緊急事態

――王国歴1484年4月 ラミッツ大収穫祭当日 午前四時


 ラミッツ内ルストリア軍駐屯基地では、スルト方面で見えた謎の発光について、夜勤の兵隊たちが集まって、議論が行われていた。偶然ラミッツに休暇で訪問していたドガイとノガミはこれに加わった。


 深夜に基地の警備をしていたラミッツ軍武装憲兵隊ぶそうけんぺいたい、通称ホーウェイ。戦闘装備品の多くをラミッツが生産している事もあり、ホーウェイは試験的な意味合いも兼ねて、常に大陸内で最新の装備が支給されている。

 この小綺麗な装備を纏ったホーウェイの隊長カイが、中心となって議論を取り仕切っていた。カイは突然のドガイ達の到着に驚き、と同時に安堵し、快く歓迎した。

 ノガミとは旧友であり、ラミッツ軍の中でも上位に位置する男だった。切長の目に、短く整えられた髪型、長身で、隊服をスマートに着こなし、より細長く見えるシルエットでコーディネートされている。

 

 話題の中心にある、謎の光。十中八九で魔法だが、なぜあれが発生したのか、なぜこんな夜中なのか、スルトが何者かに攻撃されたのか、不確定要素が多すぎて判断が出来ずにいた。


「間違いねえ! 戦闘が始まる」


と、ドガイは顔を強張らせた。遠目でも分かるあの異常な魔力の放出は、スルト領土のナニかが壊れたことは明白だからだ――と付け足した。

 現状で取れる対処は、大収穫祭の中止要請と、スルト側の国境線の警備を増員する、という内容であり、満場一致であった。緊急作戦室の準備が整った知らせを受け、この内容を基地の総括にも提出しに行く手筈となった。


 三人は急ごしらえで設営された作戦室テントの前に到着。入口に待機していた衛兵が近づいてきて、中へと案内をした。テント中央の大きな机に齧り付き、羊皮紙を何枚も使い、何やら忙しく書き物をしている男がいる。


「ルストリア国軍魔導部隊クローリクのドガイだ!」


 中に入るなり大声で自己紹介をするドガイ。

 机に齧り付いている男は、一瞬筆を止めたが、そのまま書き続けている。ドガイの方を見る素振りすらない。続けて、ノガミが名乗ろうとするが、それを遮って机の男は


「知っている」


 と、一言だけ発した。カイが何か発言しようとしたが、同じように、


「知っている」


 と、言って遮ってくる。やがて、机の男は筆を置き、立ち上がると、三人を見つめて、ため息混じりに自己紹介をした。


「……敬礼も出来ない無礼者共が。駐屯基地統括の魔導軍大佐ホランドだ。君達のことは知っている、現在のこの状況のことも知っている。君達が発言する必要は何一つない。必要になったら呼ぶ。先程まで居た会議室で待機しろ。以上だ、下がれ」


 もちろん、ドガイが拳を握りしめ、ホランドに飛びかかろうとしたが、あと十センチのところでノガミが止めた。その様子を見て、ホランドは溜息をわかりやすく吐いて着席する。必死に制止するノガミを見ながら


「我々は、日々ラミッツの方々を守っているというのに、お子様を連れて観光旅行とは、本国勤めの方々はゆったりとした生活、羨ましい限りだな」


 と呟くと、今度はノガミが飛びかかりそうになる。咄嗟にカイが割って入り、更には外にいた衛兵が二人入ってきて、退室を促した。退室する直前にホランドは吐き捨てた。


「暴力馬鹿、親馬鹿、おしゃれ馬鹿。これらを扱いきらないといけないのか……佐官は苦労する」


 今度はカイが顔を真っ赤にして怒っていたが、やたらと力の強い衛兵に強制的に退室させられた。


 退室した後、衛兵達が平謝りするものだから、三人は怒りのぶつけどころが無くなってしまった。二人の衛兵は、ホランドの側近で、やたらと力の強い方がユークリッド、気弱そうな方がパルペンという名前である事を名乗った。

 パルペンは基地内の情報伝達に追われており、三人を退室させた後、すぐにどこかに行ってしまった。ユークリッドは基地内の案内と、部隊編成の説明をするということで、早々と三人を外へ連れ出した。


 基地内の案内を行なっている途中、ユークリッドはホランドについて語った。


「ホランド大佐はベガさんに憧れているっす。昔はあんな感じじゃなかったんすけど、ベガさんと模擬戦争? か、なんかをやってから、ベガさんを意識し始めて…最初はライバルだ! って言い張ってたんすけど、今は口調まで真似するようになって。正直しんどいっす!」


 と、まあまあ大きな声で話しているので、三人は心配になったが、ユークリッドのキャラクターとして成立しているような気がしたので、軽く聞き流した。

 それに続けて、必要のない補足を始めた。


「ちなみにおしゃれ馬鹿はホーウェイ隊への侮蔑の総称っす、最新式の装備ばかり集めて実力が伴ってないって、ホランド大佐いろんなところでボヤいてたっす!」


 カイは、そのことを当然知っており、人伝てに聞いたことがあったが、直接言われたのは初めてだったので、瞬間的にキレそうになった――。


「ただ、ホランド大佐の作戦の綿密さは、ルストリアで随一だと自分は思ってるっす!だから、大船に乗ったつもりで隊列に加わってほしいっす!」


 この憎めない側近があの憎たらしい大佐の近くに配属されているのが、なんとなく分かった気がした三人。

 その後、これもまた分かっていたことではあったが、ホーウェイ隊とドガイとノガミは同じ遊撃隊としての行動となった。簡単に言えば、戦力に含まれていない。

「こっちは頑張るから、そっちでなんかやっといて」というスタンスである。


 これは、ホランドが本国にいる人間に手柄を渡さない為の人員配置であり、彼は此度の脅威を過小評価していた。一通り部隊編成が完了したら、交代で仮眠し、明朝に国境線にある要塞へ援軍を向かわせる。という手順で進めた。

 スルト側の国境線までは馬でも半日、祭りの影響もあって準備に手間取るためこれが最善で最速の対応だ、とホランドは言った。

 

 ドガイは手際よく戦闘準備を行い、ホーウェイ隊の戦力調査も兼ねてカイと話し込んでいた。戦闘となれば、ある意味では、真面目で頼りがいのある男なのは間違いない。彼の存在は、基地全体の士気を上げていた――。

 一方ノガミは一度、子供達が泊まっている宿場に戻ることにした。ランツに、この事態と国境要塞に向かうことを伝えるため。この不測の事態に、不安はあるものの、杞憂であることを祈り、今後の事を伝えた。


「もし大収穫祭が中止されなかった場合は、通常通り観光に行くように。ただ、くれぐれも警戒は怠らないでくれ」


 ランツは不安な表情をしながらも頷いた。ラミッツの国王が、情報不足の現状では、祭りを中止しない可能性が十分にある事、そして大収穫祭をしている地区は一番警備も厳重である事も理由の一つだ。アルロは既に眠っていたので、お願いのしようがなかったが、「よろしく」と伝えるように重ねてお願いをし、その足で駐屯基地へ戻った。


 朝日が昇ると同時に、ラミッツ軍並びにルストリア駐屯基地の兵士達は、スルト間の国境要塞へ向けて進軍を開始した――。

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