双子の獣

 バーノン大王の直属部隊エスパーダ。その中でも突出した二人の戦士ボルグとバルグ。

 優れた実力を持ちながら今まで暗躍だけを遂行し、これまでどの国のどの有力者にも見つからなかったことには、それなりのある理由がある。


 大陸には昔から『転生魔法』の噂や伝説が絶えなかった。かつて、シーナの国王がマグナ・ディメントと手を組み、研究所を設立したのも、これを目的としていた。魔法治療による老化や、衰弱は年々激しくなっていき、平均寿命はそれに付随して短くなる傾向にあった。転生魔法など信じる者は酔狂であるとされるが、力を持ち、富を持ち、権力を持った者が行き着く先は「生き続けたい」という欲望であることは、想像に珍しく無い。

 バーノン大王もまた、そんな欲にかられた一人であった。彼は様々な手法を用いて、これをしようと試行錯誤したが、その望みは露程も叶わなかった。産ませた子供達は、物心つく前に軍学校に送り軍務に就かせるか、出来損ないはそのまま処分をした。

 そんな中、産れながらに強い魔力を宿した双子が誕生した。前例の無いことであった為に、秘密裏に地下牢で育成し魔法の発現を待つことにした。もちろん魔法の発動を目的とした、人体実験等は当時から非難されてた為、この双子の存在は王室内でも一部の者だけしか知らない。

 最低限のコミュニケーションを取らねばなるまいと、躾係を用意し言葉と読み書きを教え、双子とようやく朧げに会話が成り立つようになったのが、彼らが七歳の時である。

 ちょうどその頃、ルストリア軍が筆頭でマグナ・ディメント掃討作戦に乗り出す下準備として、スルトを含めた各国に、徹底的な調査が入ることとなった。

 

 バーノンは、マグナ・ディメントに肩入れしているわけでも、情報を買っているわけでもなかったが、地下牢の双子が見つかれば疑いをかけられるやもしれない。表向きマグナの非道は悪である、と公言しているので、体裁が悪い。実験がバレて明るみになれば、尚のこと。

 そう考えたバーノンは、躾係を引き連れて地下牢へ向かった――。惜しいが双子は処分し、その後に躾係も処分しようと考えての事だ。

 地下に着くと、双子を収容している鉄格子の扉が何故か開いていた。扉は無理矢理こじ開けた具合で、部屋の入り口付近で、牢番が虚な目をして立ち尽くしていた。双子は外に出るわけでもなく、一人は仁王立ちでバーノンを睨みつけており、一人は座って仁王立ちの片割れを見つめている。


「何事か!」


 と、咄嗟に問うがこの不気味な双子の考えている事など、到底理解できるわけもないと思い、剣を抜き仁王立ちする子供の腹部を一刀両断にしたその時。信じられないことが起こった――。

 突っ立ていた牢番が、バタっと力なく倒れ、続いて床に落ちた上半身と置物の様に立っている下半身から吹き出ししたたるる血が、みるみる切断面に吸い戻っていく。そのまま上半身と下半身が互いに引き寄せ合い、見事に復元したのである。

 奇妙な状況に警戒しつつ、後退りをしながら牢番の脈を確認すると、既に事切れており、額にはフェフのルーン文字が浮き上がっていた。復元した子供はガラガラと笑い、座っていた子供はケタケタと笑い、バーノンを眺めていた。

 

 バーノンはこの双子の処分を止めた。思っていた形とは違うが、転生に限りなく近いその現象を見て、この子供から魔法を抜き出すことが出来ないか、あるいは自身もその魔法を習得できないか、それを試さなくては気が済まなかった。こじ開けられた鉄格子を調べると、人力で開けられた形跡があり、この時に彼らの特異体質が判明した。

 この出来事以降、ボルグ兄弟はスルト城の玉座の下、バーノンの私室である「修練の間」で鍛錬と日常生活を過ごし、秘匿な存在となった。


 その後ボルグの魔法を何度も調べたところ、決して不死身ということではなく、ルーン文字による契約を結んだ人間の生命力を肩代わりにして、自身が負った傷を癒している事が分かった。つまり契約者から、傷を癒すのに必要なだけの生命力を転送させることができる。更にこれは双子のバルグと共に詠唱しなければ発動できない、特殊な魔法であった。

 ならば双子であるバルグも同様にこの魔法を使えるのか尋ねたところ、残念ながらそうではなく、あくまでボルグにのみ適応される魔法のようだった。バルグは代わりに『他人の魔法をストックする』という特異魔法を所持していた。

 彼は左手の指五本の裏側に、グチャグチャに刻み付けた、痛々しい傷跡のようなルーン文字がある。その文字にそれぞれ魔法を収納できるという。魔法の発動には、ストックした魔法が本来必要とする魔力の一割程度で発動可能出来てしまう、破格の性能をもつ魔法であった。しかしながら、伴うリスクや厳しい条件が当然それにはあった。

 ストック魔法の本人と契約の儀式をしている事、契約は一人のみでその人間が死ぬまで契約は破棄できない事、呼び出すための魔法陣を事前に準備しておく事、これ以外の魔法を一切使用出来ない事。更に、魔法を発動する際には、ストック魔法の本人の魔力を九割使用する事。つまりストックさせた本人が、発動する際に魔力が残っていなければ、バルグはこの魔法を使えないのである。

 だが、膨大な魔力を有するバーノン大王は、この魔法を自分なら使い倒せると確信し、良い息子を持ったと喜んだ。マグナ・ディメント掃討作戦が実際に実行されるまで、修練の間に匿い続けることは、リスクの大きいギャンブルではあったが、そのギャンブルの報酬として見合うほどにバーノンにとって、この双子の価値は上がっていた。


 問題があるとすれば、ボルグ兄弟の魔力の絶対量が一般的な魔導士と比べて少なく、現在ボルグの一度に契約を結べる最大人数は約二十名、バルグはバーノン大王の最上級魔法を計算上では、恐らく五発は発動出来る見込み。四発まで発動できる事を確認しているが、オーバーフローの懸念から五発目は未だ試してはいない。

 ボルグに関しては契約者のストックが現地調達出来る為、大きな欠点にならないが、バルグは所持している魔法が無くなった場合、戦場でストックすることは難しい。実戦での使用は、決め手となる場面だけに絞られた。さらに、大規模な作戦での連続使用は今回が初めてである事も、些細な不安の一つに上がる。



――ラミッツ大収穫祭当日 正午


 破壊された国境要塞には、スルトの大軍勢が続々と到着し、ここを此度の戦争の本拠点にするべく、その準備と改修、設営を始めていた――。

 

 その人数は数万を超え、この後徐々にやってくる後続部隊や補給隊諸々を合わせると、延べ二十五万人以上にも昇り、スルト本土の警備にも三万人程度の兵士を配備している。この人数は国の人口の一割に届きそうな数であり、本来なら国が傾いてもおかしくない過剰な軍備力である。これが戦闘国家と称されるスルトの所以の一つでもあるが、その全てが正規兵という訳ではなく、異民族や傭兵もこれに含まれる。

 昔から闘争を好むスルトは、戦士が優遇される立場にあり、逆に非戦闘員の民衆への締め付けは厳しい国で、満足な飯を食いたければ戦士となり、死にたくなければ強くなければならない。

 厳しい環境の中で育った戦士たちは当然のように士気が高く、筋骨隆々で、スルトの名に恥じない出立ちである。

 方々で声を掛け合い、兵士達は手際よく建築を進めていく。戦争時、多くの基地を建設する兵士は、戦闘員であり、工兵でもある。スルト独自の建築様式をもっており、中規模の拠点基地であれば、魔法も巧みに使い半日ほどで見事に完成させる。先ほど出来た大穴も塹壕に利用し、戦慣れしている精鋭軍と言える。

 

 ボルグ兄弟は、ここにきてやっと一息入れた。二人は特異体質の弊害として、カロリーの必要摂取量が常人の数倍である部分があげられる。筋肉量が数倍あるため、それを動かす為のカロリーも純粋に必要なのだろう。食事場へ向かい、補給部隊が持ってきた干し肉とパンを貪り始める。

 程なくして、今回の侵攻作戦の総指揮官を執るハーマン・アン少将が到着した。伝達係から行軍の状況や、運ばれてきた物資に関する資料を一通り確認し、エスパーダを除く各隊の隊長を招集し、会議の手はずを淀みなく進めている。


(ここまで全てが順調だ。人的被害はただの一名も出ておらず、最速で国境線を突破、制圧している……)

 

 そう考えているにも関わらず、胸騒ぎが止まらず、この戦争の行く末に暗雲が立ち込めているような気がしてならない。それはの筋書きがここまで綺麗に進む事に、不気味さを感じていたからだ。

 

 ふとルストリアの方角を見上げると、雲ひとつない晴ればれとした空が一面に広がっていた。

 

 アンは放った『保険』が作用してくれること。――いや、作用しないことを祈りながら、作戦会議に身を入れ直した。

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