶやく。


「あいつら、聖歌隊じゃない気がする」


 聖歌隊が地下二階の書庫を訪れようが、地下三階のルストリアの歴史を眺めようが、別に変なことではない。変なことではないが、先程まで礼拝堂に居て、その後外に出てもう一度入ってくるという理由と、何よりディーが気になったのは聖歌隊の服装である。

 聖歌隊は、白いローブを頭から被り、原魔結晶石を模して作られた首飾りをしている。大収穫祭の際に新しいローブをおろし、指揮者が宝剣を携えて、新しい気持ちで新たな一年を迎えるのが通例だが、そのローブはやや煤けており、汚れていた。そして、複数名が宝剣を携えている。大人でもあえて注意して見れば、その様子に気がついただろうが、ディーは見た瞬間にその違和感に気がついた。その言葉を受けたランツは、子供達を近くに集めた。

 聖歌隊らしき人達は、八十名余りの人数で古代書庫に入室してくるなり、その一人がローブのフード部分を脱ぎ表情を露わにする。


「ここまで来れば良いでしょう。皆さん脱いじゃってください」


 それぞれがローブを脱ぎ捨てる――と、男達は武装をしていた。


 号令をかけた男がローブを脱ぎ終わるころには、警備の兵がすぐ近くまで迫っており、「なにをやっている!」と声を荒げた時、側近の男が躊躇なくそれを斬り伏せた。

 天井に届くのではないかと言うほどに血飛沫ちしぶきを上げた警備兵は、力無くその場に倒れ、老夫婦は悲鳴をあげた。アルロは咄嗟に子供達を、近くの机の下に隠し入れ、子供達は頭を抱えてしゃがみこみ、泣き出した。


「はぁ……はぁ、いったい何が起こっているんだ……」


 アルロは混乱と焦りで震えながら、それでもディーを守ろうと懸命に抱き抱えた。


 ランツは反射的に胸のポケットにしまっていた杖を取り出し、すぐさま魔法の詠唱を始める。


「空間断裂の盾

 ゼフロスの西風からその身を守れ

 テイコス・フィラカ!」


 その瞬間、机の下に隠れる子供達を机ごと薄い円形の光の膜が覆う。魔法に気がついた武装集団が、数名ランツに向かって走り始めるが、ランツは続けざまに詠唱を唱えた。


「空間断裂の楔

 事象の循環を堰き止め

 息の根を止めろ

 テイコス・トポノ!」


 杖から光の弾が飛び出し、向かってくる男たち目掛けて凄まじい速度で飛んでいき、その喉に着弾した。途端男はその場に突っ伏して、もがいている。男の喉はパンパンに腫れて呼吸が出来ないようだ。

 号令をかけた男が、後に続こうとしている者達を止め、警戒の姿勢に入った。


「いやいやいや、何事にも例外はある。落ち着こう。小生しょうせいの見立てでは、ルストリアの魔導兵と見た。仲間がいるわけではないと思うが、多少のトラブルも予定の内だ、少し慎重に行こう」


 男が何者か分からないランツは、とにかくこの場を逃れる術を考えていた。しかし、その一方でこの者達が原魔結晶石にたどり着いてしまったら、恐ろしい大惨事が起こるのではないかと、焦りを感じていた。


「原魔結晶石のある遺跡の占領が今回の目的である以上、生存者はまずいんですよね。小生、女子供を殺す主義はないんですが、致し方ないでしょう」


 そう言うと号令の男は名乗りをあげた。


「小生は、シーナ国のリダー・ヴァン・デ・ウインズ所属ジンガ大尉です。貴様らを冥府へ送る者の名になりますので、心に刻みつけてください」


 机の下で隠れるシエルが正気に戻って言った。


「リダー・ヴァン……え? なんて? 長っ」


アルロは慌てて「しっ!」とシエルの口を抑えた。クライヴはフフフと笑い、他の子供達は未だ震えている。ディーはパニックになりながらも、現場の不可解な点が気になって仕方なく、ソワソワしていた。


(隅っこに固まって震えているお婆さん……さっきの悲鳴が異常に若かったような。それになんとなく男の人の声に聞こえたんだけど……)


 ランツは、ジンガの横に居る男を指差し新たに生まれた疑問を呈す。


「貴方、スルト軍の方ですよね? 確か、名前は……ブラウリオ、さんだったかと」


 指された男はニタニタと笑いながらそれに答える。


「俺はお前を知らないが、お前は俺を知ってるみたいだな。光栄だよ」


 この答えを聞いたランツは、おおよその展開を推測した。シーナとスルトが手を組んでいること、スルトの異変も恐らく何かの計画で、はなから大収穫祭を狙ったテロの可能性。これらを踏まえて、子供達を守るか、原魔結晶石を守るか、その天秤が頭をよぎる。

 子供達を守るためにこの場から離脱すれば、原魔結晶石は守れない。逆に原魔結晶石を守れば、子供達全員を守り切れず、誰かが命を落とすかもしれない……。

 平穏な日々を楽しく笑えるように、軍務を捨てた。それは今も変わっていない。子供達を見殺しにすれば、それは未来永劫『楽しくはない』だろう。ランツは最善を探そうと思考を巡らす。


(現実としてこの八十名余りの、恐らくは手練れの兵士達相手にどれくらい持つだろうか。この古代書庫が不人気とは言え、ちらほら観光客はこの場に来るはず、希望的観測で言えばラミッツの兵士がここを見回りに来る可能性だってある。だが、それにはあとどれくらい時間を稼げばいい?)


 全く展開が読めないということは、心に絶望を生む、絶望が生まれれば正念場の胆力が減り、死が近づいてくる。


「よし、頃合いです。この方は魔法を連続して使えない、大規模なものも使えないでしょう。そこの老人らも目撃者だ、殺してよい。……かかれ」

 

 ジンガが口火を切る。ブラウリオが近くにいる老人たち目掛けて進み、ジンガはゆっくりとランツに近づいてくる。


 ランツが魔法を唱えようと杖を構えた瞬間、


――カァァン!


 という金属音と共に、ブロードソードが自分に向かって飛んできた。ランツは、それを咄嗟に避け、目の前のジンガを見るが、ジンガも驚いており、足を止め辺りを見回している。床に転がったブロードソードに目を落とすと、スルトの紋章が刻まれていた。

 ジンガはランツから目を切ることはないが、他の兵士達が老人達に襲いかかったブラウリオの方を見ている。彼の手には剣が無く、先程飛んできたブロードソードはブラウリオのものであった。


「やめましょう! 通報に行きましょう王子!」


 老婆が夫に話しかけるが、その声は完全に若い男だった。

(ほら! やっぱりそうだ!)

 ディーは机の下で嬉しそうに一人で納得していた。


「……王子だと?」


 面食らったブラウリオがボソっと漏らす。

 

ブラウリオは、目の前の老人に剣を弾き飛ばされた事や、その手に握る見たこともない光を帯びた剣の事やら、何が何だか理解が出来ずにいる。

 老人が自分の顎下を掴み「それ」を剥がして捨てると、ボテっと音を立てて、地面に落ちた。


「貴様ら、今日は我が国の年に一度の大収穫祭と知っての狼藉ろうぜきか! そこに直れ!」


 剥がれた顔の下にあったのは容姿端麗な青年であり、それに続いて老婆も顔を剥がすと、まだ若い青年の顔であった。それを見た者達全員は二つの意味で驚いた。


 故なら、容姿端麗な青年がラミッツ国王ランドローグの息子、ランディ・ランドローグだからである。

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